IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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16話

 少女は両腕のブレードを構えて弾丸のように飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 それも束の間、横殴りの風に吹き飛ばされて無様に吹き飛び、アリーナの壁に叩きつけられる。

 何が起こったのかを知るのは吹き飛ばされた少女以外の全員。何故なら吹き飛ばされた少女に変わって、同じような年頃の少女が軽やかに地面に着地したのだから。

 

「打って変わってただいま見参です」

 

 現れた少女は童顔に似合う可愛らしい笑顔を浮かべてガッツポーズをする。殺伐とした雰囲気の中で場違いな行動をする少女に、周囲で唖然としていた全員がその姿を認める。

 

「き……姫麗ちゃん?」

 

 カッコよく登場できた、と跳んで跳ねてクルクル回る少女に、楯無がまさかと言いたげに確認の言葉を投げかける。

 それもそのはず。今の姫麗は楯無が保健室で遊姫にべったりとして人見知りする姿とは一転するほどにかけ離れているからだ。他人様を蹴って跳ね回るほどに喜ぶほどサディスティックな少女には見えなかったというのに。

 これは観察眼の質が劣化した証拠かしらね、と内心で溜息をつく楯無を他所に、姫麗は姫麗で独りで盛大に盛り上がっていた。単独フェスティバルな高揚感に頬を真っ赤に染めていたのだった。

 母様を大変な目に合わせる人は私が成敗の敗です。

 姫麗は母親である遊姫のことが大好きである。それはもう食べられちゃっても構わないくらいに大好きなのである。普段のベッタリ具合を見れば、よほどの捻くれモノでなければ、考えるまでもなく遊姫のことが大好きだと分かる。かのサボり癖のある教師と通ずるものがあるほどの逸材である。

 母親が大好きな少女は同時、母親からも愛されている。それはこの事態において、巻き込んでしまうことを嫌って遊姫が事前に避難させるほどに傷つけられたくない存在としてあるわけだ。

 しかし、少女の方は母親に忙しくしてほしくない、という想いがあった。今回の襲撃事件で考えられるのは怪我人の出現と、それによって忙しくなってしまう母親。その結果は母親が疲れてしまうことと、母親に構ってもらえる時間が減る、という少女にとっては死活問題に直結。

 よって少女は事態への介入を開始したのである。母親の想いを見事にぶち壊していることも知らずにだ。

 

「してくれますね」

 

 吹き飛ばされた少女が立ち上がり、ギロリと姫麗を睨みつける。

 

「貴女は裏切りですか。出来損ないの分際で弁えてください」

 

 両腕のブレードを打ち鳴らし、姫麗を威嚇する。その様は抑えきれない怒りを表しているかのようだった。

 事実、少女にとっては怒り狂うだけの理由がある。

 

「貴女は月村遊姫に引っ付いていれば構わない存在なのです。どこで手にしたのか分かりませんが、ISを待ち出してまで邪魔立てする権利はないのです」

 

 権利、邪魔立て、存在。そんな小難しい話は姫麗の知るところではない。こう見えて、勉学に対する意欲のなさは自分自身も自覚できるのだ。難しいはどころか小難しい話にだって理解できないし、しようとも思わない。

 ただ、母親をぞんざいに扱われていることだけを知れれば十分だ。

 

「知りません。そもそも、このISは篠ノ之束の使いとか名乗る人から渡されたものです。だから勝手に使いますよ。使って遊姫母様を困らせるのを倒してみせます。とくに白髪頭、あんたは率先して倒します」

 

 ビシッと指さす姫麗。この前、他人を指さしちゃいけないよ、と注意されたことなんてもはや脳内銀河の彼方へと行ったきり。少女は思うがままに振る舞うだけだ。

 

「倒すのは『纏風(まといかぜ)』と私です。ではではそろそろ!」

 

 姫麗が身に纏うのは黄緑色のIS纏風。身体を覆う装甲は薄く、他のISに比べて重厚感はなく、装甲と呼ぶことができるのか分からないが、四肢を覆う装甲は他の部分の装甲を集約させたかのように厚く、少女の身体には似合わない。背部には巨大はスラスターが二基装備されている。

 

「行きます!」

 

 武器はコールしない。いいや、そもそもコールできる武器はない。姫麗のISは良くも悪くも遊姫のISと通ずるモノがある。

 一つはコールできる武器が存在しないこと。

 武器のない姫麗は素手のまま敵へと向かって行く。

 

「間が抜けていますね」

 

 くーちゃんと呼ばれた少女が嘲笑する。武器なくも向かってくる愚か者の未来など決まっていると預言するかのようだ。

 少女が動き出す。最速と言われた月村遊姫のISを凌駕する加速で空を舞い、獲物を翻弄しようと縦横無尽に空を巡る。

 後は簡単だった。必死にその姿を追いかける相手の背後に回り込んで、両腕のブレードを振るってしまえばよい。

 

「お馬鹿ですっね!!」

 

 背後に回り込んだ相手に対して、姫麗は振り返り様に蹴りを放つという扱く簡単な行為で撃退してみせる。

 並の人間では捉えることなど不可能な高速機動を姫麗は難なく捉えてみせただけでなく、迎撃した。

 纏風にはコールするような武装は積まれてはない。しかし、四肢を大きく見せる装甲の内側には強力なブースターが備わっている。姫麗は打撃を繰り出す際に、スラスターの恩恵を受けて常人を超える一撃を相手に叩き込む。

 

「連打しますからぁ!!」

 

 打撃武器しかないことから接近できなければ何の役にも立たない四肢。だが、幸いなことに敵も同じように射撃武器というものを持ち合わせていない。

 蹴って体勢を崩した相手に、さきほどの以上の蹴りを見舞う。ブースターで加速された蹴りを一発二発三発と次々解き放ち、敵の装甲を削ぎ落としていく。

 

「舐めないでください」

 

 敵はスラスターを煌めかせて姫麗から距離を離す。姫麗は四肢のブースターと背中のスラスターを稼働させて追従する。逃がす気はない。

 四肢を巧みに操ることで敵の変則起動に付きまとい、決して相手に背中を見せずに立ち回っていく。

 

「出来損ないのクローンが、お母様の指示を受けた私に逆らいますか」

「私は月村遊姫の娘。クローンであったとしてもアンタみたいなのとは訳が違います」

「お母様に逆らうな、と言いたいんですよ。貴女の言い分は知りません」

「母様の娘だからこそ、篠ノ之束なんて他人の言うことなんて聞けない、って言ったんです!」

「なら潰します。お母様に逆らうお馬鹿は要りません!」

「白髪頭。アンタは母様の治療を受けられないくらいにボロボロギッタンギッタンにして、篠ノ之束に送り返してやるんですから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい。

 右足を掠めた。ヒットと呼ぶには至らない攻撃だけど、さすがはエミリアだ。私を狙い撃つなんてね。

 試合をするには広すぎるアリーナで、私は中空を風のように気ままに飛び回る。清々しいほどに心が高揚している。心臓が胸を突き破って出てきてしまいそうだ。

 空を飛ばずに地べたで私の動きを注視しているエミリア。その眼は狩人のそれと同じで、飛び回る私を撃ち落とす意志がはっきりと感じ取れる。

 右足が使えなくなったくらいで、どうして私はこの素晴らしい試合を諦めてしまっていたのだろう。つまらない理由で、昔の約束を反故にして。

 右へ左へ、エミリアという仕留めるべき敵へと接近する。近づけば近づくほどに、エミリアの瞳の動きが良く見える。ギョロギョロと忙しなく動き回り、常に私を捉え続ける碧眼。

 その眼が私を捉えてくれるからこそ、私たちは好敵手なんだ。

 風のように素早く、エミリアの脇を通り過ぎる。通り過ぎ様に左足を振るって、相手の黄色の装甲を一部切り落としていく。

 ヒットを狙った一撃も、エミリアの反射神経と彼女用にチューンされたISの性能によって掠らせるくらいにしかできなかった。

 そうこうしていればレーザーが掠めてくる。互いに決定打を打てない試合だけど、この試合は今までのどの試合よりも楽しい。身体中が灼熱に焦がされているような錯覚。燃え尽きてしまわないか心配してしまう。

 

「愛しているぞ、遊姫。何度でも言ってやろう。愛しているぞ!」

「嬉しいけどね。負けるわけにはいかないんだ、この試合だけは!」

 

 決勝で果たせなかった決着は、こんな非常時に果たされようとしている。私もエミリアも後で盛大に怒られてしまうことだろう。

 だけど、そんなことはどうでもいい。私が今一番に考えるべきことは、どうやってエミリアを打ち倒すか、その一点だけで構わない。

 最接近。離れていたら攻撃できない。それにエミリアはどうせ遠近両用の生き物だ。射撃もそうだが、あの常軌を逸した眼は接近戦でも光り輝く。

 ジグザグ起動でエミリアに肉薄する。相手がショートブレードと、取り回しの良さそうなハンドガンに武器を取り替えるのを見るに、私の意図を読んだと分かる。

 となると戦いは動き出す。こう着状態は崩れ落ち、後はどっちかに傾いていくだけだ。

 左足を突きだしての突撃。

 当然エミリアは回避してくる。

 分かっていたことだ。回避された瞬間に身体を縦に回転させ、エミリア目がけて再度攻撃を放つ。

 つま先が僅かな抵抗を受けた。命中した。

 すぐさまエミリアの右側に回り込むが、彼女はハンドガンで反撃してくる。こちらも命中する。私にはエミリアほどの動体視力はないから避けられないのは明らかだ。当てさせてでも、蹴りを入れる。骨を断たれてでも心臓を穿つ構えだ。

 蹴っては撃たれ、また蹴っては斬られ、時には拳を振るって怯ませ、又は頭突きを喰らって怯ませられ、綺麗で観客向けな勝負模様はない。

 勝ちたい。

 私もエミリアもそれだけだ。全身を、自分らしさもかなぐり捨てて思い付く攻撃という攻撃を実行する。

 

「倒れろ!! 私が勝つんだ!!」

 

 エミリアの顔面を右手で塞いで押し込む。仰け反って晒した顎目掛けて膝蹴りを叩き込む。

 

「這い蹲らせてやる!! 勝利してやる!!」

 

 動かない右足を掴まれ、身体が地面へと叩きつけられる。倒れたところをハンドガンによる連射が向けられる。

 左足を振るってエミリアのハンドガンを弾き飛ばし、すぐさま起き上がってエミリアに抱き着く。

 両腕まるごと掴むはずだったが、エミリアはショートブレードを持った右腕だけ逃がしていた。

 加速する。エミリアを抱きしめたまま直進する。向かう先はアリーナの壁。

 密着状態はエミリアの攻撃を許すことになったが、それを受けてでもエミリアを壁に叩きつけてダメージを与える。

 壁にぶつかった衝撃が身体中を駆け巡る。風撫の全速力での突進は、エミリアの背部スラスターを残らず圧壊した。

 

「たかがスラスターで!!」

 

 エミリアが吼える。ショートブレードを巧みに操り、私の左足のブレードに突き刺して、それを杭にして蹴りを叩き込んでくる。

 エミリアの攻撃によって左足のブレードが無惨に砕け散る。

 

「武器がないなら素手でも!!」

 

 ブレードを失った左足でエミリアを押し出すように蹴って、その反動を利用して距離を離す。

 

「自由飛行もできないくせに!」

 

 メインのスラスターを失ったエミリアはもう機動力は存在しない。身体中の残ったスラスターを使っても、私の加速性能には対処できないだろう。

 だからこそ、エミリアはあの壁から動きはしないはず。壁を背にして攻められる場所を180度分は潰せる。残りは首を振れば視界に収めきれる。

 嬲って叩きつぶしてやりたいけど、こっちも満身創痍でエネルギーは少ない。きつい一撃に全てをつぎ込むしかないだろう。

 さて、左のブレードはない。残っているのは全く自由の利かない右足のブレードくらい。

 やることは一つだ。失敗すれば負けるけど、その時はそのときだ。勝てる可能性に賭けて、失敗恐れずに最後の攻撃を行うべきだろう。

 

「はてはてさてさて。結果は任せるよ」

 

 愚直な私の最後の一撃はもちろん決まっている。昔から決め手は右足って決めているのだから。

 両腕で無理矢理右足を持ち上げて、抱え込むようにブレードの切っ先を敵に向けて固定する。

 後は簡単、エネルギーの全てを捧げて瞬時加速を行う。シールドで守られていなければ全身の筋肉がズタズタになり、骨という骨はへし折れてしまうことだろう。

 一瞬で彼我の距離を縮めて、エミリアの真ん中を装甲ごとシールドごと貫こうと更にスラスターを噴かす。

 当たれば勝てるが、外れれば負ける。

 

「最後の最後で、外れること考えて放つ奴はいないんだ!!」

 

 不思議なくらい自分自身の咆哮に力を感じた。


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