IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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15話

 オープン・チャンネルを通して情報の共有が行われる。何処で誰が襲撃を受け、どういう事態に陥っているのか。

 襲撃を受けているのは専用機持ち達。試合を目前にして横殴りの襲撃を受け浮足立っている選ばれた女子たちは体勢を立て直すまでの間、逃げ惑うだけで精いっぱいであった。

 しかし、それは時間が解決してくれる問題だった。

 特に今年に入ってから度々起きる不測の事態を経験した一学年の専用機持ち達の立ち直りは早く、それぞれがパートナーと共に襲撃者の迎撃に当たっている。

 その中で、セシリアは敵の強さを痛感していた。

 相手の姿は何時だったかに見た無人ISと似ている。しかし、その時の機体に比べて全体的なシルエットが細く両腕についていた高出力のビーム砲は左腕だけになり、右腕はブレードに変わっていた。

 それだけの変化ならばセシリアの敵ではない。さらに言えば、この場所に居るのは彼女一人だけではなく頼れるパートナーであるシャルロットも居る。負ける要素などない。

 しかし、敵はかつてのビームを乱射してくるだけの木偶の棒とは思考回路に改良が見られる。こちらの攻撃を危なげなく回避し、隙を見つけては攻撃してくる。その攻撃もフェイントなどを織り交ぜてくるために意思のある人間と戦っているのと同じだ。

 やりにくいですわ。このように人間じみた動きをする無人機などと。

 

「セシリア!!」

 

 シャルロットの焦った声に思考が戻って来る。目の前に迫った無人機が腕を横に薙ぐ。細身の体躯であっても腕だけは鍛え抜かれたように太く、ぶつかればダメージを受けるだけでなく大きく体勢を崩して付け入る隙を与えてしまう。

 セシリアは上体を背後へといっぱいに逸らす。上半身が天を向き、その目の前を右腕が空を斬る。

 セシリアは自身の位置づけを狙撃手と捉えていた。狙った獲物を的確に狙い撃つスナイパー。故に磨くのは基本的に銃の腕前であって、近接武器の扱いに関しては覚えがある程度で、なんとか三流の腕前に入る程度でしかない。

 よってインファイトの範囲においてはセシリアの判断力は僅かに鈍る。

 

「蹴って!」

 

 だがパートナーは近接射撃の両面において経験を持つバランスタイプであり、気の利いた性格をしているシャルロットだ。すぐさまセシリアに指示を飛ばす。

 セシリアは考える間もなく、指示通りに両足で敵の胸部装甲を蹴って、その勢いで距離を取る。追撃を封ずるためにレーザーを撃つが、命中を期待していない攻撃は全て回避されてしまう。

 

「助かりましたわ」

「どういたしまして。それにして強いよ、アレ」

「そうですね。厄介ですわ」

「さっきから攻めても崩せない。このままじゃこっちが突き崩されるのは目に見えている」

「だとしても攻め手が不足していますわよ。ティアーズも見切られますし、囮として使っても乗ってくれません……わ!!」

 

 低出力ビームの連射にセシリアとシャルロットは回避に専念する。そこを無人機が接近して右腕でシャルロットを吹き飛ばし、返す刀でセシリアを切り捨てる。

 

「くぅっ!? 調子に乗ってくれますわ」

 

 レーザーが一閃。敵の頭部を焼き斬る一撃は虚しく敵の居た場所を通り抜けていく。

 

「あ、当たれ」

 

 吹き飛ばされつつもシャルロットはクルリと反転して、両手のマシンガンで攻撃する。多少命中させることはできたが、ダメージは小さく状況を好転させるほどの力はない。

 微々たる被弾にモノアイを妖しく光らせた無人機を前にセシリアとシャルロットは攻めあぐねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オープン・チャンネルを通して情報の共有が行われる。何処で誰が襲撃を受け、どういう事態に陥っているのか。

 無差別に一定の範囲にいる者に情報を伝達するものであるから、当然ISを手にした敵にも情報は漏れてしまう。その危険を冒してまでもオープン・チャンネルでの通信を選択するのは、相手がこちらの情報を蚊ほどに気にしていないからだ。

 篠ノ之束は多くの他人を気にしないで生きている変わり者である。それは情報に対してもそうであり、必要な情報以外には無関心な生き方をしている。

 だからこそ、奴は情報を利用して事を有利に進めようとする頭がない。おかげでこちらも少しはやりやすくあるがな。

 

「ちーちゃん。さっきから恐い顔しているよ。せっかくの旧友が訊ねてきたのに。そんな顔で迎えられちゃあ束さんも困っちゃうよ」

「大いに困ってくれ。この事態を引き起こしての言葉ではないだろう。妹までも巻き込んでな」

 

 IS学園の校舎屋上にて向かい合うのは織斑千冬と篠ノ之束。十年も前からの知り合い。今回の事態の被害者側と被害者側に別れて向き合い、その空気は一触即発の空気が流れ込んでいた。 

 

「束。今日はお前を倒す。もはや野放しにはできないのでな」

 

 鍛え抜かれた刀のような冷たさと鋭さを合わせた鋭い瞳が、かつての友人を射抜く。

 

「大きく出てるけどねぇ、ちーちゃんも目が濁ってきてるね。いくらちーちゃんが世界最強なんて大仰な肩書きを持っていても、所詮は枠内に収められたつまーらない称号でしかないんだよ。凡人共の枠に嵌らないオーバースペックな私に勝てるなんて陳腐な冗談以外のものじゃないよ」

 

 嘲笑う束。世界の全てを自らに劣るモノと疑わない超越者の瞳が、友人と思っている相手をも格下と語っている。

 

「それにしてもこんな青空の下で野蛮な発言だね。無粋だとは思わない? それともちーちゃんみたいな武力馬鹿には理解の及ばない部分だったかな?」

 

 青空の下。校舎の屋上で対立する二人は風景の一部になることもできずに存在が浮き彫りになっていた。平和な一幕には似合うことのない雰囲気を携えた両者は、一触即発の空気を強くしている。

 

「ふん。他人のことを考えられない女が無粋と口にするか。仕来たりも知らずに言葉を発すのはやめろ」

 

 千冬の身体が光に包まれ、暮桜の装甲が姿を現す。かつて武勇を刻み込んだ最強のISはいまだ衰えを知らずとギラリと輝く。

 束もまたISを身に纏う。黒光りする日本の鎧が天才を守るために張り付き、日本武士のようないでたちを見せつける。

 

「お前ともあろうものが打鉄か。舐められたものだな」

 

 日本産の量産型IS『打鉄』こそが束の纏う鎧。この程度で十分と侮られていると感じた千冬が不敵に笑う。その慢心に付け入り砕く、と。

 しかし、束こそが不敵な笑みを見せつける。千冬の誤った認識を嗤うかのように。

 

「馬鹿だなぁ、ちーちゃんは。これをそこらの大量生産品と同じだと思ってほしくないよね。コイツはその雛形さ。量産型として作り出される前に開発された試作機。生産性度外視で開発された正真正銘の『打鉄』なんだよ。そこいらに転がっているのは『量産型打鉄』なんだよ。その差は天と地ほどの差がある。地の響きなど天には届かん。なんてね」

 

 一振りの刀をコールし束が姿を消す。素人目に見れば消え失せたように見えても、世界最強と呼ばれる千冬には見えていた。

 後ろを振り返り、胸の前で雪片を構える。それだけで、瞬く間に背後に回り込んだ束の刀を受け止める。

 

「さすがに剣道場の人間か。鋭い太刀筋だよ」

「オーバースペックは型にはめられないんだよ。剣道なんて小さな括りで居られるはずもないよね」

 

 世界が認める最強と天才が遂にぶつかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オープン・チャンネルを通して情報の共有が行われる。何処で誰が襲撃を受け、どういう事態に陥っているのか。

 しかし、情報を受け取った者のほとんどが自分自身のことで手一杯であり、情報の共有など大した役に立っていないというのが現実である。

 情報は力ではあるが、敵がどこにいて誰が応戦しているのかくらいの情報ではどうにもできない。さらには敵は即戦力である専用機持ち達それぞれの前に姿を現し、互いが互いの救援に向かうこともできない。

 この状況を有利に進める為には、誰かが敵を打ち倒し、仲間の援護に向かえるかがかかっている。

 しかし、そう考えることは焦りを生み出し、冷静さを失わせることでもあった。

 

「これはマズいわね」

 

 学園最強。そう呼ばれる楯無更識は状況に対して呟く。

 各ペアに対して一機の無人機ISが差し向けられ戦力は分断、さらに敵の強さは前回姿を見せた無人機の性能を明らかに超えていた。

 反応する相手に攻撃するだけの受け身の存在ではなくなっている。こちらが下手に突っ込めば瞬く間に落とされる。

 現在、この場にいるのは楯無の他にはパートナーの篠ノ之箒、対戦相手である織斑一夏と、そのパートナーであり楯無の実の妹である楯無簪の三人。

 そして相手はペアに対して一機。つまりここにいる二ペアに対して二機の無人機。

 下手すれば他のどのペアよりも打ち倒すのが難しい状況にある。

 

「前回の奴よりも強くなっているじゃないか」

 

 迫りくる無人機のブレードを弾き受け流す一夏が焦る。数回攻撃を受けただけで、敵の性能向上を理解している。理解できるほどに強くなっている。

 

「箒ちゃん、簪ちゃん、一夏くん。三人で一気に攻め落として。私がもう一機を釘付けにして時間を稼ぐ」

 

 いくら楯無が学園最強と言えど、優れた軍略家ではない。即座に有効な一手を思いつけるほどのものはない。

 とすれば、確実に一機ずつ破壊していくのベストだ。幸いにして、ここには自分を含めて四人の専用機持ちが居る。それもその内一人を除けば実戦経験がある。

 

「でも、それじゃあ楯無先輩が」

「そうです。ここは戦力を分散するのは得策じゃありません」

 

 一夏と箒が身を案じてくれるが、楯無にとってはベストな選択じゃない。固まっていれば敵も固まった上手く攻めることができなくなる。相手は連携プレーもプログラムされていて、固めておくには厄介すぎる。

 結果、一番できる人間が一機抑え込むしかない。

 

「君たちが一機倒すまでは持ちこたえられるわよ。こう見えても学園最強なんて大層な肩書きを背負っている身だからね。見掛け倒しは、月村先生に怒られちゃうのよ。釘付けどころかその勢いで刺し貫いてあげるわ」

 

 ニッコリと笑って不安に駆られる二人を安心させようとする。しかし、それは同時に自分自身をも安心させようとする行為でもあった。

 簪が傷つくことへの恐怖と不安。それを想うだけ胸が締め付けられる。だからこそ、二対二という状態を拒否するのだ。

 守りながら戦えるほど強くはないからね。

 

「さて、お客様を待たせるのはよくないわ」

 

 跳躍、ランスに仕込まれた機関砲が火を噴き、二機を力づくで分断する。

 楯無はすぐさま近くにやってきた一機に接近し、蛇腹剣を相手の腕に絡みつけて、片割れから引きはがすように遠くに投げ飛ばす。

 

「任せた!」

 

 信じるしかない。もう賽は投げられた。後は仲間を信じて全力を尽くすだけだ。

 ランスを構えて三人から離れる楯無の背中に、「姉さん」と言葉が投げかけられる。

 

「……ぁ、そ……」

 

 何かを言いたいのは分かった。それが恨み言か応援かは楯無には分からなかった。しかし、簪からの久しぶりの言葉に、楯無は心は満たされた。こんな事態になってようやくかけられた言葉ではあるが、それだけで十分だった。

 

「それじゃあ……パパッと終わらせて姉のカッコよさを演出してみせましょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オープン・チャンネルを通して情報の共有が行われる。何処で誰が襲撃を受け、どういう事態に陥っているのか。

 この事態に直接は関係のない者にまで情報の共有がなされる。

 それは悲報か朗報か、受け取る者によって変わるタイトル。

 その情報を受け取った少女にとっては朗報であった。自らを生み出した創造主にして母である者の起こした騒ぎがきちんと波紋を広げているという楽しい報告だ。

 格子に阻まれていた少女は体内に埋め込まれていたISを起動させ、牢獄から容易く抜け出して見せる。最初から拘束は形だけのものでしかなかったのだ。それも、囚われの役を演じている少女がその気になるだけで無力化する程度の儚い拘束だ。

 

「お母様からの指示を遂行します。一番近い反応は六つ。標的は四人でしょうか」

 

 ISの速度を以て地下通路を移動する少女には名前らしい名前はない。母からはくーちゃんと呼ばれている為に、周囲からも便宜上くーちゃんと呼ばれているが、少女には名前というものがない。

 少女にとっては名前なんて個人を識別するために記号でしかない。よって拘るほどのものではないとして、名前に対しての執着はない。

 ただ、母にくーちゃんと呼ばれることには喜びを感じていた。個人として認識していただいている、という想いに満たされて頬が緩んでしまう。

 だからこそ、少女は忠実に任務を遂行する。使いだと名乗る男を通して伝えられた母からの指示を寸分の狂いもなく。

 地下通路を進んで地上へとたどり着いた少女は、すぐさま学園の壁を突き破って外に出ると、最もISの反応が多いアリーナへと向かう。

 邪魔するモノは轢き殺す、と意気込んでの移動だったが、既に生徒たちは非難しているようで障害物の存在はなかった。

 目的地であるアリーナへとたどり着くと、ちょうど無人機ISこと『ゴーレムⅢ』の右腕が宙に舞った。

 よろめくゴーレムⅢに追い打ちをかけるのは楯無だった。少女の尋問に一度だけ顔を合わせた人間。

 

「邪魔しないでください」

 

 漆黒のISが弾丸を超えるスピードで飛ぶ。少女のブレードと一体化して腕が、ゴーレムⅢにランスを突き立てようとした楯無を吹き飛ばす。

 

「な、ぐぅっ!?」

 

 吹き飛ばされ、地面を転がる楯無を、少女はスピードを乗せた蹴りでさらに吹き飛ばし、離れた場所でゴーレムⅢと戦っている一夏達の元へ送り届ける。要らない商品の返品作業を済ませれば傍観に襲われていたゴーレムⅢのモノアイがギラリと光り輝く。感謝されているのかもしれない、と少女は思った。

 

「よくもお揃いですね。こちらもやりやすいです」

 

 ゴーレムⅢが合流し、少女の両翼を固める。

 

「私の任務は貴方達のISを破壊することです」

 

 少女は任務内容を告げる。

 男から教えられた任務は至極簡単。IS学園に現存する専用機を残らず破壊することである。しかし第四世代である紅椿と、準第四世代と呼ぶべき白式は確保すること。

 理由は分からない。与えておいて返してもらう意味はなんなのか。しかし、少女にとっては母である束の言うことは絶対的な神のお告げのようなもので、疑うなんてことはとんでもない。疑問を抱くことなく忠実に任務を果たす。少女いとってはそれでいいのだ。無駄な思考なんて必要ない。なにせ、母の言うことだ。それだけで理由は十分なのだ。

 

「では一人ずつ行きましょう」

 

 少女は両腕のブレードを構えて弾丸のように飛び出していった。


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