専用機限定タッグマッチ。名前が示す通りに専用機持ちしか出れないタッグマッチ。一学年から三学年までの専用機持ちたちがこれでもかとぶつかり合うIS学園のイベントの一つだ。
熱気が溢れる会場に、セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアは互いの顔をジロジロと見つめていた。それは百合のようないけない雰囲気でも、険悪の雰囲気でもない。
「いけますか?」
セシリア・オルコットは静かに問いかける。相手は自身が共に戦いたいと選んだ大切なパートナーでもあり、親友と言っても差支えない友人だ。改めてシャルロットの顔を見つめることで、背中を預けることのできる相手だと再確認をして、相手の心身に問題がないかを問いかけたのだ。
もしも、シャルロットが不調であれば、すぐにでも試合を降りよう。パートナーを気遣えずに勝利はないのだから、とセシリアは嘘偽りを許さないと言いたげな視線を向ける。
「もちろんだよ」
答えるシャルロットはふんわりとした笑顔を一瞬だけ見せると、すぐさま試合へと向かうための表情を表に出す。
「最初の相手は二年と三年の専用機持ちコンビ。明らかに格上の相手だけど全力でぶつかりに行くから」
シャルロットは変わった。少なくともセシリアは変化を感じ取っていた。
転入当時のシャルロットは自身のなさを柔らかな雰囲気でなんとか隠しているだけの小心者というイメージを抱いたものだが、今の彼女はかつての姿とはまるで別人であった。少し、遊姫に対する依存のような粘着質さが出てきてしまっているが、それも一つのポジティブポイントだと考えれば容認できる。あくまでセシリア自身に被害が向かわないことが前提条件だが。
「勝って遊姫先生に弟子入りするんだ。考えただけでワクワクしてきた」
「勝ったところで絶対に認められないと思いますけど」
「フレンドリ―ファイアしても仕方がないよね」
「……勝ちに行く気がないことだけは理解できましたわ」
はぁ、と溜息をつくセシリア。中々に腹黒くなってしまったことに嘆きたくなる。強く逞しくなったことに喜んでいいのだろうか。
「とにもかくにも持てる力を以て挑みましょう」
胸の前で腕を組んで力強く微笑むセシリア。
えへへ、とはにかむシャルロット。
そして二人はトーナメントの開始を静かに待つ。
天井を突き破って現れた凶悪な部外者の攻撃を受けるまでは。
緊急警報が鳴り響いたのはタッグトーナメントの一回戦が行われるよりも早い時間だった。耳をつんざくような不快な音が事態の深刻さを知らせ、緊張や不安によって腰を落ち着けていられなくなる。
しかし、私には何もすることはできない。直接的に事態の鎮静化に踏み入ることのできない無力さに、溜息を通りこして生きる気力すらも吐きだしてしまいそうだ。
手元にはISはある。
だけど今回の私の役目はあくまでも怪我人の手当て。無理に討って出ていざという時に何もできなるようではならないのだ。
放送から生徒たちは避難に動いている。
その中で私は保健室で待機。デスクの上には幾つかの無線機があって、怪我人等の報告が届けばすぐにでも馳せ参ずる構えを取っている。
同時に一応のために指に待機状態のISをはめて、専用機持ち達からのコアネットワークによる通信も開けてある。
後は出番まで待機するだけの話だ。
独りで居る保健室はやけに広い。
考えてみればエミリアがよくサボりに来ていたから孤独ではなかった。姫麗が甘えてくるから孤独ではなかった。
しかしながら、今の私は孤独かもしれない。
それはいい。
本当の孤独はもっと辛いものだと思うから。 この程度の孤独よりも胸の中には何かが巣食っている。蜘蛛の巣を張るほどに置き去りにされている何かだ。
それが分からなくて困る。
こんな一大事に思い悩むことでもないのかもしれないけど、こんな一大事だからこそ思い悩んでしまう。
「はてはてさてさて、どうなんだろうね」
指にはめたISが妙に目につく。意識を取られてしまう。きっと普段つけなれていないことへの視覚的違和感なんだろう。
暫く、事態に対して関係のない第三者を演ずる。無線機からの呼び出しは未だにない。意味することは負傷者がいないか、それとも無線機を破壊されたかだ。
「遊姫。負傷者が出た」
前者であれば安心できる、と思っていたところにエミリアからのプライベート・チャンネルでの通信が入る。負傷者の報告だ。
「場所は第六アリーナ。怪我人は一人だけだが重傷。迅速な救護を要請する」
淡々と、怪我人を前にしているにしてはドライな報告に、エミリアらしいと思いつつも救急用具を持って車椅子を走らせる。普段使用しない高速走行モードに切り替えて、急いで第六アリーナへと向かう。
それにしても、どうしてプライベート・チャンネルでの通信だったのかな。前日のブリーフィングで情報の共有の為にオープン・チャンネルでの通信を徹底するようにと指示があったはずなのに。
さらに気になるのは第六アリーナで負傷者が出たという報告。
本来はキャノンボール・ファスト用のアリーナなので、今回のタッグトーナメントではお役目のない場所だ。それなのに負傷者が出ている。そしてどうしてエミリアがそんな場所に居るのか。人員配置は生徒たちがいる場所を中心にしていたはずなのに。
分からないことだらけ。
でも、怪我人が居るという報告があれば向かうのが私の役目だ。
暫く走行して第六アリーナへと入る。どのアリーナよりも広大なフィールドは高機動レースのコースに相応しい。
怪我人を保護しているはずのエミリアはフィールドの中央に立っていた。
「エミリア。怪我人はどこ?」
状況状態を詳しく聞く必要があると、エミリアの元へ向かおうとすれば、車椅子の左車輪が吹き飛んで私は地面へと投げ出されてしまう。
突然の事態に一瞬頭が真っ白になる。すぐに正常な思考を取り戻したけど、遅すぎて受け身も取れずに地面に飛び込むように倒れてしまう。
何が起こったのか、とエミリアに視線を向けると、彼女の側にセシリアのブルー・ティアーズと同じ形のモノが浮かんでいた。
「遊姫。騙して悪いな」
エミリアが今までに見たことのないような凶悪な笑みを浮かべていた。