IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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11話

 衝撃的な告白を受けたと言えばそうなのかもしれない。でも、考えられなかった訳ではないので裏切られたという気持ちはなかった。

 むしろ嬉しかった。

 束と連絡を取り合っているという貴重で知られてはならないようなことを告白してくれたのだから。私を信頼してくれているという証明になるのだから。

 だから私は決して姫麗を叱ることはせずに、いっぱい頭を撫でて安心させた。サラサラの髪を撫でて頬をぷにぷにしたりして、とにかくいつも通りに可愛がってあげた。

 

「母様、怒っていませんか?」

 

 恐る恐る見上げてくる姫麗が可愛らしくてなによりだ。もっとナデナデしてあげることにした。

 

「怒ってない怒ってない。むしろ嬉しいよ。勇気を出して教えてくれたんだからね」

 

 私にとって姫麗がより一層私を頼ってくれるようになるのが嬉しくて仕方がないから怒るなんてことはあり得ない。

 

「うんうん。今日はもう帰ろうか。美味しいご飯でも食べよう」

 

 今日のところは遅いから帰る。姫麗と一緒にご飯食べてお風呂に入って一緒のベッドで寝る。抱き着いてくる姫麗を包み込んで眠ると幸せになれそうだ。 

 そして翌日はいつも通り朝早くから保健室を解放して、さっそく千冬先輩に昨日のことを報告した。

 ちょうど私が千冬先輩に報告するタイミングで、エミリアがやってきて前置きなしに私が言おうとしていたことを報告してくれた。情報のもろかぶりにちょっぴり残念な気分になった。

「お前ら。どこからそんな情報を仕入れてきた」

 

 千冬先輩が探るような目をするものだから、私はとりあえず正直に姫麗からの情報であることを伝えた。同時に姫麗に手を出すなら容赦はしないという警告も添えて。

 エミリアの方はくーちゃんから聞いたのだと淡々と語っていた。

 

「くーちゃん……生きてたんだね」

「殺したという話は私の願望から出てきただけだからな」

「おかげでエミリアに必要のない罪を背負わせちゃった後悔が無駄になったよ。ありがとー、できれば真実を話してもらいたかったかな」

 

 何はともあれエミリアが罪人にならない。胸のつっかえが取れてホッとした。

 なので思わずエミリアの頭を撫でようとしてしまった。車椅子からじゃ手が届かないけど。

 

「よし、撫でて」

「なんで急に甘えん坊になった!?」

「おー、エミリアの髪もサラサラだね」

「遊姫が撫でやすいようにしゃがむか。そこまですることなのか」

「当たり前だブラコン。お前だって織斑一夏が頭を撫でようとしたらしゃがんだだろうブラコン。分かったらブラコンは黙っているようになブラコン」

「……あからさまに語尾つけて」

「よし、分かった。挑戦状だな。早速死にたいのだな。何か鋭利な刃物持ってくるから待っていろ」

「見事に怒られたね。よくないことだけど、見捨てることにするね」

 挑発を受けて激情に駆られた千冬先輩が目にも止まらぬ速さで手刀を繰り出し、エミリアはエミリアでまさしく刀のように振るわれる手刀をその鋭い眼光で見事に捉えて避けていく。私は私で車椅子の上で大人しく観戦する。状況が私の介入を許さない。そもそも介入する勇気はなかった。勝手にやってほしいかな。

 とは言ってられない。このまま話が進まないで時間を浪費するのは社会人としていかがなものか、と私は車椅子で二人の間へと割り込むように突進する。二人は私を避けるようにスライドして攻防を続けてしまう。何この振り絞った勇気の無駄遣い。

 

「二人共。いい加減にしてくださいね〜」

 

 さすがに朝も騒がしくなってきたので真面目に止めに入る。場所が職員室前の廊下なので、私たちより後に出勤してきた先生方の視線が心地悪い。

 

「ふん。この決着はどこかでつける。だからブラコン言うなよ」

「断る。決着もブラコンもな」

「後でしばく」

 

 ひとまず停戦の確約ができた。千冬先輩はくるりと背を向け、エミリアはやれやれと溜息を吐きだして私を抱きしめてくる。どうしてだろうか。

 しかし、エミリアは甘かった。千冬先輩のことを舐めてかかっていた。もちろん私も甘く考えていた節がある、もうちょっと私たち三人の中では弟絡まなきゃ真面目な人だと思ったんだけど、そんな評価は過大評価でしかなかった訳で、エミリアが視線を逸らしたのを良いことに、背後から後頭部を鷲掴み。そこから私からエミリアを引きはがすと、満足そうな笑みで指に力を込めて圧をかけていた。

 

「悪い。今しばく。それから冷静になって対策でもなんでも練ろうか」

 

 暫く、エミリアの悲鳴と聞こえるはずのない軋む音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはIS学園の中でもある程度深い位置に居る人間しか知らない秘密の場所である。学園の在り方から必要と判断されて外部からの目を盗んで造り出された空間で、この数ヶ月で起きた事件のデータや、回収された物が隠されている。

 その一室にも少し前に回収されたモノが監禁されていた。

 名前は不明。本人やこの件に関わった学園関係者の証言を受けて、便宜上『くーちゃん』と呼ばれている。

 まだ幼いと頭につける必要のある少女は、年齢にも日本という国においても不釣り合いな場所でひっそりとしていた。

 独房と呼ぶべき、格子によって遮られた小さな部屋に拘束され、何も情報を話さずに黙々と生きている。

 決まった時間に食事を運んでくる人間と、うっぷん晴らしにやってくるエミリアくらいが少女にとっての他人だった。今の少女のいる世界での自分以外の人間であった。

 もちろん、格子の外側に自分とは違う人間たちが五万と居ることくらいは知っている。さすがに少女も馬鹿ではない。

 篠ノ之束のクローン。それが少女の肩書きであり、肩書きが示す通り、篠ノ之束と似ている部分があった。

 少女はただひたすらに静かに待っていた。自分が動くその時まで。

 どうせ、今日も大したことは起こらない。

 少女の日常は変化が少ない。たまにやってくるエミリアは変化と呼ぶには味が少ないのだ。

 少女は黙々と生きていく。母親でもあり創造主が命じる日まで。

 しかし今日に限っては違っていた。

 暗闇の奥からカツカツと足音が聞こえてくる。革靴が地面を打ち鳴らす音だ。

 わざとらしく革靴でリズムを刻んでやってくるのは男だった。

 男性としては低い方に入る背丈でスーツを着込んでいた。常日頃からスーツに袖を通していないので、男はやはり堅苦しくて動き辛いと思った。それも今日一日の辛抱だと思えば多少は楽になる。

 

「はーい。こんにちは」

 

 男は親しい間柄の人間に出会ったような口ぶりで手を上げる。実際は十どころか五にも満たない出会いではあるが、普段の挨拶の仕方でしかない彼には関係のある話ではなかった。

 

「誰ですか?」

 

 彼の投げた言葉のボールは見事にキャッチされた。しかし、彼の望んでいたのは挨拶に対する適切な返事であり、それ以外の答えは望んでいなかった。

 人間同士の会話というモノは中々に上手く回せないものである。男は薄らと笑みを浮かべて「会話しようよ」と言った。

 

「貴方との会話は望んでいません。私の質問に答えるだけでけっこうです」

 

 取り付く島などない、と少女が冷たく言い切るが、男は気にも留めずに独房の前に座り込んで微笑んだ。

 

「貴女と私の立場。質問する側と答える側は一目瞭然ですけどね。まぁ、年長者として器の大きさを見せるのも一興かな」

「馬鹿にしていますか」

「怒らないでほしいですね。私はこれから貴女の望む答えを次々と吐きだしてあげるというのに。これで私を見直してくれます? ま、どちらでも構いません。他人の評価ばかりを気にしてちゃ満足に生きられません」

「さっきの質問に答えてください」

 

 べらべらと楽しそうに喋る男に、少女は付き合ってられないと視線を逸らして溜息をつく。

 それを受けた男は気分を害したのか薄ら笑いが剥がれ落ち落ちる。そして次の瞬間には満面の笑みを浮かべて、相手の望む答えを吐きだす。

 

「篠ノ之束の使いの者です。束様からの指示をお伝えに参りました」

 

 それが瞬時に少女の脳を刺激していった。

 男は先ほどまでの、少女の言う馬鹿にしているような態度を一辺させて恭しく頭を垂れる。

 最上の相手からの使いと聞いて、少女は佇まいを正して男に向き直った。

 雌伏の時が終わりを告げようとしている、と少女は頭を切り替えて、男の話す束の言葉を頭の中に入れていった。


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