IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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8話

 今回残念なことがあったとすれば、やはり行事が叩き潰されてしまったことかな。うん、今年度は緊急事態に事欠かない類い稀なき厄年なのかもしれない。もちろん、学校そのものがね。

 何があるかは分からないのが人生だけど、今回に限っては何かがあることは頭の隅に常に駐在していた。

 クラス対抗戦から始まる非常事態のオンパレードを思い返してみれば、イベント=悪いイベントだってことが嫌でも想像できてしまう。さすがに今回は、なんて思ってみたかったけど無理だったという訳だ。

 しかしながら、私は慌てることもなく悪いイベント事を眺めるに留まった。だってもう戦える身分じゃないですからね。姫麗を膝の上に乗せてキャノンボール・ファストを眺めていた延長で突如会場に乱入してきたISの動きを観戦していた。

 侵入してきたISの目的は何一つ分からなかったけど、きっと束先輩の仕業ではないだろう。なんとなくだけどそんな気がしたのだ。後で千冬先輩に確認してみたところ、彼女もやはり束先輩の仕業ではないかもしれないと思ったみたいだから、束先輩のやんちゃ説は薄い。

 一夏やセシリア、シャルロットやその他の生徒たちのおかげで侵入してきたISは無事に追い払われ、学園は束の間の平穏を取り戻すことができたというわけだ。どうせ、またイベントの時に悪いことが起こるに違いないからやはり束の間だ。

 そして、私は束の間の平穏の中であって保健室に籠っていた。別に不貞腐れて引きこもっている訳でも、外が恐くなった防衛の為に引きこもっている訳でもない。ここ最近まで怒り続けた厄介な事件のことについて千冬先輩やエミリアと意見交換をしている最中にあったのだ。

 今日は泣く子も手放しで喜ぶ日曜日でもあり、会社員が明日からまた会社に行かなきゃいけないと嘆く日曜日でもある。よって、本来ならばセシリアとかシャルロットとか怪我した生徒たちがやってくることはない。つまりは話の腰を折るような無粋な輩がいない素敵な状況だということで、千冬先輩はわざわざホワイトボードを持ち出してまで束先輩の悪行についての議論を進行してくれる。

 

「……正直よく分からないと言うしかないかな?」

 

 ホワイトボードに列挙された束先輩の悪行と私やエミリアが聞いた証言。そのどれもを組み合わせてみても束先輩の目指す先は理解に窮することばかりだ。

 とりあえず分かっていることは私を仲間に引き入れようとしたことと、それが駄目だったから私のクローンである姫麗の育成を私に任せたこと。何かしら大きくて曖昧なことを企んでいること。自分自身のクローンは千冬先輩のクローンを作成していることくらいだろうか。

 世界の転覆でも狙っているのだろうか。分からなすぎる。

 

「昔から理解し難い奴だったが、歳重ねるごとに分からなくなっていく。暗闇が増していくような感覚だな」

 

 米神を指で揉み解す千冬先輩。最も近くにいた友人のとち狂った動きが分からなくて大変そうだ。同年代じゃなくて良かったと思う。

 

「ただの馬鹿だろ」

 

 エミリアは来客用ソファーに寝転んだ状態で呟く。呟きにしては大きいのは束先輩をまったく快く思っていないからだろう。行儀の悪さについては親しい者だけの空間だから許容しておくべきだろうか。

 私たちが目下頭を悩ませるのは世紀の大天才と謳われる束先輩。行動原理も目的も判明しない世界を意味なく天才は天才らしく凡人の私たちの思考では計り知ることは不可能に近いかもしれない。もしかしたら告白されたとしても理解が追いつかないかもしれないかな。

 

「情報らしい情報もないから全てが足りに足りない出来損ないのパズルだ。どんな絵かも分からずに適当に憶測を重ねる以外の道がないな。奴はクローンを作り出して何を狙ってんだか。私に許可なくクローンを作るなど……まぁ、勝手に一夏のクローンを作られるよりかはマシだがな」

 

 真面目な話しているかと思えば、急に弟の話をぶち込んでくるブラコンにエミリアがあからさまな舌打ちで返事をするものだから、私の机の上にあったファイル一冊が千冬先輩の腕力を以て強力な武器になった。折れ曲がったファイルがいかに強力であったかが分かるんだけど、このファイル買ってきてもらったばっかりなんだよね。それも姫麗の初めてのお使いによって。これからボロボロになるまで大事に使おうと思ったのに。

 

「ふん。もう殺すべきだ」

「エミリア、短絡過ぎ」

「だが、最悪それも考えるべきかもな。そろそろ我慢の限界に達しそうでもある」

「もうちょっと穏便に済ませる考えはないのかな?」

「もう無理だろ。庇う得も徳もない」

「うん。得はないだろうね。むしろいいように利用されそうな気がするよ」

「だろ。構ってちゃんはちょっとでも反応するとつけあがるんだよ。つけあがれない身体にしてやるのが一番だ」

「……あくまでも最悪のケースだけどな。私は犯罪やって捕まる気はない。やるなら、エミリアお前独りでやれ。どうせ失うものもなさそうだからちょうどいいだろ」

「失うのは時間かな。遊姫とイチャつく時間がなくなる」

「同意の下でみたいな言い方やめよう」

「この前、ここで抱いた事実を忘れたのか。いいや、恥ずかしくて言えないのか。見せつけてやってもいいじゃないか」

「ゴメン、エミリアが腐ってしまったことだけしか分からないかな」

「腐ってると言えば、束の奴も腐ってるかもしれないな」

「腐ってるって。活き活きしているように感じられますけど」

「心根が腐っている。だから外道染みた真似ができるということだ」

「発酵しすぎて駄目になったパターンみたいだな」

「エミリア。なんか違うよね」

 

 過激派なエミリアは足をジタバタさせて「駄目納豆は食いたくない」といまいちよく分からないことを言っていたので、とりあえず相手をしておくことにした。

 結局のところ私たちは束先輩について何にも分かっていない状況だった。三人寄らば文殊の知恵とか言うけれど、常識の埒外に置かれている束先輩の思惑を読み取ることなんてできるはずがなかった。

 暫く三人でうんうんと唸っていると、保健室の扉がコンコンとノックされる。

 来客の存在に千冬先輩が目にも止まらぬ速さでホワイトボードの束先輩情報を消し、くるりとボードをひっくり返した。すると、あらかじめ書かれていた今月の怪我人の数と怪我の内容、怪我人を出さないために留意しておくこと、などの情報が姿を現す。三人集まっている事態を変に勘繰られても困るということで、千冬先輩の指示で私が書いておいたカモフラージュだ。ちなみにできるだけそれっぽく……というか今度の職員会議の時に報告する為の内容なのでここで本当に小会議していたかのように偽装できる。

 

「失礼します」

 

 五秒にも満たない千冬先輩の神速の技が終わると同時に来客が扉を開けて入って来る。可愛い可愛い姫麗だ。

 

「では……ちょうどいいな。今日はこれくらいにしておこう」

 

 千冬先輩はまるで会議がひと段落ついたと言わんばかりに背を伸ばすと、そそくさと退室してしまった。

 

「……っチ」

 

 エミリアはエミリアで姫麗を見るなり舌打ちをして、気に入らないと険悪なオーラを纏って出ていく。小さい子供に嫉妬しないでほしいかな。

 二人が出ていくと、姫麗は二パッと笑って私の膝の上に乗っかり始める。最近はずっとこんな感じで私としても頭を撫でまわしたくなる。

 

「母様。大好きです」

 

 もう撫でまわしちゃってもいいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し邪魔者が居たとはいえ至福の時間を過ごしていたエミリアは、今のところ最大の邪魔者である姫麗の登場に気分を害していた。たとえ遊姫のクローンであっても遊姫そのものではないわけだから、全く興味が湧いてこない。故に当たり前のように邪魔だと罵りたくなるものである。それが明らかに年下過ぎる相手であってもだ。

 しかし、遊姫の手前でそんなことをしようものなら嫌われてしまう。それはエミリアの望むことではないので、舌打ち一つで我慢して保健室を出ていくしかなかった。

 保健室を出るなり、エミリアは苛立ちの伴った歩みでくーちゃんの元へと向かった。ちょっとした鬱憤晴らしをするためだった。

 くーちゃんは牢屋の中で大人しくしていた。年齢に相応しくない落ち着きようにエミリアは思わず格子を蹴って反応を試してみた。少しはびくついてくれるとこっちとしては楽しいんだがな、とサディスティックに蹴りを放つ。暫くして足の裏が痛くなってきたので中止して、その場に座り込んだ。

 くーちゃんが視線を向けてくるために、エミリアはその真っ赤な目を見返す。

 ますます束そっくりの如何わしい生き物だ。どうせロクなことは考えてないんだろうけど、だからこそムカつく生き物に成り下がっているな。

 銃があったら撃ってみたい、とエミリアは指で銃の形を作ってくーちゃんに差し向ける。これで指先から弾丸が発射されれば最高なんだけど、と荒唐無稽すぎることを考えているのだから手に負えない。

 

「お前、今すぐあの馬鹿天才の居場所を吐きだせよ。姫麗を突き返しにいってくるから」

 

 あくまでも自分自身の為に言葉を紡ぐ。世界のためだとかは5パーセントくらいしか考えていない。言い換えれば世界のためだとかを5パーセントも考えていることになる。エミリアにしてはずいぶんな割合である。大概は100パーセント遊姫のことしか考えていないというのに。

 

「知りません。知っていても吐きません。吐く訳がありません。そして姫麗が誰か分かりません」

 くーちゃんはくーちゃんで冷たい反応をする。

 

「馬鹿かお前。姫麗っつたらおこがましくも遊姫のデータを元に作られた鬱陶しいクローンだよ。お前と同じ出来損ないの奴だ。それくらいは知っておけ」

「ああ、あの子のことですか。それなら分かります。しかし、だからといってその姫麗を突き返させる訳にもいきません。ママがそれを望んでいませんから」

「ママか。束のことをそう呼んでいるのか呼ばせているのか。ずいぶんとネグレクトの得意そうなママだな」

 

「貴女には分かりません」

「ああ、だろうな」

 

 興味ないとあくびをするエミリアに、くーちゃんはムッとする。しかし、彼女には全く関係なかった。他人の顔色を窺って生きていくほどなら、今の今まで傍若無人にやってきたのは何なのかと問わなければならなくなる。

 

「めんどいな。どっかで飯食うか」

 

 エミリアは独り呟くと立ち上がったのだった。


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