IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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6話

 お腹が満たされると眠たくなる。これは大人だろうが子供だろうが関係なく起こり得る一つの生理現象だと思う。

 とくに朝から勉強をしている学生は大変だ。朝はがっつり勉強して昼は仲良し同士で談笑しながらの食事。パワフルに動いている学生たちなんだから午後にはいったん休憩の為により眠くなるだろうね。

 昼食を終えて、好き勝手に学校中を探検してきた姫麗がソファーの上で就寝中。やっぱり子供はよく食べてよく遊んだよく眠るに限る。育ち盛りならば尚更だ。

 今日は比較的天気のいい日だ。きっと午後の教室は眠りこけている生徒で溢れていることだろう。例外は千冬先輩の居る教室くらいだと思う。あの教室で眠れる奴は恐怖を認識する能力が欠如している奴くらいだ。

 私も学生時代は授業中に船を漕いでいたことがある。それはもう眠くなるからね。とはいっても生徒会長なんて大層な役職を頂戴していた身分だから、できる限りは眠らないように努力はしていた。でも眠くなるのは人間の本質みたいなもの。我慢に我慢を重ねた結果、その日の授業の最後に力尽きることが多かった記憶がある。とりあえず、合間の授業で寝たことはない、っていうのは確かだったかも。

 しかしながら、それは過去の話だ。今は違う。つい最近までの黒歴史はなかったこととして、私はただいま真面目に仕事をしている次第だ。眠気は一切ない。一切ないんだけど、きっと学生時代と一緒で最後の最後で力尽きてしまう気がする。頑張りはするけど、きっと無理かな。

 暫くパソコンとにらめっこをしていると、不意に保健室の扉がガラガラとスライドする。

 誰かなって振り向けば、それはもう嬉しそうな顔のエミリアが居た。なんで幸せ顔なんだか。

 

「遊姫成分の補充!」

 

 スーパー訳の分からないことを言って飛びついてくるエミリア。また頭突きか。

 とりあえず車椅子を操作して後方に回避。痛いのは嫌だからなぁ、と守備に徹する。

 

「……今度は地面か」

 

 私に飛びつくことに失敗して床と友達になったエミリアがすくっと立ち上がる。鼻頭が真っ赤になってるけど気にせずに腕組んで壁に背中を預けはじめた。痛い痛しい姿にしか見えない。治療の効かない本当に痛い姿に、私は日本人らしく見なかったことにしておいた。これぞ日本人。

 

「エミリア。確か授業なかったっけ?」

「あった気もするが気にしない。私にとっては重要なことではないから」

「君にとっては重要じゃなくても生徒にとっては重要だから今すぐに教室に向かおうか」

「嫌だ」

 

 嫌だとか、子供になってしまってる。エミリアみたいな子供は中々手に負えない気がすると思った。

 

「だけど、遊姫が私と一緒にキャノンボールファストを観戦すると言うのなら考えないでもない」

「聞くけど、考えるだけじゃ駄目だからね」

「っチ!」

「舌打ちが何よりも語ってるよ」

「仕方がない。遊姫が私にキスしてくれるのなら、週終わりまでは真面目に働こう」

「……カレンダーを見る限り、今日はどう見ても金曜日。半日しか働かない約束されても困るかな」

「じゃあ抱かせてくれたら、明日から頑張る」

「方向がマズい向きになってるんだけど。それと私としてはこの瞬間から頑張ってほしいなぁ」

 

 不毛な会話だな。とっても不毛であり、同時に会話らしい会話している気がする。事務連絡と会話は違う。会話は何気ないやり取りだ。

 とは言ってもエミリアの強情には困ったな、と私は頬に手を当てて考えてしまう。

 姫麗がやってきてからというもののエミリアはちょっと我が儘になってきている。子供っぽくなったと言えばいいのかな。姫麗に対抗心を燃やしていると言えばいい。姫麗は姫麗で、エミリアを挑発するような行為をするし。本当に困っちゃうね。せめてエミリアが大人らしい対応をしてくれればマシになるんだけど、それはそれでエミリアじゃない気がする。

 エミリアの顔を眺める。エミリアがエミリアらしさを失ってしまったら寂しいと感じるのは自分勝手かもしれない。かと言って大人になれと押しつけるのも駄目だ。

 

「じゃあ暫く抱きしめさせてくれれば」

 

 ……やっぱり大人になってもらうのが一番いいかも。

 

「はいはい。おいでー、エミリア」

 

 でも、それはそれでやっぱり寂しい。

 エミリアは許しを得ると、腕を組んで壁にもたれていたクールな姿からダッシュで駆けよってきて抱き着いてきた。ちょっと羨ましいと感じてしまう胸に顔を埋める形に抱きしめられ、そのまま暫く何もせずにいた。

 人は一人では生きていけない。肌と肌の触れ合うことで知覚する他者の存在感とぬくもりが、私という人間を包み込んで安心させてくれる。疲労も緊張もストレスも溶け出して心から流れ落ちていき、残ったのは幸せだけ。

 思わず安堵の吐息を漏らしてしまう。姫麗が度々抱き着いてくる気持ちが分かる気がする。この気持ちは大人になってしまうと忘れがちだ。

 

「次は私を抱きしめろ」

 

 エミリアが僅かに甘えた声を出すものだから、私は「仕方ないなー」と言いながらもこの気持ちを思い出させてくれたお礼にエミリアを抱きしめてあげた。

 

「これが私の部屋だったらなぁ、色々できるのに」

 

 抱きしめなきゃよかった。


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