IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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3話

 エミリアに頭突かれたお腹の痛みが完全に引いた頃にはお昼時だった。

 新しい保健室便りの作成がてら小休憩を終えた姫麗の相手をしていれば、時間の経過は矢のように速いからあっという間で、本当にみんなと同じ時間を過ごしているのかと思い悩んでしまう。

 お昼ご飯は手作りの弁当。私が学生の頃には母が嬉しそうに弁当を作っているのを見てきたけど、今なら母の気持ちが分かる。子供の為に弁当を作ってあげられるのが嬉しくて早起きの弁当が全く苦にならない。むしろ楽しいから不思議だ。マゾではないことだけは確かだから、そういいう意味での楽しいことじゃないのは分かっている。

 弁当をチラつかせると姫麗は二パッと笑ってパタパタと走り寄って来る。それで、私の膝の上に座り込んでくるから困る。これでも車椅子な人間だから。

 

「母様。キャノンボールファストとは何ですか?」

 

 弁当をムシャムシャと食べながら綺麗が問いかけてくる。どうやら昼前にやってきた怪我人たちの会話を思い出したみたいだ。

 最近ちょこっと怪我人が多いのは、次なるイベントであるキャノンボールファストが接近してきたことによる熱心な訓練が原因だってことだ。今頃の季節だということをすっかり忘れてしまっていた。通りでシャルロットが高速戦闘のコツとか聞いてくる訳だ。聞きに来るついでに姫麗に嫉妬の視線を送ってきちゃうものだから、私としても高速戦闘のコツなんて教えられなくなってしまうので、その都度お帰り願っている。でもまぁ、そもそもコツなんて教えられないけど。

 本当は教えてあげたい。私の中に少しでもシャルロットの役に立つものがあるのだと言うのならコツでもアドバイスでも教えてあげるのはやぶさかではない。だけど、技術は教え伝えられるものでなければならない訳だから、明らかに教えることのできない技術や経験を披露しても伝わらなければ意味は欠片もない。

 よって教えられない。シャルロットのスタイルじゃ相性が悪いし、私のスタイルは他人を真似することができない代物。できるとしたらくーちゃんのように肉体に手を加えられた特化した強化人間くらいだ。

 

「ISを使ってレースするんだよ」

 

 鼓動が通常の何倍も早くなる。汗も止まるデッドヒート。世界の全てを置いてきぼりにできる最高のスピードバトルこそがキャノンボールファスト。血液が沸騰して身体が壊れたのかと言いたくなるような気持ちよさだ。

 

「母様。楽しそうです」

「好きだからかな。今は専ら観戦するほうだけどさ」

 

 この足じゃ観戦以外にできることはない。どうしてか手元にはISが残っているけど、もはや使うタイミングもない。そもそも使える身体じゃないか。

 デスクに仕舞ったまま日の目を見ないISをどうすべきか。

 西島さんは持っていてください、と言っていたが宝の持ち腐れだ。後進にISが渡らないという問題もある。

 どうするべきかと考えてしまう。

 そういえば、と私の膝の上で弁当を楽しむ姫麗を見下ろす。

 クローンがどこまで似通っているのか。法律とか倫理的な問題で生み出すことを禁じられているクローンについての情報を持たない私では分からない。

 どこまでできるか。育ちによって変化は出るだろうから全てがそっくりとはいかないだろう。

 もしもIS関連のことで同程度の才能があれば、私はこの子に風撫を継がせることも考えていい。ただ何もできずISを錆びさせるよりは有意的だ。

 だけど、と思う。

 これは私のエゴだ。この子がISの世界に進むかも分からないのに渡すことを企んでいる。本人の意志を無視して。

 

「母様。私も出てみたいです」

「ISを持ってないでしょう」

「持ってます。この前届きました」

 

 姫麗は上着のポケットから私の物と良く似た指輪を取り出した。綺麗で新品であることが明白だ。

 

「誰から届いたのかな?」

 

 誰から。あえて聞く必要もないことだが、聞いておく必要はある。

 

「うーん……篠ノ之束」

 

 可愛いらしく小首をかしげて答える姫麗。

 やはり、と思う。姫麗は束先輩によって生み出された訳でそういう繋がりがある。言いたくはないけど作った者と作られた者。束先輩の目的は分からない。私の知る限り束先輩の思惑を察することができたためしがなかった。千冬先輩ほどに交流が深くなかったのも理由に一つかもしれないけど。

 

「……そっか」

 

 育てることを了承した以上はその役目を果たす。育てることを約束したんだ。それを反故する気は毛頭ない。

 だけど、愛情は自前だ。役目に合わせて持ってきたものじゃなく、できるだけ幸せになってくれればいいと思ったことで、私の中から生み出され溢れてきた感情だ。

 もしも束先輩が利用しようとするならば、私はこの子の親として残った左足をも犠牲にしたっていい。親馬鹿だと罵られても構わないさ。この子は私の娘だ。返却命令は聞いてあげない。

 

「でも今回はこの学園の生徒たちが行うものだから、姫麗は見てるだけしかできないよ」

 

 頭を撫でてあげると、姫麗は嬉しそうに目を細めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室の扉の前にシャルロットはいた

 。胸には大事そうに弁当箱を抱きしめている。その弁当箱はシャルロットが料理部で鍛練に鍛練を重ねてようやく作り上げた手製の弁当である。中身はバランスよく舌を楽しませることのできるラインナップとなっている。

 シャルロットはそんな気合の入った弁当を抱えて固まっている。まるで初めからそこに置いてあるかのようにだ。

 彼女の視線は保健室の扉。わずかにスライドしていて中が覗ける程度の小さな隙間に釘付けだった。

 見えるのは桃源郷。大好きな遊姫の膝の上に座って美味しそうに弁当を食べる姫麗がいる。シャルロットにとって涎が出るほどに羨ましい状況だ。実際に涎を垂らしたら全力で引かれることは想像に難くないために我慢する。シャルロットには周囲の視線を考えるだけの冷静さがまだあるのだ。

 

「……ずるい」

 

 遊姫と一緒に食べるつもりだった弁当を抱きしめたまま、シャルロットは憎々し気に小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食時の廊下。

 セシリア・オルコットは深く溜息を吐きだしたくなる気持ちを抑えられなかった。ドッと疲れたように溜息を吐きだすと身体中から毒素が抜け出す気がした。

 セシリアの視線の遥か先には友人の姿があった。仲良いと言える仲であると同時に、時折妙に面倒な他人に変貌してしまうからとても面倒だと感じてしまう友人だ。

 それにしても、とセシリアは思う。友人でもあるシャルロット・デュノアがたまに奇行に走ることは今更だけど、まさか保健室の前で死んだ魚の目を晒しているとは想像ができなかった。近づいて魚臭いということはないけど近づきたくないと思った。

 セシリアはもう一度溜息を吐きだすと回れ右して廊下を駆け抜ける。知り合いだと思われたくない想いが全ての原動力となっていたのだった。

 さて、エミリア先生はどこでしょうか。

 彼女はもう保健室の前にいた生物については忘却してしまっていたのだ。 


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