足をやってしまったことで、私のとるに足らないIS人生はピシャリと幕を閉じた。呆気ないのは私のカリスマ不足のなせる技だね。
しかし、まだまだできることがあるのが人生。意外にもできることがあるんだよ。人間役立たずはいないってことかな。
保健室には誰かしらやってくる。怪我人だったり体調不良だったりと理由は違えど生徒がくる。
みんな良い子ばっかりで、私が車椅子で移動していると助けてくれたりする。エミリアがやってくるなり蜘蛛の子を散らすようにいなくなるは見ていて楽しくなるけど。
仕事場である保健室には私と姫麗しかいない。授業中の時間だから保健室に生徒が居てもらっては困るんだけどね。
「母様。算数は飽きました」
車椅子の上でノートパソコンをカチカチしていると、姫麗が算数ドリルをパラパラと捲りながらやってくる。
姫麗は私の娘ではあるけど戸籍がないから学校にも通わせられない。一応、束先輩がアレコレと手を回してくれるらしいけど、今のところは音沙汰もないから学校に通わせてあげられないから本当に困る。
束先輩ならきっと学校なんて通う必要なんてない、なんて言いそうだけどそんなことはない。学校は色々なことを教えてくれるし、勉強以外のことも学ぶこともできる。昨今では学校に関しては虐めだなんだと大変だけど、学校はいいところだと思うよ。勉強はちょっと嫌だったけど。
姫麗も勉強は嫌いなようで数分で音を上げて泣きついてくる。こういうところもクローンだとしたら、もしかして私もこのくらいの頃は勉強が嫌で泣きついていたのかな。今度母に聞いてみようか。
「じゃあ……国語にする?」
「国語も嫌です。勉強は疲れました。遊びたいです」
「……始めてまだ5分しか経っていないけどね」
「5分も勉強しました」
物は言い様だ。もしかして私もおんなじこと言ってたのかな。
子供は褒めて伸ばすべきかな、と「偉い、偉い」と頭を撫でてあげると姫麗が嬉しそうに笑う。うん、私は子供甘いんだな。母と同じだ。
「じゃあ、私と絵本を読もう」
そして唐突に保健室にやってくるエミリア。胸に何冊か絵本を抱えて。このタイミングの良さは盗聴器を仕掛けられていたか、保健室の外で聞き耳を立てていたか、預言者か何かにでもジョブチェンジできたかのどれかかだな。そうじゃなきゃ余程タイミングが良かっただけかな。そうであってほしいな……切実に。
「嫌!!」
エミリアは直ちに拒否されている。
姫麗はあまりエミリアを好いていないようで、彼女の提案を尽く蹴っ飛ばしては私のお腹に顔を埋めて黙秘権を行使するという嫌がり具合だ。
エミリアはエミリアであからさまに舌打ちをすると、来客用のソファーに座り込んで羨ましそうに綺麗の背中を眺めてくる。大人として子供に対して舌打ちをするエミリアが文字通り小さく見える。大きく見えたことがないだけにより小さく見える。
ぐりぐりと頭を押しつけてくる姫麗。撫でろ、という要求だ。
「ふん。ガキを学校に連れてくるなよ。私と遊姫の蜜月の時間が少なくなるだろ」
何度見ても凄い。笑顔かつ猫撫で声で姫麗に接近してきたのに、断られるとあっさりと態度を変えてしまんだから。それはもう好かれるはずがない。自業自得を辞書で調べてみれば一発だ。
「蜜月ではないけどね。それとあんまり姫麗を虐めちゃ駄目だよ」
姫麗の頭を撫でる。最近は頭撫でてばかりだ。
私の注意にエミリアは不満そうにそっぽを向く。
「なら構い倒してくれ」
「それなら仕事しようね。日々それができたら構い倒してあげるよ」
「……ソイツは仕事してないぞ」
「子供は遊ぶのが仕事だからいいんだよ」
難癖つけない。
姫麗が娘になってからというものの、エミリアが大変にご立腹なようで事あるごとに姫麗に突っかかって来る。子供相手にそこまでするかと言いたいけど、エミリアだから仕方がないと思ってしまうのは私がエミリアを良く知っているからだ。
暫くエミリアがそっぽを向いていて、姫麗は私のお腹から離れないでいるけど、すぐ近くから寝息が聞こえ始める。
姫麗がいつの間にか眠ってしまった。寝る子は育つから存分に寝てくれても構わない。
だけど、私は仕事をしなきゃいけないからこのままという訳にはいかない。
どこか別の場所に移さなきゃいけないんだけど、ソファーはエミリアが太々しく占拠してしまっている。ベッドは患者のためにあるから使えない。そうなると場所がなかった。
そこで部屋の隅にあるかつての愛用品であったキャスター付きの椅子を見つけた。私が車椅子に乗るようになってから使われなくなった相棒。
うん、今日からこの椅子は姫麗専用の椅子にしよう。愛着があるから捨てたくないのもあるけど、だからといって生徒に使ってもらうのも嫌だからちょうどいい。
頑張って姫麗を抱き上げようとしたら、さっきまで不貞腐れていたエミリアがやってきてヒョイと抱き上げてくれた。そして、私の意図なんてお見通しと愛用していた椅子の上に移動させてくれる。
「さて、次は私の番だな」
そういってエミリアは私のお腹に頭突きをかましてくれやがった。