机を叩く音に周囲は静まり返り、勢いよく立ち上がったセシリアに注目した。
一夏も後ろを振り返り顔をしかめる。その顔は嫌な奴が突っかかってきたと言っていた。
「納得がいきませんわ。もの珍しさだけでその男をクラス代表などにされては困ります」
勢い任せに立ち上がってしまった。セシリアは内心頭を抱えたい気持ちになってしまった。それでも、飛び込んでしまった以上引き下がることはできない、する気もない。
できる限り冷静であろうと、一度深呼吸をして自分を落ち着かせる。周囲の、特に教壇の上で腕を組んでいる千冬の視線を意識してしまったからだ。同じ空間にいるだけで威圧的な雰囲気を。
「理由はそれだけか?」
淡々と問いかけてくる千冬。
「それだけの理由で反対する気はありませんわ」
気圧されそうになる気持ちを語気を強めることで奮わせる。ここで引き下がっていては憧れに近づくことはできない。それに発言した以上、責任は持たなければならない。
「その男はISの基礎知識が著しく不足しています」
「知識を得る為に学校がある。多少の不足は補える」
「確かにそのとおりですが、IS学園はレベルの高い学校ですわ。入学前に参考書を渡された以上、最低限の基礎の基礎は入れておかなければならないはずです。それを怠って授業がまったく分からないなど許されませんわ。全員がきちんと基礎を固めてから来ているというのに」
「ほう。だが、クラス代表に相応しくない理由ではない。お前が言っていることはあくまでISの知識だからだ」
「基本を怠るものに責任が絡むことを任せられるとは思えませんわ。特にこの中で一番底で怠けているような方には」
震えそうになる体を押さえつけて、セシリアは千冬と真っ向からぶつかり合う。
セシリアが一夏を否定するのは単に気に入らないからだ。自分の居る立場を自覚しない。下も後ろも上も前も、きっと何処も見ていない。改めようとする気がない。それが気に食わない。そんな男に更なる立場や責任を与えても無駄であるし、恥でしかないのだ。
セシリアは更に言葉を続けようとした。しかし、続けられなかった。
「ふざけんな! さっきから好き放題言って。それも関係のない千冬姉に。俺に直接言ったらどうだよ」
自分を貶すような言葉を千冬に向けられた。それが起爆剤となって一夏は声を荒げてセシリアを睨みつけた。
セシリアは怒りの形相を見せる一夏の顔を一瞥した。
「わたくしは貴方がクラス代表としてはあまりに不適切であると、自分なりに提言したまでですわ。それに、貴方に面と向かって直接言ったところで理解してもらえることはないと思いますので」
小馬鹿にしたような言い方をするセシリア。事実、全面的に小馬鹿にしている。
セシリアの言葉を聞いた一夏は、何かを言わなければ男が廃ると思って口を開いた。
「互いに不満があるようなら、手っ取り早くISで闘って決着をつけろ。ここはそういう学校だからな」
鶴の一声。一夏が何かを言葉にするより速く、千冬が口を開いて事態を収める。
「分かりました。わたくしの方は異論はありませんわ」
ISを用いての闘いなら負ける訳が無い。自分にとって完全有利な風向きだと、セシリアは同意した。
「ああ、いいぜ。四の五の言うより分かりやすい」
「……え?」
一夏の悩む素振りすら見せない言葉にセシリアはぽかんとしてしまった。
千冬の提案した決闘は全く平等ではない。IS戦において一夏は圧倒的に不利な状況に立っているにも関わらず、それを理解しているのかいないのか。分かっていての同意なら、よほど腕に自信があるのかセシリアを過小評価しているのだろう。分かっていないのなら、それはそれでマヌケと言わざるを得ない。
「……えー、言っておきますけど、負けた後であれこれ言うのは認めませんので」
「侮るなよ。真剣勝負に不平不満は言わないぜ」
「……そうですか」
セシリアは呆れるよりほかなかった。この男はきっと何も理解できていない。だからこそこのような強気な態度にでることができるのだろう。いっそ清々しいほどの無知だ。
一夏の顔を見れば、何やら悩んでいることが分かる。もしかして自分にとって不利でしかないことに気がついたのだろうか。
「ハンデはどれくらいつける?」
少しだけ言い辛そうな声音だった。
セシリアは少しだけ見直した。ようやく事態を飲み込んで、自分の失態を知ったのだと。
「いいでしょう。貴方のお願いを聞いて差し上げましょう」
「いや、俺がどの位のハンデをつければいいのかなー、と」
一夏の言葉が周囲に届いた瞬間、笑いが巻き起こった。日本組は爆笑を、留学組は嘲笑と二種類の笑いが入り乱れる。
「織斑くん、それ本気で言ってるの?」
「ISを使えるだけで対等なんて考えられるの?」
「いくらなんでも言い過ぎだよ」
多くの人間からの言葉に一夏は今更になってしまった、という顔になった。
セシリアは異性なら見惚れてもおかしくない笑みをその顔に浮かべた。
徹底的に叩き潰す以外の選択肢はありませんわね。叩いて叩いて叩き潰して、必要のない中身を全部取り除いてあげますわ。そして、ISが生半可ではないこと、代表候補が伊達ではないことを、貴方がいかに無知であることを教えて差し上げますわ。
心の中では怒りの炎が燃え上がっていた。
「――という訳なんですよ、遊姫ちゃん」
放課後の保健室。今日の授業行程を終えた真耶ちゃんが私のところへとやってきた。自分が請け負った生徒に対しての愚痴を言うために来たようだ。
私はキャスター付きの椅子に座って、時にほうじ茶を啜りながら話を聞く。正直に言えば聞いているだけだ。何か意見を求められても手も足も出せない。
「ふーん。来週の放課後に織斑一夏とセシリア・オルコットの試合がある訳なんだね。前売り券って何処で買えるの?」
「売ってないので買えませんよ」
「それは残念」
ペロリと舌を見せて笑う。疲れた顔をしている真耶ちゃんも釣られるようにして笑う。
「真耶ちゃんはだから疲れているんだね」
「はい、それもあるんですけど」
ちょっとだけ言い辛そうにする真耶ちゃん。これは、おそらくだけど千冬先輩が絡む内容になるのだろう。
「ここは私の城だよ、真耶ちゃん。見聞きしたことを軽々しく外に言いふらすことはしないよ」
「信じます、信じてますからね、遊姫ちゃん」
「信じて信じてよ。軽々しくじゃなくて、重々しく言いふらしてあげるから」
「冗談ですよね?」
「もちろんだよ。場を和ませる冗談」
「ですよね」
「そう、可愛い後輩を死地へと投げ入れることはしないよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです、先輩」
私は立ち上がって、保健室の備え付けの冷蔵庫へと向かう。中から冷たいオレンジジュースのペットボトルを取り出してグラスに注ぐ。氷を二つにストローを加えて、真耶ちゃんに手渡す。「ありがとうございます」と言って一気に飲み干した。ストローを使いなさいよ。
「すいません、おかわりお願いします」
「はいはい、良き所でストップ言ってね」
グラスにオレンジジュースを注ぐ。
「でさ、真耶ちゃんが疲れる要因は何なんだい?」
「はい。その、織斑くんとオルコットさんの試合に向けて、アリーナの使用許可を取ることになってしまって」
段々と声の調子が下がっていく真耶ちゃん。
「私はやったことないけど、アリーナの使用許可を得るのって書類一杯書かなきゃいけなかったっけ?」
「そうなんですよ。生徒にとって貴重な自主訓練の場を貸し切る訳ですから、理由や目的、大体の使用時間、ISの使用数やらを色々書いて提出しなくちゃいけないんですよ。それも、許可が下りるようになる理由にしないと。すごく大変なんです」
それは大変だ。内心でそう思いながら、私はお茶を飲む。
「話の様子からして、前準備を押し付けられたんだね。それも逆らい難い千冬先輩に」
「は、はい。酷いですよね。提案したのは織斑先生なのに」
真耶ちゃんは心を落ち着かせるためにオレンジジュースに口をつけた。今度はきちんとストローを使ってくれている。
私は床を蹴って椅子ごと体を回転させる。ゆっくりとした回転なので景色の移り変わりもゆっくりだ。
「まぁ、頑張ってね。いつでも休憩しに来ていいから」
回転を止めて、私は笑顔でそう応援した。ついでに、オレンジジュースのおかわりをグラスに注ぎ足したのだった。