エミリアがISを纏った瞬間に、小手調べをするかのように一体の『ゴーレムⅡ』が接近してきた。両腕がブレードとなった近接戦闘用でエミリアの懐に5秒とかからず入り込むと、腕を振るって攻撃してきた。剣に覚えのある者が見たら、素人かと鼻で笑うような剣筋ではあるが、腕を振るうスピードは目を見張るものがあった。
だが、エミリアは臆することはなかった。
イギリスの第三世代IS『イエロー・ドレス』。
セシリアの『ブルー・ティアーズ』と強奪される前にとった『サイレント・ゼフィルス』の稼働データをフィードバックして開発された『ティアーズ』搭載型三番機を、エミリア専用に調整を加えて完成させたものである。
『ブルー・ティアーズ』の青い装甲とは違い、『イエロー・ドレス』は淡い黄色の装甲を持ち、腰部のスカート・アーマーにバーニアが追加され大型化していてた。。背中のフレキシブル・スラスターは一回り小さくなり、代わりに数を八基に増設していた。その内二基は円盤の形をしている。そのシルエットは『ブルー・ティアーズ』よりも大柄なものとなっている。
その姿形はエミリア専用に性能を改造した結果のものであり、彼女の反射神経をダイレクトにフィードバックできる瞬発力を持ったISである。
ゆえに程度の実力があるものでも驚くような速さで振るわれた腕など、エミリアと『イエロー・ドレス』の前では全く脅威とはならなかった。
目の前から消えたと錯覚するようなスピードで攻撃を苦も無く回避したエミリアが素早く『ゴーレムⅡ』の背後に回り込んで、装甲の首筋に僅かに見える剥き出しの機械部分にショートブレード『インターセプター』の切っ先を突き刺す。どうやら『ゴーレムⅡ』はシールド・バリアーで守られていないようで、ブレードが機械部分に突き刺さる。
『ゴーレムⅡ』の体がビクンと痙攣したかと思うと、ブレードと一体化した腕が力なくだらりと垂れさがる。エミリアがその背中を蹴ると抵抗することなく体を地面へと衝突させた。立ち上がることもなく、何時までの地面に横になっている。
「精一杯の足止め。言葉通りだな」
うつ伏せに倒れて機能を停止した『ゴーレムⅡ』の人の頭を模した頭部を踏みつけて、開始早々残り3体になったゴーレムⅡを見渡す。
力量拝見と代表して向かって行った『ゴーレムⅡ』の1体は相手が脅威であることを身を以て証明したのだ。取り囲んでいる敵を舐めてかかってはいけないのだと。
エミリアは逆に呆気ないと思った。束の生み出した物だから、もっと面倒なものと予想していたが、簡単に仕留めることができてしまった。
だが、残りの3体はこうも簡単に倒すことはできないだろう。今度は3体同時に襲い掛かってくるのだから。
「あらら、こうも簡単にやられちゃうなんてね」
エミリアに脳に直接束の声が聞こえてくる。『ゴーレムⅡ』を通してプライベート・チャンネルで話しかけてきているようだ。
「最初から仕留めにくる気なんてないだろ」
「ばれちゃったかー。くそう、私の負けだ。もってけドロボー」
「……いらっ」
「どうしてわざわざ声に出して苛立ちを表現するのかな?」
「知るか」
そこまで答える義理も何もない。エミリアはレーザー・ライフルをコールして近接戦闘用『ゴーレムⅡ』を狙う。
狙われているということに反応した『ゴーレムⅡ』が射線から逃れるために動き出すのだが、エミリアは相手の回避方向を先読みして引き金を引いた。砲口から閃光が迸り、『ゴーレムⅡ』の装甲を焼く。シールド・バリアーによる防御がない装甲が熱線に歪む。
仲間の被弾を受けて、残った砲撃戦闘用2機が敵に向けて牙をむく。両腕を持ち上げてエミリアに向けた。腕の先端には四つの小さな砲口があり、そこからビームが小刻みに撃ち出された。
迫りくるビームの群れを、エミリアは細かな動作で次々と回避していった。身体を掠めるかどうかのギリギリでの回避もあったが、エミリアには全てのビームの軌道が見えていたので当たることはなかった。
「常人を超えた脚力と、高速戦闘を苦も無くこなす肉体を持つゆーちゃん。ISの攻撃を受け止められるほどの身体能力と、眼のも留まらぬ速さでブレードを振りぬく腕を持つちーちゃん。そんな2人の異常な速さをも捉えることのできる眼と、それに対応できる反射神経を持つえーちゃん。まったく化け物だらけだね。まぁ、そんな脳筋3人なんかよりも凄いのが天才束さんなんだけど」
最終的には自画自賛になった束。エミリアは構って欲しいんだな、と思いながらビームを回避し続けた。
「ねえねえ、えーちゃん。私のところに来ない?」
「断る」
「えー。来てくれたらそんなISよりも数段性能に良いISを作ってあげるのに」
エミリアは例えどんなに好条件を提示されたとしても揺れ動くことはない。彼女にとってIS学園で教師をしているのは遊姫いるからである。それだけと思われるかもしれないが、エミリアにとってその条件こそが教師生活に身を捧げてまでIS学園にいる大きな理由だ。
「私はお前を信用も信頼もしていない」
エミリアは静かにそう告げると、束の持ち出してきた傀儡を狙い撃った。
声援の鳴り響く第四アリーナにて、セシリアは片目を閉じて獲物に狙いを定めていた。
獲物は状況がいまいち理解できずに慌てている王子様の恰好をした男が、自身が遠距離から狙撃されそうになっていることも知らずにシンデレラの衣装を身にまとった幼馴染の鈴とじゃれあっていた。じゃれあっているにしては蹴りやらゴム質の剣が飛び交っていて危なっかしいことこの上ないが、セシリアにとっては一夏という男に恋している鈴が猛烈にアタックしているようにしか見えなかった。これは彼女の目が節穴ということではない。ただ、ちゃんと認識する気がなかっただけである。
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちると言いますが、現状は片想い……それも全く進展の気配を見せていないようですから、恋路の邪魔ではないはずですから」
第四アリーナ全体を使って組み立てられたダンスホールを思わせるような特設ステージ。その端でセシリアはスナイパー・ライフルのスコープを覗き込んで一夏に狙いを定めていた。正確にその頭上に置かれている王冠で、それは生徒会企画『観客参加型演劇シンデレラ』において優勝するために必要なアイテムであった。
観客参加型演劇シンデレラはうら若いシンデレラの集団が、一夏扮する王子様の王冠を奪い合うゲームである。様々な手段を用いて王子様から王冠を手に入れた者が優勝し、生徒会から優勝賞品を得ることができるというものだ。
以外にも参加者は多く、セシリアや鈴の他にステージ上に数十人のシンデレラ衣装を身に包んだ生徒達いる。その誰もが優勝賞品を手に入れようと意気込んで参加してきたのだ。彼女達とは違い、セシリアにはその意気込みは全くなかった。
セシリア以外の全員が欲する優勝商品は、生徒会長権限において『織斑一夏を部員にする権利』もしくは『織斑一夏と同室同居の権利』またはその両方を得ることができるというものだ。この商品の内容に一夏を部員として欲している生徒や同室になりたい生徒達が参加していた。
セシリアはこの集団と志を同じくはしていないのだが、彼女の所属する射撃部部長が一夏の存在を欲していて、その為にセシリアをこのシンデレラに参加させたのだ。もちろん部長も参加している。
「遠慮なく撃たせていただきますわ」
引き金を引くと銃口から実弾……ではなくBB弾が飛び出して一夏へと向かって行く。残念ながら、鈴の攻撃のタイミングと重なってしまい、一夏には当たらなかった。代わりに鈴に命中してしまった。
「いったぁー!? 誰よ!」
セシリアは鈴がこちらに顔を向けるのを見て、そそくさと身を隠した。幸いばれることはなかった。
それにしても、どうしてこのようなことをしなければいけないのか。セシリアは手元のエアガンに視線を落として溜息を吐き出した。
織斑一夏と同室同居および部員にする権利を他の部活に売り払い、射撃部の部費を手に入れること。それが射撃部部長の思惑だった。そしてその思惑に巻き込まれたのがセシリアだった。
十分な部費をもらっているのにどうして、更に部費を必要としているのか。そう問いかけた。
「私達はもっと活動するために資金が必要なのよ。残念なことに我らが顧問は惰性でやっているから、そういうところは期待できない。なら、多少人道に反してでも部費を手に入れようと努力しないと」
と、部長はとてもいい笑顔で応えてくれた。
別にその熱意に応える為にセシリアがスナイパー・ライフルを構えているわけではない。断ったら爪はじきにされるかもしれないと思ったからだ。
そんな気乗りしない雇われスナイパー業務も迫りくる捕食者から一夏が逃げて物陰に消えていったことで休業となった。
「もうお役御免で良いでしょうか?」
誰に問いかけるという訳ではないが、一応声に出してみるセシリア。
参加もしたし1、2発は撃ったので大丈夫だろう。そう思ったセシリアはスナイパー・ライフルを持って第四アリーナのフィールドから出た。
特に行く場所も思いつかなかったということもあり、アリーナの出入口にある自販機でペットボトルの紅茶を買った。そばにあるベンチに座って一息つく。
暫くぼんやりと過ごすセシリア。午前中はご奉仕喫茶で動き回って、肉体的にはともかく精神的に疲れていた。エミリアと遊姫の訪問のおかげで多少は回復したが、それでも疲れたことには変わりなかった。
10分ほどベンチに座って紅茶を飲んでいたセシリアは、さすがに決着がついただろうと思い、立ち上がって会場の方角を見る。
更衣室のある方角から誰かがセシリアのいる方へと走ってくるのが見えた。スーツを着て長い髪を振り乱しながら女性がこちらへと近づいてくる。何かあったのだろうか、顔は苛立ちに歪んでいた。
女性はスーツ姿にも関わらず全力疾走でセシリアの目の前を通り過ぎていった。
「何かあったのでしょうか?」
段々と小さくなっていく背中を見送りながらセシリアは首を捻った。もしかして急な仕事が入ってしまったのだろうか。
何となしに女性が急ぐ理由を考えていると、視界の端を何かが通り過ぎていった。
今度は誰だろうか。そう思って通り抜けていった人物を目で追ってみると、銀色の髪が風にふわりと揺れながら遠ざかっていくのが見えた。IS学園の制服を着ていて、かつ小柄なのでおそらくラウラ・ボーデヴィッヒだ。状況を見ると先の女性を追いかけているのか。
女性とラウラに何か接点があるのかと考えていると、頭の中で声が聞こえてきた。
「セシリア・オルコット」
ラウラの声だった。
プライベート・チャンネルでの呼びかけにセシリアは眉をひそめた。セシリアにはラウラに呼ばれるような理由も関係も全くなかった。もしかしたら、セシリアにないだけでラウラにはあるかもしれないが、可能性は低いだろう。
「すぐにこちらに来い」
「何故貴女にそんなことを」
「緊急事態につき、お前の都合も意思も関係ない。コア・ネットワークで追跡しろ」
暴力的な通信にセシリアは無視しようかと思ったが、ラウラの言う緊急事態に引っかかった。もしかしたら、横暴と取れるような言葉は余裕のなさの表れかもしれない。
セシリアはすぐさまコア・ネットワークでラウラの位置を確認した。どうやら、IS学園の敷地から出ようとしているようだ。スピードからしてISを使用しているようだ。
「一体全体何ですの!?」
セシリアは『ブルー・ティアーズ』を展開すると急いで外へと飛び出した。教師に見つかって怒られてしまうのではと、内心でビクビクしながらもラウラを追いかけた。