IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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11話

 加害者と被害者の感動的な再会。場所もかつて出会った保健室だ。

 何か作為的なものを感じると疑いたいところだが、実は私がこうなるようにセッティングしたので疑いの余地を挟むことはできない。

 

「元気にしていた?」

「してました」

「それは結構なことだね」

 

 愛用の椅子に座っていた白髪赤目のウサギちゃんに退いてもらって、私がそこに座る。だってここは私の定位置なのだから。ウサギちゃんには代わりにパイプ椅子に座ってもらった。

 私はニコニコと笑って、ウサギちゃんは無表情だ。

 

「無事に入れたようで何よりだよ」

「ええ。最初は疑いの目で見られましたが、これを見せたら簡単に入らせてくれました」

 

 そう言ってウサギちゃんはポケットから1枚の紙を取り出して見せてくれた。

 

「そうだろうね。襲われた私が襲撃者に入場券を渡すなんて誰も思わないだろうしね」

 

 ウサギちゃんの持っている紙は学園祭の入場券だ。彼女の為に私が渡したものだ。

 

「それにカラー・コンタクトも役にたったようです」

 

 ポケットから青いカラー・コンタクトを取り出すウサギちゃん。念のために目の色を変えるようアドバイスしたのだが、どうやら採用してくれたみたいだ。ちょっとだけ嬉しい。

 それにしても襲撃者を招き入れるなんて、ばれたら内通者扱いで捕まってしまうんじゃないだろうか? まぁ、最初からリスクは覚悟の上だ。そうでなければやるべきではない。自分の行動には責任を持たないとね。

 ほうじ茶を飲んで一息をついた私は立ち上がって、ウサギちゃんの手を取る。私の行動を疑ったウサギちゃんが手を掴まれまいとしたが、そんな無駄な抵抗などなんのそので掴んでパイプ椅子から立たせた。

 

「何のつもりですか?」

 

 顔は無表情のまま声音は不審がっていた。まぁ、今回の彼女の目的を考えれば私の行動は少々疑いたくなるだろう。

 私はほんの少し抵抗を見せるウサギちゃんを安心させるためにできるだけ柔らかい笑顔を浮かべた。

 

「学園祭に行こう」

 

 私は呆けた声を出すウサギちゃんを引っ張って保健室を出る。

 

「あ、念のためにカラコンの装着をよろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ですか、ここは?」

 

 保健室から移動してたどり着いた場所を見て、ウサギちゃんの第一声が疑問である。それもけっこう常識知らずな言葉だ。

 

「見て分からない?」

 

 目の前には長方形のテーブルがあり、その上には小さなコルクと火縄銃みたいなものが等間隔に置いてあった。テーブルの向こう側には段差のある巨大な台があって、段差には人形やら玩具やらお菓子やらが置いてあって。

 

「分かりませんが」

 

 祭りなどでよく見かけるお店だというのにウサギちゃんは皆目見当もつかないのか、首を捻りながら銃を手に取っていた。

 

「お、遊姫先生。我が射的屋さんのようこそ」

 

 私の存在に気がついた生徒が声をかけてくる。

 祭りの顔の1つ射的屋。コルクの弾を銃に込めて商品を倒したらゲットすることができる店だ。出店は射撃部のみんなだ。

 

「あれ? この可愛い子はどうしたんですか?」

 

 射撃部の副部長がウサギちゃんの頭を撫でながら言う。若干だけど、ウサギちゃんが嫌な顔をしている。

 

「くーちゃんって言ってね。親戚の子なんだよ。せっかくだからIS学園に連れて来たんだ」

 

 あはは、と笑いながら説明をする。もちろん言った内容のほぼ全てが嘘である。親戚の子供じゃないし、せっかくだから連れてきたわけでもない。

 名前に関しては本当。束さんが『くーちゃん』と言っていたから確かだ。本名は知らない。

 

「よし、じゃあ先生とくーちゃん。射撃部の売り上げに貢献してみよう」

「良いけど、部長さんの姿が見えないのが気になるんだけど」

「部長は生徒会の出し物『観客参加型演劇シンデレラ』に向けて準備しているみたいです」

 

 観客参加型演劇シンデレラ? なんだその訳のわからないものは。それと部長の準備と何の関係があるのだろう。

 

「何それ?」

「なんか織斑くんの部活所有権をかけて王冠を取り合うゲームみたいですよ。うちの部長はその権利をうっぱらって部費を手に入れようと張り切って準備しているようです」

「知らないところで人身売買が行われているんだね」

 

 通報した方がいいのかもしれないけど、おそらく教師には認められていると思うから大丈夫だろう。そうでない違法な行為であるのなら、仕方ないけど楯無の人生はない。

 

「じゃあ、とりあえず2人分お願いね」

 

 財布からお金を取り出して射的をやってみることにした。問題があるとすれば私の腕前が壊滅的なことくらいだろうか。

 

「先生。2メートルと離れていないのに何で当たらないんですか」

 

 銃身を突き出すことで彼我の距離は1メートルを切っているというのに当たらない弾。うん。さすがIS学園の射撃評価は5段階評価のE。当たらないにもほどがある。

 

「こんなもの簡単です」

 

 小さな手で銃を構えるウサギちゃんことくーちゃんが引き金を引く。パンと本物の銃に比べると軽い音と共にコルク弾が発射される。弾は惜しくも商品の隣を抜けて壁に命中した。

 

「惜しかったね」

 

 くーちゃんの頭に手を置いて慰めると手を払われてしまった。

 

「惜しくないです。今のは小手調べなのですから」

 

 どうやら負けず嫌いのようで、無表情な顔が真剣なものになっていた。ちょうどいい大きさの的に狙いを定めていた。

 ちなみに、私は支給された10発のコルク弾を7残した状態である。どうせこれ以上撃ったって当てることはできないだろうと、7発も残して諦めてしまったのだ。これ以上恥をさらしたくないというのも多少はある。

 

「当たりません」

 

 第2射を外したくーちゃんが頬を膨らませながら、次発装填をして発射する。当たらない。

 副部長が「お、親戚だから似ているね」なんてけらけら笑っていた。

 その言葉にくーちゃんが闘志をむき出しにして銃を構えたが、結果は惨敗と言わざるを得ないものだった。獲得景品はゼロ。まさしく店に貢献しただけだった。

 恨めし気に景品を睨みつけているくーちゃんの姿が可愛くて、つい自分のところに残っているコルク弾を差し出してしまった。

 

「良いんですか?」

 

 まさか敵から施しを受けるとは思っていなかったくーちゃんはキョトンとした顔で私を見てきた。既に施しているから、こんなの今更だと思うんだけどね。

 

「良いよ。私は十分に楽しんだから」

 

 楽しんだし、これ以上はしたくないので。

 完全な善意から出た言葉ではないが、くーちゃんはそんなこと関係なく喜々として、それでいて真剣に景品にへと向かって行った。

 まぁ、結果は変わらずだったけど。くーちゃんは悔しそうな顔をしていたけど、どこか満足げだったので良しとしよう。

 

「次はどこに行こうか?」

「楽しいところが良いです」

 

 お互いに学園祭を楽しむ気満々だった。私が言うのもなんだけど、くーちゃんは本来の目的を忘れていないかい?

 

 

 

 

 

 

 さて、射的屋を始めとして多くの出し物を見て回ったのだが、これがけっこうドキドキするものである。それは別に私が極度の人見知りだからでも、この年齢になったいまだにはしゃいでいると思われるのが恥ずかしいからではない。

 じゃあ何でドキドキするのか?

 答え簡単、私の隣で目を輝かせてあちらこちらに視線を乱射するくーちゃんが原因だ。

 くーちゃんはかつて私を襲撃しにIS学園にやってきちゃった子で、簡単に言えば危険人物だ。襲撃を受けた時、多くの目に晒された訳ではないが、少数には見られてしまっている。更に報告として教師達にも大体の容姿が伝わっているので、もしかしたらばれるんじゃないかとドキドキしているのである。

 一応、私の招待券とカラコンでほんのり容姿を変えているから教師達にはばれないとは思うけど、あの襲撃に居合わせた楯無あたりに見られたら恐らくばれる。

 ばれたら、今日の私の目的が果たせないので、周囲に視線を走らせながら私はくーちゃんと学園祭を回っているのだ。どうやら周囲からすると私はくーちゃんが可愛過ぎて、彼女の怪我の要因になるものや、危ない人物を警戒しているように見られていたらしい。ちょっとだけ間違っていないから否定できない。

 2人で無計画に適当な出し物に顔出して楽しむ。

 たまに現れる怪我人を治療していると、私の手元をくーちゃんが興味深そうに見てくる。さっきから見ていると、くーちゃんは何にでも興味深々といった反応を見せてくれる。

 多くの出し物を回って、そろそろ私も本来の目的を見失いそうになった頃にIS学園内に1つの放送が響き渡った。

 

 今から10分後に第四アリーナにて生徒会による観客参加型演劇シンデレラを開催します。

 

 校内アナウンスを聞いた生徒達はそれぞれが最低限の店番を残してその場を後にしていった。流れからにして第四アリーナへと向かって行ったのだろう。

 

「くーちゃん」

「はい」

「そろそろ決着をつけようか」

 

 多くの人がある一点に集中したのをチャンスと思い、私はくーちゃんを連れて第一アリーナへと向かった。

 

 

 

 

 生徒会以外にアリーナを使うクラス、部活はないので第四アリーナ以外が人の訪れることがなく閑散としていた。

 私とくーちゃんは観客の1人もいない音のないアリーナの中心で向かい合っていた。

 互いにさきほどまであった柔らかい雰囲気はない。

 

「前にも言いましたが、貴女では私に勝てません」

 

 淡々と言ってのけるくーちゃん。

 

「残念だけど、今回からは軽々しく負けるなんてことはしないよ。特に今日は勝ちにきたからね」

「そうですか。ですが、私に勝つことはできません。ISの性能差とお母様に調整してもらった体がありますから」

 

 くーちゃんがISを展開する。私の『風撫』とそっくりなISが姿を現す。

 私も白衣のポケットから深緑色の指輪を取り出して、『風撫』を展開する。

 

「では行きます」

「どうぞ、かかってきなよ」

 

 小さな小さな闘いが誰の目に触れることなく始まった。


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