学園祭が始まった。
通常の学校とは違い一般公開されていないが、生徒達はそんなことは関係ないとばかりにはしゃいでいた。誰もかれもが楽しい雰囲気を作り出し、また雰囲気に身を浸していた。
それは教師達も例外ではなく、外部からの人間に注意しながらも学園祭を楽しんでいる。
一教師であるエミリア・カルケイドも学園祭を楽しもうとして生徒や来客のごった返す廊下を突き進んでいた。
目的地は既に何度も何度も訪れている保健室。お目当ての人物は月村遊姫。
できるだけ早くゴールしたい。今回は日頃とは違い時間が有限である。学園祭は一年に一度しかない特別な行事なので無駄なことはできない。
遊姫と一緒に校内を目的なく歩いて適当なところで休憩。夕日が沈むまで一緒にこの馬鹿騒ぎに身を浸していたい。そして段々と賑やかさが夕焼けに消えていくのを感じながら1日を終える。その時、あわよくば遊姫の心を。
煩悩に支配されながらもエミリアは真っ直ぐ保健室へと歩を進めていた。時折横並びで向かってくる生徒達を睨んで壁側に退けたりする。鋭い視線の前に立ち塞がる人々は数秒と耐えることもできず瞬時に壁側に避けて、エミリアに道を譲り渡していた。暴君にしか見えない光景だった。
周囲の怯えた視線をものともせずにエミリアは突き進む。
そういえば、セシリアがぜひ一年一組に立ち寄ってくださいと言っていたのエミリアは思い出した。ご奉仕喫茶なるいかがわしい名前の喫茶店だと聞いていた。一応担任から許可を得て営業しているようだが、場合によっては教師権限を使って強制捜査と営業停止処分、責任者の逮捕をしなければならないかもしれない。そう思うと行きたくないとエミリアは思った。
だけど、セシリアがどう奉仕するのかも気になっていた。あの令嬢がどのような姿を見せるのかを考えると思わず笑ってしまいそうになる。エミリアの内側には遊姫だけではなくセシリアも存在していた。遊姫に比べて大分優先順位は低いのだが。
エミリアもそのことを自覚しているがやはり遊姫の方を優先しているので、もしも遊姫が一組に行く気がないのなら行くつもりはない。
保健室にたどり着いた。エミリアは中の人物のことも気にせずにノックなしで扉を開いた。
「一緒に出掛けるぞ」
何事も始めが肝心。エミリアはよく通る声を出した。次に保健室の中を見渡して、お目当ての人物を発見して頬を緩ませる。
だが、視界の端に映り込んだものに緩ました頬が硬直する。眼付が鋭くなり、ギロリと保健室にあってはならない不純物を睨み付ける。
「何見てんだよ!」
エミリアに睨みつけられているのを感じ取った遊姫ではない人物が低い声で彼女を威嚇する。エミリアも負けじと威嚇をし返した。
「何存在している!」
「何で存在否定なんだよ!?」
額がくっつきそうなほどに近づいた2人が睨み合う。幼い子供なら泣き叫ぶほどの迫力を纏っている。幸いなことにこの場には大人しかいない。
エミリアが敵意に染め上げた瞳で睨み付けているのは、エミリアよりもずっと背の高い男性だ。顔つきは普一言に恐いと分類されるもので堅気の者とは思えない。それに引き換え髪色は根本は日本人らしい黒色だが先端は昨今の軽薄そうな若者のように右側が赤色、左側が青色となっていて奇抜だった。
「白季。何で学園祭に来てるんだ? すぐに帰れよ」
多くの人がその姿に近づくことを恐れて敬遠してしまう見た目をしている男は名前を
「昔からだけどなぁ、年上相手にその口の利き方は何だコラ!」
「うっさい、馬鹿」
「仮にも教師だろうが!」
「その前に人間だ」
「昔から本当にウザったいな、カルケイド」
「呼ぶな。汚れる」
大人とは思えない言葉の応酬。
そんな延々と稚拙な罵り合いをする2人をのんびりと眺めている人物がいた。
「本当に2人とも変わらないですね」
「や、そうですね。体や社会的地位が大きくなっても変わりませんね」
口喧嘩をしているエミリア達とは違って、穏やかな雰囲気でほうじ茶を飲む遊姫と同じく白湯を飲む
西島はIS関連の会社『西島重工』の社長で、遊姫が学生の頃から何かと手助けしてくれた人物だ。肥満体系をスーツに包んで、柔和な笑みを浮かべている。
「そろそろ止めましょうか」
手を叩いて西島が静止の言葉を口にすると白季がピタリと動きを止めた。彼は西島重工の技術者だ。見た目に反して基本的に中身はマトモなので、お上の言葉には基本的に忠実だった。
エミリアが犬だなと呟くが、白季は無視して遊姫へと振り返った。
ああ、ムカつくことが目の前で起こる。そう思ったエミリアはその背中を蹴ってやろうと思ったが止めた。この立ち位置で蹴ると、遊姫の方に倒れてしまうからだ。それは許されない。
「遊姫! 久しぶりだな、元気にしていたか」
エミリアに見せていたガラの悪い顔は消え去り、代わりに満面の笑みがそこにはあった。
「久しぶりですね。私は元気にしていましたよ」
遊姫もニッコリと笑って応えていた。
白季守名が月村遊姫に愛を持っていることをエミリアは知っている。どうして恋愛感情を抱くようになったかは知らない。だけど、エミリアが遊姫と高めあうような間柄になった時には既に、白季の遊姫を見る目は恋している目だった。エミリアは気に入らなかった。
だから、目の前で行われる2人の他愛のないやり取りもイラッとする。主に白季に対して。
「元気にしてたか。よし、じゃあ一緒に学園祭を楽しもう!」
遊姫の手を取って入口に向かおうとする白季。それを困ったように笑いながらもついていこうとする遊姫。それを見てショックを受けるエミリアに、成り行きを微笑ましく眺める西島。
まさか相思相愛の間柄だったなんて。これでは先ほどの自分がみじめだとエミリアは崩れ落ちそうになる。
だが、エミリアの思考を打ち砕くかのように目の前に手が差し出される。
顔をあげると、柔らかい笑顔を浮かべた遊姫がいた。差し出された手は遊姫のものだったようだ。
「エミリアも一緒に行こうか」
エミリアは頬が緩むのを感じながらも、冷静に見えるような顔を作ってその手を掴んだ。
「行く」
遊姫の背後でエミリアを睨みつけてくる人物がいたが、もはや知ったことではない。相思相愛でないのならば、付け入るスキがあるのならば、遠慮の欠片もなく入り込む。
遊姫は私のものだ。
エミリアは心の奥底にある想いを乗せた笑みを白季に見せつけた。
一年一組ではメイド喫茶改めご奉仕喫茶を開店していた。朝から盛況で生徒達は忙しそうに動き回っていたが、その顔に苦痛はなく誰もが楽しそうだった。
ご奉仕喫茶が長蛇の列を作り上げるくらい人気なっている理由は、どの店にも負けない接客態度やサービスでも、出てくる料理がほっぺが落ちそうなほど美味しいということでもない。
他のクラスにはなくてこのクラスにはあるもの。それが大繁盛を生み出していたのだ。
「織斑くん。三番テーブルにGOして」
「織斑一夏の指名は一時間待ちになりまーす」
現状世界で1人しか存在しないISを扱うことのできる男性がいるからだ。
織斑一夏。
ご奉仕喫茶の一番の顔だ。珍しい、執事を思わせる燕尾服を身に纏った一夏を目当てに訪れる客が多い。同級生、上宇級生関係なく女子生徒が教室の外にごった返している。その中にIS関連の企業の人間と思われる人々もいて、ご奉仕喫茶を楽しもうとしていると言うよりは、織斑一夏を値踏みしに来たと感じだった。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
教室に来店を知らせる声が上がった。出入口へと燕尾服を着込んだ金髪の人物が向かって行く。
「はぁ。なんて言うか、ノリノリね、アイツ」
「仕方ないよ。ある一点においてシャルロットは単純だから」
燕尾服を着て男装しているシャルロットの後ろ姿を見たミシャとラグナクは呆れていた。
「でもぉ、そのおかげでああやってきちんと接客してくれているからいいんじゃないの?」
「そうですけど動機が………………………………………………………………不純じゃないでしょうか?」
「言わなくても良いよ、良い言葉が見つけられなきゃ」
「それはおかしいですよ。いえ、もう何も言う必要はありません。キキラは誰のことも気にせずにしてればいいと思います」
「これまでの戦いが何なのか疑いたくなる!」
「切り捨て、見捨て、見限り」
「そうねぇ、ルベリーちゃん。もう訂正する価値もぉないってことよねぇ」
仕事そっちのけで会話している留学生組。事実、彼女達は休憩時間中で仕事をしなくてもいいのだ。
「皆さん。邪魔になってますから他のクラスを除いてきたらどうですか?」
仕事をするでもなくかと言って来客でもない彼女達に接客の最中にセシリアが声をかけた。
「何よ、セシリア。メイドがいちいち口を挟んだら駄目じゃない」
メイド姿のセシリアにミシャが文句を言う。
セシリアは溜息を吐き出す。ミシャ達が立っている場所は料理を運ぶ際に通る場所なので邪魔なのである。
ミシャ達も自分達が邪魔になっていることは分かっているようで出入口に集まっている人々をかき分けて1人また1人と消えていった。最後まで残ったのはミシャだった。
「ミシャさんはいかないんですか?」
何でみんなと一緒に行かないのか、と疑問に思ったセシリアが問いかける。
ミシャはクツクツと意味ありげに笑って、そのまま教室から出ていった。
「何ですの?」
なんとも不思議な態度でいなくなったミシャに更に疑問が浮かび上がってくる。何がしたかったのだろうか。
セシリアが接客に戻ろうとしたタイミングでポケットに入れたケータイが震える。
誰からだろうとケータイだろうかと、確認するとミシャからのメールだった。内容は「意味深だったでしょう?」というものだったので、二度と着信が来ないように着信拒否に設定しておいた。
「セシリア、サボってないで頑張ろうよ」
やけに張り切っているシャルロットがすれ違いざまに肩を叩いてくる。
遊姫に良い恰好を見せて認めてもらおう、ついでに心まで奪ってしまえ。ミシャのどうしようもない提案をキラキラした瞳で受け入れたシャルロットは今日という日を精一杯生きているのだ。
あまりに動機が不純だとセシリアは思ったが、本人が納得してやっているのなら外野が気にすることはないだろうと黙って接客をしていた。人によってはめんどくさいから見捨てたとも言う。
「いらっしゃいませ、お嬢……」
軽い足取りで出入口に向かって行ったシャルロット。次の客を案内する為に声をかけた彼女の声が不自然に途切れる。
その不自然さと共に教室にあった様々な音も聞こえなくなるのを感じたセシリアは、変に思って出入口の方に目を向けて固まった。
教室の出入口に1人の男が立っていた。
学園祭の雰囲気には似つかわしくない平常心をかき乱し、見る者に恐怖と不安を与えるような高い身長とそのてっぺんに乗っかったマフィアのような恐ろしい顔。赤と青の髪が精神的に危険な人物ではないかと思わせてくる。
その存在を認識した瞬間、セシリアの思考回路は一瞬停止した。
脳が再起動を果たした時、理解と共にドッと冷や汗が溢れてきた。
周囲の生徒達はその場違いな客を見て、何人かはそそくさと席を立って逃げ出し、また何人かは怖いもの見たさで距離を置いて眺める。
様々な反応を見せる生徒達はそれでもある1つの思いを持っていた。
対応してしまったシャルロットかわいそう。
強面の男を目の前にして恐怖で笑顔が引き攣っているシャルロットに、全員が酷く同情の眼差しを向けていた。骨は拾ってあげるから、目がそう語っていた。
セシリアも正直な話、今のシャルロットには関わりたくなかった。この一面において留学生同士が持つ仲間意識なんて千切れて風に吹かれて飛んでいった。
「何? 喫茶店だろ、ココ。止まってないで接客しろよ」
体全体を震わせるような重低音が教室に静かに響く。シャルロットの肩がビクッと跳ね上がる。
遠方の方にいたセシリアも思わず後ずさるほどの迫力。
もう耐えられませんわ。シャルロットさん、代表候補生の力で頑張って乗り切ってください。
自身も代表候補生であるというのに、全てをシャルロットに丸投げして逃げ出そうとしたセシリア。具現化した恐怖から顔を背けようとした時、男の後ろに見知った姿を見つけた。
「遊姫先生!」
身長さのせいで一瞬しか見えなかったが、セシリアは確かに男の背後に遊姫がいるのを見た。いつも通りに白衣を着込んで救急箱を持っていたから間違いなかった。救世主を見た気がした。
「やあ、繁盛しているかな?」
自分の目の前にいる強面が見えないのか、男の脇からひょっこりと顔を出した遊姫がのんきに手を振ってくる。
「繁盛しているように見えまして?」
遊姫の存在に多少心に平穏が戻ってきたセシリアは三歩だけ前に進んた。これ以上は精神の安定の為に近づけなかった。
「見えないね。お客さんが少ないけど何かあった?」
原因は貴女の目の前にいる明らか危険そうな見た目の人です、なんてことは言えるはずもなく、セシリアは乾いた笑みを浮かべて「さぁ、皆目見当もつきませんわ」と言った。周囲が嘘つけと言っていたが無視した。