ある日の放課後。
一年一組の教室にて、セシリアは目の前の人物に対して、面倒だという思いを隠すことなく溜息を吐き出した。
友達相手に面倒だと思うのは嫌だったが、今のセシリアは心底面倒だと感じていた。
「セシリア、もうちょっと頑張って説得してよ」
セシリアの肩に手を置いて揺さぶってくるのは不満を顔一杯に表したシャルロットだった。
「頑張ってと言われましても。そもそも今回のことに関してはシャルロットさんが一番頑張るべきであって、決してわたくしが頑張るべきことではないのですが」
がくがくと揺さぶられながらも反論するセシリア。いい加減に手を放してほしいと思いながらも、それを口にすることはなかった。言ったら、エスカレートしそうな気がしたのだ。
「確かに本来なら頑張るべきは僕の方だよ。それは分かっているけど、だけどどうしても誰かに頼りたく
なるのは仕方がないんだよ。遊姫先生以外で一番頼りになるのはセシリアだけだから、自ずとセシリアばかり頼っちゃうんだよ。うん、世の中って1人じゃどうにもならないよね。ビックリだ」
されるがままに揺さぶられていたセシリアの顔色が段々と悪くなっていく。揺さぶられ過ぎて気持ちが悪くなってきていた。
「シャ、シャルロットさん……そろ、そろ……」
揺さぶるのをやめてほしい。そう言おうとしたが、揺さぶられて言葉が途切れ途切れになってしまう。それだけではなく、シャルロットが揺さぶりながら、自分が頑張っているいることを延々と話している。そのせいでセシリアの声は全く届いていなかった。
気配りができるシャルロットも、遊姫のことになると一気に視野が狭くなることを、セシリアは今身を以てしることができた。1つ賢くなった気がした。
同時に冗談抜きで吐き気がしてきた。
淑女たるこの身。公共の場で嘔吐などプライドが許さない。そもそも淑女云々以前に、女性としてそのような醜態はあってはならない。
言葉が聞き届けられないのなら、実力行使でシャルロットを止めるしかないと決心したセシリアだったが、それよりも早く、ミシャがシャルロットを羽交い絞めにして引き離した。
「シャールロット。ほどほどにしないとセシリアが貴族にあるまじき事態になるよ」
「あ、ごめん。大丈夫、セシリア?」
「気にしなくても……よろしいですよ。後で的になってくだされば」
「それは無理だよ!」
「では罪と後ろめたさを背負って生きて人生になることは仕方ない」
「あはは。シャルはもう真っ当な生き方はできないんだよぉ」
「最初からできてない気がするよ、男装してIS学園に来た時から」
「それはおかしいですよ、キキラ。そこは、男装してIS学園に来た時から、最初からできてない気がするよ……でもおかしいです。何が原因でしょうか?」
「マリさんの日々の着眼点が原因だと思いますよ」
「そうです! 最初からという言葉が邪魔なんです!」
「ようやく気がついたか、マリ! だけど気づいたとこでどうしようもないよ。今日こそは私の勝ち!」
「最初に男装してIS学園に来た時からできてない気がするよ」
「ま、まさか……だ、第二第三の法則を持っているなんて……卑怯だ!?」
「馬鹿、阿保、そして死ね」
「最近のルベリーちゃんはぁ、ちょおっと暴言吐きねぇ」
「ちょっとどころではないですけどね」
セシリアとシャルロットの周りに集まってきた留学生組がギャアギャアと騒ぎ始める。今が授業中なら手厳しい罰が待っているのだが、放課後の時間なので騒がしくしていても怒られることはない。さすがに職員室の前で騒いだら物凄く怒られるが。
教室内とは言え、ここまで騒がしいとクラスメイトの誰かから苦情が来そうなものだが、幸いなことに現在教室内はセシリア達以外も騒がしくしているので苦情が寄せられることはなかった。
教室にいる全員が全員、学園祭の出し物について話し合っている状況だ。
メイド喫茶。
学園祭における一年一組の出し物のテーマだった。
リセル・シェスタの提案したものがクラスから圧倒的な票を集めて決まったのだが、具体的な方針を決めるという状況下において、お祭り気分だけをまき散らして楽しそうに会話に花を咲かせているのだ。いまだに必要なものも、どんな役割を誰にどう振り分けるかも決まっていない。
まだ、学園祭まで時間があるからこその不真面目だ。
セシリアはその雰囲気にどっぷりと浸かりながらも、余裕を持った行動をした方がいいのではと思っていた。
度々放課後の時間を学園祭の準備に取られてエミリアとの訓練もままならない。憧れに近づきたい、強くなりたいと決意を持っているセシリアからしてみれば、放課後をだらりとした学園祭準備に費やしたくないのだ。
もちろん、友人達と学園祭の準備を楽しみたいという思いがない訳でもない。だけど、期限ぎりぎりまで学園祭の準備をする気がないのも事実だ。
「織斑くんが執事の役をやることは決定だよね」
だからこそ、教室のどこかで上がった提案は願ってもないことだった。
一夏がギョッとして声のした方角を振り返っていたが、セシリアには知ったことではなかった。正確には、この教室にいるほぼ全ての生徒達にとっても知ったことではなかった。
「ちょっと待て。そんな提案は――」
「誰? そんな画期的な提案をしたのは?」
「織斑くんが執事? いいよ、それ。集客率がぐんぐんと上がっていく予感がするよ」
「客寄せパンダ、見世物、商品」
「いえーい!」
「やったー!」
一夏の抗議の声を打ち消して盛り上がる女子達。その盛り上がりの中にはミシャ達の姿もあった。
「じゃあ、もう1つ提案」
ミシャが手をあげて発言すると、周囲は今度はどんなアイデアだと興味津々と注目した。
セシリアも一体何を言うつもりなのかと、気になって視線を向けた。きっとろくでもないことだろう。
「シャルロットも執事役にしよう!」
案の定ろくでもない提案だった。
セシリアは呆れて溜息を吐き出してしまった。どうしてそう堂々と言葉にすることができたのかと。内側に閉じ込めておけばよかったのに。
きっと、白い目で見られるとセシリアは思った。
セシリアの想像通り、生徒達は先ほどまでの熱が何処へ行ってしまったのかピタリと止まった。
だけど、次の瞬間には歓声を上げてミシャを褒め称えだした。
「さすがミシャ!」
「一時期どこからともなく現れた貴公子。その手があったね」
「これでさらに集客率が上がるよ」
「シャルル!」
「シャルル!」
「シャルル!」
傍から見れば実に楽しそうであるが、生贄として捧げられたシャルロットにとっては堪らない。
サーっと顔を青白くさせたシャルロットがセシリアの背中に隠れて楯にしてきた。楯にされたことにイラッとしたセシリアは背後にいるシャルロットを公衆の面前に引きずり出しておいた。さっきの仕返しとして、シャルロットを全員の注目の的にすることにしたのだった。
「無理無理無理だよ!」
「元男子の実力を見せなさい!」
「元から女の子だよ!」
必死に首を横に振って拒否するシャルロット。
そんな拒否拒絶の意思を固めるシャルロットの元にリセルがゆっくりやってくる。幼い見た目に反して妖艶な笑みを浮かべたリセルの姿にシャルロットが身構える。
「シャルロットは月村先生のことが好きなのよねぇ?」
質問の意図が分からない。シャルロットの顔はそう語っていた。
「そうだけど、執事と関係ないよ」
「関係ならあるわよぉ」
シャルロットの言葉にリセルはクスクスと笑ってその言葉を否定した。
「月村先生に師事したい。そんなシャルロットちゃんはぁ、執事に姿になるべきよぉ。シャルロットちゃんののカッコイイ姿、爽やかな笑みを見せれば、いかに月村先生と言えども心揺さぶられるハズ」
「……それ本当?」
簡単にシャルロットは言い包められてしまった。
そんな簡単に行くわけがない。
そう思いながらも、セシリアは水を差すことをせずにリセルを見た。
セシリアの視線に気づいたリセルが悪戯が成功したと言いたげな表情を見せてきた。確信犯だった。