IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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4話

 楽しい夏休みが幕を下ろして、IS学園も二学期が始まった。まだ夏の暑さが尾を引いている気温に苛まれながらも、生徒達は勉学に精を出していることだろう。

 そう信じながら、私は愛用の椅子に座ってほうじ茶を堪能していた。そして目の前で同じようにほうじ茶を啜っている生徒会長殿を一瞥する。

 私の気のせいでなければ、IS学園の始業時間等が変更していないとすれば、今は授業中だったと思う。それなのに楯無は一体全体どうして、すまし顔で授業をサボって保健室にいるんだか。

 

「世の中ね、出だしが肝心だと思うんだけど」

「そうですね何にしても出だしは大事だと思いますよ」

「だよね。じゃあ何で授業をサボっているのか聞かせてもらえるかな、みんなのお手本生徒会長さん」

「他人行儀じゃないですか。遊姫先生と私の仲なんですからもっと崩していきましょうよ」

「他人行儀って言うけど、君とは他人だし、これまでに打ち解けるようなこともなかったよ。だから他人行儀は当然だね」

 

 わざとらしくがっかりする楯無を放っておいて、私はのんびりと過ごす。

 私がIS学園に帰ってきてからというものの、私に対する周囲の反応に驚くばかりだ。真面目に職員会議に出席すれば、先生方がありえないものでも見ているような顔を向けてくるし、保健室を訪れた生徒達も月村先生があまりの暑さに壊れて真面目で優しくなった、なんて怒られても文句の言えないようなことを言ってくるし。つまり不真面目だった過去の私は、今の私と相当離れた存在だったということだろう。

 ちなみにだが、このふてぶてしい生徒会長様も私の雰囲気と態度の変化に、冗談なのか本気なのか分からないが「貴様、何奴!?」なんて言ってきたから軽く蹴っておいた。日頃の恨みがあったのか、多少力加減を間違えてしまったようで、楯無が脇腹を抑えて転がり回っていたのは記憶に新しい。弁解しておくと、私はむやみやたらに他人様を蹴るようなことはしない。今回は特別だっただけだ。

 

「で、サボりに来たのかな? だーとしたら強制的に退出することになるけど」

「いやですね。私がサボりたいが為に保健室を訪れたと思いますか」

「……じゃあ、早めに用件を言って満足して帰ってね」

 

 急須を傾けてほうじ茶のおかわりを淹れる。長居してほしくないので楯無には淹れないでおく。

 

「話は前の時から変わってませんよ。織斑一夏の師匠と護衛を引き受けてもらいたいという話です」

 

 楯無から二度目の依頼。想像に難くない内容だった。考えてみれば考えてみるとは言っただけで、明確な答えを告げていなかったこと思い出した。時間の流れと共に忘れていてくれればよかったのに。

 

「聞きましたよ、遊姫先生。最近、放課後に生徒達に混じってISの訓練をしていることを」

 

 切り口を見つけたとでも言いたそうな楯無。こちらとしては別にそこを攻められて痛くもかゆくもないので黙って頷く。

 

「1人で訓練するよりも複数でする方が効率的ですし、今まで学んだことを見直すことができるのでお得ですよ。一夏くんに指導してみませんか」

「いいけど」

「そうです……か!?」

 

 あっさりと承諾してみせれば楯無が困惑した。いつも余裕な顔をしているから今の表情は新鮮だ。別にときめいたりはしないけどね。

 

「ただし指導するのは1回だけ。それも模擬戦だけだよ。身を以て知れってことでね」

「その言い方だと護衛の方はしないということですか?」

「まあね。私も忙しい身だから、いくら一夏くんが希少で守らなければならない存在であったとしても、教師たる者1人にかまけるのはよくないからね」

「えー、先生なら気に入った生徒を贔屓しなきゃ駄目ですよ」

「それこそ駄目でしょうが。それとね、いい加減に気がついたらどうかな?」

「何がですか?」

 

 キョトンとする楯無に私は苦笑しながら彼女の後ろを指さした。

 

「さっきからエミリアが不穏な空気を醸し出していることに」

「……!?」

 

 急いで背後を振り返った楯無は、胸の前で腕を組んで立っているエミリアにようやく気がついた。楯無が用件を告げた頃に、そろりと部屋に入ってきていた。どうやったのか不思議なくらい物音を立てずに扉を開けて楯無の後ろに控えて私達の会話を聞いていたのだ。

 エミリアの鋭い眼が楯無の後頭部を捉えていたので、私は目の前でいつか行われるであろう暴力を未然に防ぐことをせずに、見て見ぬふりして楯無と会話していた。不思議と罪悪感は湧かなかった。おそらく普段の楯無の態度が原因だと思う。

 

「授業中だというのに……奇遇だな」

「奇遇ですね、カルケイド先生」

 

 ああ、楯無の頬がひくりと変化を見せてる。私なんかよりも数段やり辛い相手だからね、エミリアは。心の底から懐いているのはセシリアしかいないんじゃないかっていうくらい、周囲との壁があるからな。楯無相手だと壁がより厚い気がする。

 楯無はパイプ椅子から転がり落ちるようにしてエミリアから離れる。

 

「じゃあ、分かりました。今日の放課後にどこかでお待ちしていますから!」

 

 脱兎のごとく保健室から出ていった楯無。色々な人間を手玉にとるほどの口も、エミリア相手だと意味をなさないらしい。

 

「ちっ」

「舌打ちしない」

 

 けたたましい音を立てて閉められた扉を睨み付けるエミリアに注意しつつ、私は来客の為にコーヒーを入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までは生徒を蔑ろにして過ごしていた1日も、ちゃんと生徒1人1人を気にかけて仕事するようになると、気がつけば放課後になっていた。集中していると時間の経過は早いものだから、1日が短くような気がしないでもない。

 楯無に言われた通り、どこかで落ち合う為に私は当てもなく校内を彷徨っていた。

 場所も指定せずの待ち合わせなので、放課後が始まって既に10分も、救急箱を持ってゆったりと廊下を歩き、気分で部活動の様子を見に行って、そこにいる怪我人に治療を施し、また校内を彷徨い歩く。今日は出張保健医で終わりそうだ。

 廊下を適当に進んでいくと前方に料理部という名前のかかった部室を見つけた。

 怪我人の気配がする、なんて冗談を思いながら部室を覗いてみると、エプロン姿の女子生徒達が様々な料理本と睨めっこしながら鍋に具材を投入したり、フライパンを振るっていたり、軽快なリズムで包丁をまな板に振り下ろしていたりするのが確認できた。

 四苦八苦しながら新しい料理に挑戦している生徒の中にはシャルロットもいた。そういえば、何時だったか料理部に所属しているみたいなことを言っていたな。

 真剣な様子で包丁を握りしめるシャルロット。トントントントンとリズムよく食材を切っていくのを見ると、中々どうして手慣れていた。何倍も生きている私の母よりも上手い包丁捌きだった。

 

「あ、遊姫先生!」

 

 私の姿を見つけた誰かが指さしながら声をあげる。他人様に気安く指ささない。

 本来の私で教師生活を過ごし始めると、今まで私の態度に保健室を敬遠しがちだった生徒が訪れるようになり、治療がてらお話していくと、知らず知らずの内に多くの生徒がフレンドリーの接してくるようになってきた。ほんの少し前までは月村先生だったのに、今では礼儀を重んじる生徒以外のほとんどが遊姫先生と声をかけてくれるようになった。

 1人が気がつくと周りのみんなも気がつくのは当然のことで、部室を覆っていた真剣な空は吹き飛んでいった。それはシャルロットも同じだったようで、私の名前が呼ばれたことでピクリと反応して、急いでこちらに顔を向けてきた。

 

「遊姫先生!」

 

 パッと明るい笑顔を浮かべるシャルロット。贔屓目になるかもしれないが、この中で一番私のことを歓迎してくれているように見える。

 それがいけなかった。包丁を扱っているというのに急に手元から目を離すなど怪我の元であり、シャルロットは私の思った通りに包丁で指を傷つけてしまった。

 

「はてはてさてさて、困ったものだ」

 

 無言で人差し指を抑えて蹲るシャルロットに、私は苦笑して救急箱を開けて、消毒薬と絆創膏を取り出して治療を始める。冗談だったのに怪我人が出てしまった。それも私のせいで。

 

「うう、すいません」

「そう思うのなら極力怪我しないように心がけること」

「……はい」

「何で目を逸らすのかな、シャルロットちゃん?」

 

 反省する気も怪我に気をつける気もないようだ。

 

「せっかく来てくれたんですから、料理の味見してくれませんか?」

 

 シャルロットが私の腕を抱きしめながら、自分が先ほどまで作業をしていたスペースへと向かう。私も抵抗せずに連れていかれると、そこにはちょこんと小松菜のお浸しが置いてあった。リアクションに困る。

 

「それじゃないですけど」

 

 私の視線に気がついたシャルロットが頬を膨らませて否定してくる。そして、小松菜を退けて肉じゃがの入った鍋をドンと置いた。

 

「何故に肉じゃが?」

「学園祭で料理部の催しものが古き良き日本料理で、その為に練習しているんですよ」

「それはなによりね」

「きゃあ!?」

 

 背後から声が聞こえてきたかと思うと、私とシャルロットの間から楯無が顔を突き出してきた。突然のことにシャルロットが驚いて、何故か楯無のおでこに頭突きをかまして、2人して頭を抱えて蹲る。最近、楯無は最強とは思えない醜態をさらし続けている気がする。まぁ、最強を語っているだけで、それが名実共に最強かどうかなんて分からないから仕方ないかな。


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