IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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2話

 母との感動的になりきることのできなかった再会を終えた私は、ようやく灼熱の世界から抜け出すことができた。日の光を遮る家の中へと入ればちょっとだけ涼しくなるけど、それでもまだ暑い。

 

「うふふ。嬉しいわ。今日は記念すべき日になりそう。家族全員が揃って食卓を囲むなんて何年ぶりかしら。腕によりをかけてお夕飯を作らなくちゃね。遊姫ちゃんの帰郷歓迎会の為に」

 

 成人を迎え終えた2人の子供を持つ母親とは思えないほどの、落ち着きのないウキウキとステップをする母。歳を考えなさいと言いたいけど止めておく。理由はともかく喜んでいるから構わない。

 

「だから遊姫ちゃんもお母さんの手伝いをしてね」

 

 歓迎会って言ってなかったっけ?

 

「ほら、突っ立ってないで着替えてきなさい」

 

 母に言われて、私は靴も脱がずに玄関で立ち尽くしていたことに気がついた。慌てることなくスニーカーを脱いだ私は言われるがままに自分の部屋に行って着替えることにした。

 家族のそれぞれの部屋は二階にあり、数年いなかった私の部屋も当然ながら存在する。部屋の中に入ると、中々どうして部屋の中は整理整頓されていて、ホコリを被っている場所はなかった。

 深緑色のベッドにうつ伏せに倒れる。慣れ親しんだ香りがした。眠くなってきた。

 ここで抗うことをせずに眠ってしまうのもいいが、母が手伝えと言ってきた以上、私は手伝うべきである。だって、そうしないと不貞腐れるかもしれないから。

 腕をついてベッドから身を起こした私は、楽な恰好に着替えて部屋を出た。意外にもベッドにしか思い入れがなかったみたいで、部屋の中に飾られていた小物や、小さい頃から使っていた勉強机をないものとして扱ってしまった。

 部屋を出た私は右斜め前にあるドアを見た。

 とりあえず、ドアの目の前まできてノックする。

 コンコン、という音が鳴り響くと、ドアの向こう側から何かの気配を感じた。感じただけで向こう側からの反応はない。

 家の中にあるドアはトイレや脱衣所といった一部を除いて全て鍵がついていないので、ドアノブを回して押せば簡単に開いてしまう。

 ドアノブを回して暫く待つ。ドアを開けるという意思表示を見せることで、私が無遠慮にドアを開けたのではないと知らしめておく。

 

「入るよ」

 

 ドアを押して開けると、男が暮らしていると分かる独特の匂いが鼻につく。

 部屋の中はさらに男らしさを醸し出している。あちこちに飾られた多種多様なエアガン、迷彩服、据え置きのゲーム機と、隣に積み上げられたゲームソフト。どれもシューティング系だと思われるパッケージだった。この部屋の主の趣味がありありと分かる。

 そんな分かりやすい部屋に住み着いている住人は、入口から離れた位置の壁につけられた机に向かって何かしらの作業をしていた。おそらくエアガンの整備だろう。相手はそういう人間だから。

 

「ただいま」

 

 ドアが開いて人が入ってきたというのに、部屋の主は手元の作業に集中しているのか振り向きもしないし、そもそも反応していない。

 反応してくれないのなら仕方がない。部屋の中へと入って、床に散らばる様々なものを踏まないように注意しながら机へと近づく。まだ気づいていない。

 

「ただいま」

 

 男の真後ろに立っても気づかれない。あまりに人の気配に鈍感すぎる。だけど、この男こと私の実の兄はサバイバルゲームの実力者の1人であり、戦場でひっそりと狙いを定めてくる敵の気配に敏感な人であるらしい。目の前の姿からは想像できないけど。

 声だけはどうにもならないならと、私よりも大きくガッシリとした背中を軽く叩く。

 すると、ようやく人の気配というものを察知したのか、作業を中断してこちらを振り向いてきた。

 私の顔を見て、ちょっとだけ驚いた顔を見せる兄。次の瞬間には希望を見つけたと言わんばかりの明るい笑顔を浮かべて、私の両肩を掴んできた。

 

「遊姫! お前、何時帰ってきた!?」

「さっき」

「おお、そうか。じゃあ、ちょうどいい。頼む、金を貸してくれ!」

 

 ここにも感動的な再会はない。性格が性格なら再び家から去ると思うんだけど。

 

「お金なら貸さないよ。だって、前に貸した7万を返してもらってないし」

 

 そして目の前にいる私の兄こと月村(がつむら)流五月(りゅうめい)は趣味にかまけて浪費して、足りない分を妹から悪びれもせず平気で金を借りようとする。

 

「増えてないか? 借金が増えてないか?」

「利子って言葉を知っているかな?」

「利子の話なんて聞いていないぞ」

「言ってないんだけど。こう、何年返してもらえないと、さすがに駄目じゃないかな、なんて思ったので急遽利子を上乗せすることに決めました」

「ちょっと待て、理不尽すぎるだろ。お前と連絡が取れなくなって返すにも返せなくなったんだから利子はなしだろ」

「私が家から離れる2年前からの借金だってことを忘れているのかな?」

「……ごめん。また今度借りるわ」

「返してくれないと貸せないよ」

「分かったいずれ返すから、今度貸してくれ」

「分かったよ。いずれ返してくれたら、その次から貸してあげる」

 

 久しぶりの兄との会話はこれでもかっていうくらいに不毛な会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が家の夕飯は結構遅い。料理の始まりが6時半だけど、献立を考えるところから料理の始まりであり、そこから30分経ってからようやく包丁を持ったりフライパンを持ったりする。ここからテキパキと動けないし動かない母の主導の下で1時間かけてようやく準備が終わる。そうしてようやく食卓について時計を見てみれば、既に短針は8を指しているのだ。

 他人から食事の時間が無駄だと言われるほどの鈍足な夕飯の準備を終えた、私達は各々昔から座り続けている席について食事を始めた。

 4人家族の食卓なのに空席が1つある。その空席を見た母は不貞腐れた顔で自分の作った料理を口に運んでいた。

 兄は空席の存在に明らかにホッとした様子で軽快な箸捌きで食事をしている。

 私は空席になっている席をちょっとだけ残念に思いながら、少しの懐かしさを噛みしめて母の手料理を食べる。

 空席に座るべき人物は我が家の大黒柱であり、母の人生のパートナーであり、兄にとって危険人物であり、私にとって頼れる父である。

 母はきっとようやく家族そろっての食事ができると思っていたのが崩されて、一気に不機嫌になったのだろう。子離れができないし、家族大好き人間なこの母なら考えられる。

 兄がホッとしている理由はなんとなく分かる。職を止めて、趣味ばかりに傾倒している息子を叱りつける父という構図が思い浮かんだので、きっと大まかな理由はそれだろう。細部に違いについては分からないけど。

 私としては久しぶりに会えると思った父に会えなくて残念だ。私はお父さん子という方に分類される方で、自身としてもその自覚がない訳でもない。母はべたべたで、兄も金銭面でべたべたなのに対して、父は甘くも厳しい人なので、家族の中に一番好きだ。だからといって、父に甘えまくるということも、将来はお父さんと結婚するのと言ったことはなかったらしい。そう母が教えてくれた。将来はお父さんと結婚するの、を私が一度も言わなかったことに父が寂しそうにしていたとも教えてもらった。

 

「今日は美味しいな」

 

 パクパクモグモグと忙しなく箸を動かしながら兄が嬉しそうに言う。

 

「そうねえ。やっぱり親子で楽しく料理をする方が美味しくなるわ」

 

 同じく箸をを動かし続ける母。

 

「そうだね。久しぶりの家族との食事は美味しいね」

 

 私も一応は同意しておく。

 実は食卓に並ぶ料理の全てが大まかに言うと母と私の共同での手料理だが、細かく言うとほぼ全ての料理を私が作ったのだ。

 最初は母の主導で行われた晩御飯作りだった。だけど、母のあまりのテキトーな材料の調理の仕方と味付けを横で見ていた私は、ついに耐え切れなくなって積極的に手を出してしまったのだ。

 その結果は母の味を味わうことのできない食卓になってしまったのだけど、やけに兄が嬉しそうに食べているので、それでいいかなと思う。きっと日々怯えながら食事していたんだろうね。最初に料理に箸を伸ばした時、手が震えていたからきっと怯えていたんだろうね。新しい働き口を探して家から離れればいいのに。

 

「で、遊姫ちゃんはどうするの?」

 

 口の中にものを詰めたまま、もごもごと何かを言ってくる母。行儀が悪いことこの上ない。

 

「どうするって、何が?」

「何がって? 決まってるじゃないの。遊姫ちゃんの今後の進路よ。これから家でお母さんの手伝いに専念するのか、それとも家から通える範囲でできる限り拘束時間の短い職場を探すのかどうか」

「選択肢の中に『家』という単語が必ずあるのはどうよ。俺としても遊姫にはできる限り家にいてほしい。飯的な意味で。後、金銭的な意味で」

「働いて自分で自炊でもしようか、兄さん」

「昨今の自炊男子ブームなんて一時のものだ。あんなもの、すぐにでも廃れるぞ」

「ブーム云々かんぬんは関係ないよ。1人暮らししていると出来合いの物に飽きてきて、その内自炊を始めるって手順だよ」

「俺は聖域を守る役目がある」

「そうよ、遊姫ちゃん。こんな稼ぎ手に成れない流五月くんでも、お母さんは家に居てほしいのよ」

「我が母は容赦がないぞ」

「ニートに容赦なんて要らないんじゃない?」

「馬鹿! ニートだってお前等と同じ人間なんだぞ」

 

 兄が箸の先を私に突きつけてくる。母と同じで行儀が悪いこと悪いこと。

 

「箸で人を刺さない」

「そうよ、流五月くん」

「母さんも口に物を含んだまま喋らない」

「……ごめんなさい」

「……悪かった」

 

 素直に謝るくらいなら最初から気をつけてほしかった。そして、昔から何度も注意しているのだから、いい加減に直してほしい。

 5分もすれば、私の言葉をきれいさっぱり忘れて行儀の悪い食事を再開する2人。注意するのも馬鹿らしくなって私は行儀の悪いところには目を瞑って食事を続けることにした。

 これが本来の私なんだよな。

 そう思うと笑みが浮かんできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、私が家族の元で過ごした時間はちょうど1週間だ。長いようで短い1週間を私は何でもない日々として消化していくだけだった。特別な行事もハプニングもなにもない。本当に平々凡々な時間を過ごしていっただけだった。

 いい加減にしていた私はもうそこにはいなくなっていて、代わりに昔の私がそこにいた。

 目の前の現実から目を背けたくなって自分を偽った私が、新たに開拓した道は本来の道じゃないからやっぱり心地悪くて、結局は本来の道に戻ってきた。決して悪いことではないと思う。だって、今の私は何も後悔していないからだ。自分が後悔していなければそれでいいのだ。

 自分らしさを取り戻した私にはやるべきことが2つあった。

 その1つを今から実行することにした。IS学園の教師のみんなにお土産を買って帰るという重要なことを。

 そして、もう1つはIS学園に戻ってきてからにしよう。帰ってからでも遅くないことだから。

 

「とりあえず、どんなお土産にしようかな?」


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