IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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月村遊姫はこうして過去に進んだ
プロロロロロローグ


 波乱の臨海学校を終えて暫くした日。中間試験と夏休みに向けて忙しくなりつつあるIS学園のお昼時。

 セシリアとシャルロットはバスケットと弁当片手に廊下を突き進んでいた。目的地は最近当たり前となっている保健室だ。

 彼女達は別に怪我人という訳ではない。臨海学校で起こった事件で怪我をしてそれを引きずっているということもなく、午前中の授業で怪我をしたということでもない。軽快な足運びと共に揺れる弁当箱が入った包みがそれを証明している。

 彼女達が保健室に向かう理由。それは保健室にそれぞれにとって好ましい人物が居るからである。セシリアは憧れを抱いている人物がいて、シャルロットは唯一心を許せる大人がいる。

 エミリア・カルケイドと月村遊姫。IS学園の教師陣の中でトップクラスの実力を備えている2人だ。同時に個性的な面々が揃う生徒達と、勝らずとも劣らずの個性的な教師達の中で問題児扱いされている2人でもある。無責任を自称して職員会議など欠席したり遅刻したりする遊姫と、とにかくことあるごとに態度に問題のあるエミリア。

 有事の際には心強いのに、と一部の善良な教師達に残念がられている二大教師の元へとセシリアとシャルロットは雑談しながら向かう。

 

「ふふふ。わたくしが丹精込めて作ったBLTサンドを食べて、頬を緩めるエミリア先生の顔が目に浮かびますわ。ねぇ、シャルロットさん」

 

 満面の笑みを浮かべたセシリアが、隣を歩くシャルロットに同意の意を込めて問いかける。

 その笑みを見たシャルロットは自然な動作でセシリアから顔を背けて、明後日の方向を眺める。

 

「うん。そうだねセシリア。きっとカルケイド先生は驚くと思うよ」

「そうですよね。ふふふ、頑張ったかいがあるというものですわね」

 

 BLTサンドを食べたエミリアがふわりと笑って褒めてくれることを、頭の中で浮かべたセシリアはふふふと上品な笑みを漏らす。彼女の中にはエミリアの笑顔しか存在しなかった。

 隣を歩くシャルロットはセシリアの表情を盗み見てから、気づかれないように溜息を吐き出した。

 あのサンドイッチを食べたカルケイド先生が極寒の視線を向けてくることが、シャルロットには容易に想像できてしまった。

 セシリアに料理の才能が欠片もない。時折、早朝に学生寮の食堂で弁当を作っているシャルロットの評価だった。

 

 

 

 

 

 

 今日の朝早くから起きたシャルロットは昼食の弁当を作ろうと廊下を歩いていた。おかずは何を入れようかと考えながら歩いていると、前方からたまたま早く目覚めたセシリアがやってきたのだ。

 セシリアが朝早くからどこに行くのかを聞いてきたので、シャルロットが弁当を作りにいくのだと答えると、何故かセシリアの瞳が光った。シャルロットには光ったように見えた。

 

「わたくしも料理をしてみたいのですが」

 

 その言葉に、特に何も思わなかったシャルロットは「じゃあ一緒に行こうよ」と言って、セシリアと共に食堂へと向かったのである。

 そこまでは別によかった。

 そこから先が酷かった。

 セシリアが高貴な出のお嬢様であるということはシャルロットも知っていた。お嬢様=料理をするということに触れたことがないという1つのイメージも持っていた。

 だけど、したことがないだけで、すぐに上達するだろうと思った。ちょっとだけ先生になって手ほどきをしてあげよう。

 友達に対する善意から出た思いだった。

 それが甘い考えだと気づいたのは料理を初めてすぐのことだったのことだった。

 

「写真の通りになればよろしいのですね」

 

 意気込んだ様子で写真を見つめるセシリアに、隣で包丁を動かしていたシャルロットは苦笑を浮かべた。

 写真の通りじゃなくて本の通りになればいいんだよ。そう思ったが、ニュアンスが違っているだけだろうと気に留めなかった。

 怪我とかしないようにしっかりと見ていないくちゃね。

 シャルロットは包丁を止めて、ちらりとセシリアを見て……目を逸らした。理解できないものを目撃してしまったからだ。

 シャルロットの見間違いでなければ、セシリアはマヨネーズとケチャップを手にしていた。それだけなら問題はない。

 シャルロットは恐る恐るセシリアを見る。真剣な表情で彼女が向かい合っている物を、シャルロットは確認して、悲鳴をあげそうになった。三角形に切り取られたパンの上に、得体のしれないものが乗っかっていたからだ。まるで手で引きちぎったかのような肉のようなものと、野菜のようなものと、握りつぶされたと思わしきトマトにケチャップやマヨネーズがどばどばとかけられて、原型が何なのか分からないものになっている。

 どのような手順を踏んで、そのような結果になったのかシャルロットには分からなかった。1つ分かることがあるとすれば、目の前で食の冒涜が行われているということだ。

 パンとパンの間にグロテスクな何かを挟んだセシリアが満足そうに頷くのを見て、シャルロットは何も教えることなんてないかな、と諦観して自分の弁当作りに精を出すことにした。他人のことなんてもう知らない。

 

 

 

 

 そうして頑なに無視した結果がセシリアの手に持つバスケットだった。中に詰められているのはサンドイッチという名の味覚破壊兵器。シャルロットは「中々、写真の通りになりませんね」と言って文字通り写真の通りの色合いと形にする為に、明らか本に書かれていない材料等をぶち込んでいるセシリアを見ていたので、それが味覚を破壊する為のものとしか思えなかった。

 

「さぁ。待っていてください、エミリア先生」

 

 意気揚々と保健室までの道のりを消費していくセシリア。

 止めたいけど、セシリアの見せる笑顔に何も言えなくなって苦笑いで同意するシャルロット。

 2人は全く歩みを止めることなく保健室にたどり着いてしまった。もはや引き返すという選択肢は彼方へと消えてしまった。

 もう諦めるしかないとシャルロットが顔をあげると、セシリアが保健室のドアをノックした。

 

「失礼いたします」

 

 セシリアがドアに手をかけて開く。

 

「こんにちは、遊姫せん……」

 

 言葉を最後まで言いきらずにセシリアがピタリと止まった。ポカンと呆気にとられた顔で部屋の中にある違和感を見ていた。

 あれ、どうしたんだろう?

 急に動きも言葉も止めたセシリアを見たシャルロットは不思議に思った。先ほどの浮かれ具合が何処に飛んでいったのだろうかと、セシリアの視線をたどって保健室の中に目をやって「あれ?」っと声を出してしまった。

 シャルロットの視界に映るのは確かにいつもの保健室だった。一カ所だけ色の違う壁、新型のパソコンを乗せた、これまた新しいデスク。

 シャルロット達が臨海学校で事件に巻き込まれている間、IS学園でも小さな襲撃事件が起こっていた。保健室にいた遊姫が突如、白髪赤目のウサギみたいな少女に襲撃され病院に担ぎ込まれたのだ。幸い、遊姫には大した怪我はなかったらしいが、IS学園を襲撃した犯人は判明していない。

 とにかく、襲撃の舞台となった保健室は壁に穴が開いたり、備品が破壊されたりと散々な有様だった。そのせいで前の保健室の光景から幾つか変更点が現れたが、その姿にはセシリアもシャルロットもすっかり見慣れていた。

 その見慣れた保健室の中に1つだけ見慣れないものがそこにあった。本来なら遊姫が座っている場所に知らない女性がいたのだ。

 

「あら? 怪我でもしたのかしら?」

 

 年齢は30代後半くらいで、ふっくらとした体形と柔和な笑みがいかにも優しそうな人だと思わせる雰囲気を持っていた。投げかけてくる声もゆったりとしていて安心させてくれる。

 だが、そんな柔らかい空気を受けてもセシリアとシャルロットは何も安心できなかった。何故なら、彼女達にとって保健室の象徴たる遊姫がどこにも存在せず、代わりに見ず知らずの女性が当たり前のように部屋の中にいるからだ。

 衝撃的な光景に硬直していたセシリアとシャルロット。先に硬直が解けて思考が再起動を開始したのはシャルロットだった。

 

「あの、すみません。月村先生は?」

「今はいないわよ」

 

 さも当然のように言ってくる女性。

 

「いないって、どうしてですか?」

「あら、もしかして聞いていないの?」

「え?」

「月村先生はねえ、何だか1人だけ一足早く夏休みなのよ」

「え?」

「理由は聞かなかったのだけど、何でも職員室で教師全員の前で土下座をしたとかなんとか」

「え?」

「本当にどうしたのかしらね。先週まではいつも通りだって聞いたのだけど」

「え?」

「では、エミリア先生は!?」

 

 話を聞いていたらしいセシリアが女性に質問する。

 鬼気迫る思いで吐き出したセシリアの言葉を、女性は困ったように頬に手を当てて答えた。

 

「さあ? 月村先生がいないことを知っているから、当分は保健室に来ないと思うけど」

 

 シャルロットはプツンと何かが切れる音を聞いた。自分から聞こえてきた音ではない。

 じゃあ、誰だと思ってセシリアの方を見ると、顔をうつむけているセシリアがいた。ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「保健室にいないとなると、エミリア先生は一体どこにいるというのですか。普段、あの方がどこで何をやっているかなんて分かりませんわ。職員室にはいないと思いますけど、どこにいるかまでは。まだ時間があるとは言え、このままではサンドイッチを食べてもらえませんわ」

 

 ブツブツと呟いていたセシリアはがばっと勢いよく顔をあげて、シャルロットの手を掴んだ。

 

「探しますわよ、シャルロットさん」

 

 ぐいっとシャルロットの腕を引っ張って来た道を引き返し始めたセシリア。

 

「ちょっと、セシリア」

 

 引っ張る力に抵抗して踏ん張るシャルロットだが、次の瞬間にはセシリアが泣きそうな顔で振り向いてきたので、一気に抵抗する気を削がれてしまった。シャルロットは昼休みの時間の全てをセシリアのエミリア捜索に捧げる結果になってしまった。そして午後の授業はセシリアと共に空腹と戦う羽目になってしまった。


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