IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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15話

 眼を開けたら知らない天井が視界に飛び込んできた。世の中では時にそのようなことを言う人達がいる。知らない天井、つまりは自分にとってなじみのない場所にいるということを端的に表現する適した言葉なのだろう。

 でも、ちょっと考えてみようか。自分の家以外で目に馴染んだ天井って何だろう。天井を見るときって大抵は眠る為に仰向けになった時だ。顔が自然と天井に向く眠る時に天井を認識している。常日頃から天井にばかり注目している人間なんていないと思う。

 独断と偏見で考えた結果、世の中は知らない天井だらけだ。

 つまり、私が天井を見て、知らない天井だと思うことは仕方のない話だ。二番煎じでも三番煎じでもない当たり前の思いなんだ。

 目覚めて視界に映った天井が知らないものだということは、私が知っている場所ではないということだ。

 上体を起す。長く眠っていたのか体にうまく力が入らない。

 ようやく上体を起して周囲を見てみると、ある意味馴染のある光景が広がっていた。

 清潔感のある白い壁、機能性を考えたスライド式のドア、白いシーツや白い枕といった白系統の寝具。病的なまでに白い空間だった。

 ああ、嫌な所にやってきな。私にとっても誰にとっても嫌なことしか連想できない白い部屋。場所の役割を色で表すなら灰色と言っても良い。

 

「よりによって病院」

 

 何を隠そう私が目覚めた場所はIS学園からもっとも近い病院の個室のベッドの上だった。保健医が病院のベッドの上にいるなんて笑えない冗談だ。いや、保健室のベッドの上よりは多分マシなんだろうけどね。

 怪我をして入院するなんて何年ぶりだろう。確実に言えることは3年以上は間があいているということだ。保健医たるもの自身の怪我とは縁遠いものでなくちゃいけない。

 久しぶりの怪我の原因であるあの白髪で赤い目をしたウサギのような少女。あの子はどうなんたのだろうか。

 落下して、ギリギリのところで誰かに助けてもらったのは記憶にある。誰に助けてもらったのかは忘れてしまった。このことは後で誰かに聞くしかない。

 とにかく、私がここにいるということは多少なりとも怪我をしたということだ。言い方を変えれば、あの少女の手から逃れることはできたということだ。相手の目的が分からないので、本当に逃れることができたのかどうかは判断できないが。

 あの少女を送り込んできたのは束先輩だった。まさかプレゼントが生き物だとは思わなかった。

 少女が『お母様』と言っていたが、アレはやっぱり束先輩のことを言ってるのだろうか。もしそうなら束先輩は誰かと結婚しているということになる。あの社会不適合者として名高い束先輩が人の親。世も末な事態だ。

 あの人と添い遂げることのできる強力な精神力を持った男性。想像が全くつかない。もしかして、同じくらい捩子の外れた人物が相手だったのだろうか。そっちの方が可能性が高いね。

 いや、きっとあの少女と束先輩は血が繋がっていない。孤児を引き取って洗脳したなんてことも考えられる。だって、髪の色と目の色が明らか違っていたし。でも、今更ながらに考えてみると顔の雰囲気は束先輩と似ている部分があったんだよ。赤の他人です、って簡単に結論づけられるようなものではない状況だ。

 

「何なんだろうね?」

 

 笑う気はなれなかったけど、無理矢理口元を歪ませて笑顔を作ってみる。鏡が手元にないからどのような表情を形作っているのか。

 思考を途中から脱線させてみたが、やはり負けたという事実は変えられない。だけど負けたと理解したくない。

 学生だった頃は負けて悔しいと感じたことなんて往々にしてある。悔しいと思ったが、それでも負けたという事実を正面から受け入れていた。

 だけど今回は違う。負けたということを飲み込むことができない。吐き出してなかったことにしてしまいたかった。一度も味わったことにない感情だ。

 何が原因だ?

 ただ負けたことか? 

 違う。

 同じタイプのISに負けたことか?

 違うかもしれない。

 自分よりも年下の少女に負けたことか?

 違うかもしれない。

 負けて誰かに助けられたことか?

 違うかもしれない。

 どれも合ってそうで違うかもしれなくて。今の私には判断ができない。

 そういえば、あの少女が言っていた。今の貴女では勝てないと。

 今の私。現在の私。今日の私。

 よく、バトル系の漫画やアニメなんかで出てくる強くて格好いい敵が言う「今のお前では勝てない」という台詞。あれは主人公の実力が追いついていないことを示唆する台詞だ。強くなれ、這い上がってこい。言い方は色々だけど、強者が弱者に使う言葉であることは確かだ。

 その考え方からすると、あの少女が強者で私は弱者だ。強くなれ、這い上がれ、って言われたようだ。

 あの少女がそんなバトル漫画みたいな思想を以て吐いた台詞ではないだろうな。これはあくまで私の解釈の1つ。おそらく、答えからもっとも遠い答えで的外れだ。

 じゃあじゃあナニナニ答えはなぁにー?

 もしかして、私が敗北を認めきれないことを何か関係があるのかな?

 ぐるぐると回転する思考と、答えが出てこないことに悩む私。

 答えが出てこない。まずは体も心も休めて思考をクリアにしよう。

 そう思ってベッドに横になろうとすると、コンコンとドアを叩く音が聞こえてきた。来客か、それとも看護師か。誰が来たのか分からないけど返事はした。

 

「どうぞ」

 

 私の声に、ドアの向こう側に感じた気配が変わった気がした。

 そろりそろりとドアがスライドしていった。じれったいほどゆっくりとドアが横に滑り1人の人物が部屋に入り込んできた。

 

「ようやく起きたのか」

 

 後ろ手でこれまたゆっくりとドアをスライドさせたエミリアが、ムスッと仏頂面でベッドの近くへと寄ってきた。

 

「気分はどうだ?」

 

 エミリアはそこら辺に転がっていた丸椅子をベッドの横に置いて座った。相変わらずムスッとした顔をしていた。

 

「寝起きだから、ちょっと体の節々が痛いかな」

「そうか」

「そうだよ」

 

 会話が終了した。

 長く長く間が空いた。

 エミリアは仏頂面を崩さずに私のことを見つめていた。

 私もそんなエミリアに視線を固定していた。

 何も言わないこと数分。先に沈黙を破ったのはエミリアだった。

 

「……臨海学校で事件が起こった」

 

 口を開いて出てきたのは私の知らないところでの事件だった。

 

「アメリカの元国家代表選手ナターシャ・ファイルスが新型のISを奪って臨海学校を襲撃してきた」

 

 ナターシャ・ファイルスという名前は知っている。私が逃したモンド・グロッソに出場していたアメリカの国家代表選手だった。一度しか見たことはないけど、スタイルがよくて知的で物腰が柔らかい印象があったことを覚えている。その印象からISを奪って襲撃をかけるという犯罪に手を染めるなんて考えることができない。

 

「まぁ、襲撃してきたことはいい。誰だってそういう時はあるから」

 

 そんな捻くれ過ぎた時なんてないよ。口を挟んで流れを止めたくないので黙っておくけど。

 

「学園側に迎撃命令が下って、セシリアとシャルロットと一緒に出撃して、その時に使っていたのがラファールだったりして、本気で引き金を引いたりして、奮戦しておいて結局負けて」

 

 何が言いたいのだろう。そう思いながらも、私はちょっとだけ自分に関わりのある話だと感じた。負けを認めたくない理由に繋がるかもしれない。

 

「負けることに関しては特に思うところはない。言い訳に過ぎないかもしれないが、他の要因では覆せないほどのISの性能差があったし、最初から勝つことは難しいと知っていたからな」

 

 エミリアはクツクツと笑った。すぐに真顔に戻ってしまった。

 

「ただ、死ぬのは御免だ」

 

 死ぬ。その言葉を聞いて私は心臓が跳ね上がった気がした。何故かは分からない。

 

「だってそうだろ。死んだら全てが終わる。取るに足らないことも、何物にも代えられないことも関係なく終わる。手つかずに守ることもできず果たすこともできずにな」

 

 守ることもできず果たすこともできず。

 

「だから死なないためには勝つ必要があると思った。そして恵まれている私には、かつての私の力を再現……いやそれ以上のものにしてくれる人がいる」

 

 勝つ必要。かつての私の力。

 

「夏の長期休暇の時に国の戻って力を手に入れてくる。過去の私を超える力をな。生きる為に、約束を守る為に」

 

 エミリアは立ち上がって椅子を元の場所に戻した。部屋の出口へとゆっくりとした歩調で向かって行った。その背中に自信と何か輝かしいものを感じられた。

 ドアの向こうに消えていくエミリアの背中を、私は羨ましいとは思わなかった。

 私は負けた事実を認められない理由を理解することができた。エミリアの言う『死ぬ』という言葉がヒントになったとも言えるし、その後の話がヒントになったとも言える。

 ともかく、私は理由を見つけた。

 

「戻ろう」

 

 私は体を横たえてもう一眠りすることにした。

 寝て起きたら、その時はこのベッドに私がいることを確信して。


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