IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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14話

 落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちるー。

 墜落墜落墜落墜落墜落死。

 風の吹き付ける音が耳を塞ぎ、自分でも何を言っているのか分からない。そもそも、きちんと口を開けて言葉を話しているのかどうかも判別できない。

 逆さまの状態で落ちていく。普段ならば一部しか見えないIS学園の全体像がミニチュアで見ることができた。言い換えれば、全体像が分かるくらいの高さから落ちているということだ。校舎の2階、3階なんて可愛いものだ。骨折とかで済むのだから。

 だけど、校舎の高さの何倍の位置から落下している私がいかに丈夫な体をしていても、着地の結果は地面に落ちてぐちゃりとなったトマトにしかならない。それ以外の未来を見ることはできない。

 ありえない未来の1つに、あの少女が何を思ったのか私を助けに来てくれるというものがあるが、これは本当にありえない未来だ。だって、落とした張本人なのだから。

 目に映る校舎が大きくなっていくのを見て、段々と地面に近づいているのを理解した。つまり私が死ぬまでのタイムリミットが迫ってきているということだ。

 腕と腹に纏わりつく痛みと、それによって生じる熱。今この瞬間で気絶することができれば救いだ。自分が死ぬ瞬間までの光景を見なくて済む。死ぬのは一瞬だとしても、死ぬまでは一瞬じゃない。ゆっくりと近づいてくる恐怖に怯えながら死にたくない、でも早く死んでこの恐怖から逃れたいと思う。矛盾しているなんて気づく暇も余裕もない。

 寒い。

 風が冷たい。

 体が凍えている。

 それは肉体的な寒さか、精神的な寒さかは分からない。

 どちらかもしれないし、どちらでもないかもしれない。

 死ぬことは寒いことなんだろう。

 体温が外に漏れ出して体が冷たくなって死ぬ。

 走馬灯が見えて、過去の自分の行いを再確認しながら死ぬ。

 ……走馬灯?

 そんなものは見えていない。

 走馬灯なんて存在しないのだろうか。でも、ドラマや小説なのでは走馬灯が走る描写がちゃんと描かれている。もしかして、あれって誰かが勝手に作り上げたもので、それが好評だったから様々な作品で使われるようになって、現実世界でも、あたかもそれが存在しているかのように認識されたのか。それは、本来何も偉業を達成していなかった坂本竜馬が、小説家によって数々の偉業を成し遂げた人物として日本人に認識されるかのように。

 それとも走馬灯は存在しているが、今はまだそれを見るときではないとしたらどうだろう。

 つまり――

 

「人命救助!」

 

 この時はまだ死なないということになる。

 誰かが私の体を抱きしめる。人肌ではなく冷たい装甲だったが、その抱きしめてくる腕は私よりも小さかった。

 段々と落下スピードが落ちていく。急激に止まれば、慣性によって私の体に負担がかかると知っているようで、徐々に徐々に減速して地面すれすれでようやく停止した。

 

「大丈夫ですか、月村先生?」

 

 腕に収まっている私の顔を覗きこんできたのは見覚えのある少女だった。去年だったかによく怪我をして保健室を訪れていた娘だったのを覚えている。

 そこまで考えるのが精一杯だった。

 墜落死から免れた私は緊張の糸が切れて気を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室の惨状を見た少女はコア・ネットワークを使って月村先生の現在地を確認した。反応は遥か上空で、ISの反応は2つもあった。2つということに少女は、数ヶ月前にあった襲撃事件を思い出す。確かアレは織斑一夏という希少な存在を狙ってのことだった。

 だとしたら、月村先生を狙うのは何なのか?

 分からない、と少女はかぶりを振った。下っ端でしかない私が考えたところで理由なんて見つからない。

 それよりも、この状況を然るべき人物に伝える必要があると判断を下した少女はプライベート・チャンネルを介して、この異常事態を人をパシリに利用して素知らぬ顔で授業を受けている楯無に連絡する。

 楯無から今すぐ行くからと返事をもらい通信が切れた。今すぐ行くと言っていたからすぐにでもやってくることだろう。

 学園最強――生徒間においての話であるが――の異名を持つ彼女がいれば何とでもなるはずだ。そう考えた少女は踵を返して保健室から出ていく。

 聞けば月村先生は過去に国家代表になれるほどの実力があったという。事故で国家代表にはなれなかったようだが、それでもIS学園に勤務している以上、腕は衰えていないはずだ。並大抵の侵入者なんて一蹴してしまうだろう。

 そこまで考えて少女はピタリと止まった。

 並大抵の侵入者なんて一蹴してしまう。その評価はきっと間違えない。事実、この前の侵入者は一蹴されたのだから。

 では、もしも相手が並大抵の侵入者じゃないとすればどうだろう。向かってくる相手が常に格下であることなんてない。世の中上には上がいるという言葉があるように、相手が必ずしも弱者であるなんて楽観視ができるだろうか。

 私ならできないねぇ。

 もしかしたら、月村先生が苦戦しているかもしれない。

 もしかしたら、月村先生が負けているかもしれない。

 もしかしたら、少女の不安も何のそので月村先生が侵入者をコテンパンにしているかもしれない。

 最後の方ならば、私は手放しして喜ぶのにねぇ。そう思いながらも最悪の選択を想像していた少女は、窓から空を見上げた。人間大のサイズが遥か上空にいたとしても当然ながら何も見えない。見えないはずであった。

 だけど、少女は黒い点のようなものを1つだけ見つけた。針で突いてできた穴程度の黒い点が、少しずつ大きくなっていく。

 黒い点が色を帯びて、人型の輪郭を見せてくる。

 ああ、誰か落ちてくるねぇ。

 少女は窓から小柄な体を出して落ちてくるものを確認する。確認して嫌な汗が流れてくる。落ちてくる人物は月村先生だった。

 

「ま……」

 

 少女は窓から飛び出した。

 

「間に合ってえええぇぇぇーっ!」

 

 雑草らしい雑草もない綺麗な、悪く言えば不自然な大地に着地する直前に、少女の体が装甲に包まれ飛び上がる。着地している余裕など少女には存在せず、ISを展開して落下してくる人物へと向かって行った。

 

「人命救助!」

 

 凄い速度で落下を続ける月村先生に手を伸ばした少女は自身の体躯よりも大きい体を抱きしめる。地面まではまだ距離はある。

 月村先生の体をしっかりと抱きしめた少女は、彼女に負担をかけないようにゆっくりと落下スピードを殺していった。

 段々と地面が近づいてくる。まだ、スピードが死んでくれないと、少女は焦りを見せながらも冷静にスピードを落としていった。

 やがて落下することを終えた時には地面に接地するかどうかのギリギリのところだった。

 ホッと息を吐いて、少女は腕の中に大人しく収まっている月村先生の顔を覗き込んだ。見慣れた不真面目な笑顔はそこになかった。また、間近に迫ってきていた死に怯えているという表情でもなかった。安堵の表情でもなかった。

 少女にはそれがどんな表情か分からず、うまく言葉を当てはめることができなかった。今後の課題である。

 それよりも少女にはやらなければならないことがあった。

 

「大丈夫ですか、月村先生?」

 

 意識の有無や怪我がないかどうかの確認である。

 月村先生はゆったりと首を動かして少女に視線を合わせる。

 視線を合わせるので精一杯だったようで、月村先生の首はカクンと俯いた。体の力が抜けるのを少女は感じ取った。月村先生は気を失ったようだ。

 反応を返してくれた以上まずは大丈夫だろうと、判断を下した少女は空を見上げた。

 

「どうやら助かったみたいですね」

 

 オープン・チャンネルの通信が少女の元に届く。

 ハイパー・センサーが反応する。少女の遥か上空にISがいることを知らせてきた。段々と降下してくる。

 

「助かったんじゃないねぇ、助けたのよ」

 

 月村先生の体を片腕で抱きしめる。少女は小さな体を傾けて彼女を隠して、空いている手でマシンガンをコールして構えた。

 相手はかつて最速と恐れられた月村先生を倒した人物であるからして月村先生よりも速い可能性がある。

 少女はマシンガンを握る手の力を緩め、再び力を込める。何か手はないかと思考するが、無防備な月村先生守らなければならない状況下で、格上の相手をやり込める手があるものだろうか。

 少女と同じ高さで静止したのは白髪に赤目というウサギを連想させるような少女だ。ブレードと一体化した左腕を持ち上げて、真っ直ぐとこちらを見つめてくる。正確には少女の後ろにいる月村先生だったが、今の少女には観察眼を働かせられるほどの余裕はない。神経は過敏になり相手の一挙一動に注意しているが、人命という足枷が背後にあるせいか、視野が狭くなっていた。腕や足、スラスターにばかり視線が向かっていて、一番大事な相手の眼の動きを見ることをおろそかにしてしまっていたのだ。

 だからこそ、気がつかなかった。

 此処はIS学園であることに。

 一年生の課外授業で教師やISが出払ってはいるが、それでもまだISが待機しており、並以上の実力を持ち合わせた教師が数人いることに。

 一年生の専用機持ち達よりも数段上の実力を持つ生徒がいることに。

 少女の目の前からウサギが消える。代わりに映り込んできたのは空を打つ蛇腹剣だった。

 

「お待たせ!」

 

 視界に映り込んだのは学園最強を名乗る更識楯無だった。蛇腹剣をランスに切り替える。ランスに内蔵された4門のガトリングガンが回転して次々と弾丸を撃ち出すが、ウサギは目にもとまらぬ速さで空を舞って、全ての弾丸を避けきった。

 少女のマシンガンの銃口をウサギに向けて引き金を引くが当たる気配を見せない。

 

「そんなものには当たれません」

 

 身軽に回避するウサギ。後方から接近してきた打鉄を展開した教師の一撃を避けて、お返しに腕を振るって叩き落とす。

 別の位置から弾丸の雨あられがウサギへと降り注ぐ。少女のいる位置から離れた場所に2機のラファール・リヴァイヴ。さらに別の場所に専用機と思われるISが2機。

 少女と楯無、ラファール2機、専用機2機と3方向からの集中砲火も、ウサギはものともせずに避けきってみせた。

 常識の埒外だと少女は舌打ちをした。

 幾らなんでもこれほどの火線を文字通り潜り抜けるとは、その場にいる誰もが想像できなかった。果たして、このまま戦って勝てる相手なのか。

 少女が生唾を飲み込んでウサギを睨みつける。いまだに銃撃は止んでいない。

 

「興味がなくなりました」

 

 涼しい顔をして弾丸の嵐の中を飛び回っていたウサギはやれやれと頭を振った。

 ウサギは周囲の敵を気にせずに、捉えることも困難なスピードで上昇していき、やがて見えなくなった。

 教師達は無駄だと分かりながらもウサギの後を追って行き、専用機持ちの2人はやる気のない態度で校舎へと消えていった。

 少女はISを解除してようやく緊張から解放されたと息を吐き出して、額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。

 

「あらら、逃げられちゃったわね」

 

 お気楽そうな声音で楯無が近づいてきた。その顔は少女と同じでホッとしていた。

 

「逃げてくれてよかったと思うわ。あんなのに勝てる訳ないからねぇ」

「そうね。私達じゃ難しい相手だと思う。まぁ、何にせよ。月村先生が無事なことだしめでたしめでたしってことにしておきましょ」

 

 ISを展開したままの楯無が意識を失ってぐったりとしている月村先生を抱き上げた。

 

「とりあえず、戻りましょう。ね、ツヅルちゃん」

 

 ツヅルと呼ばれた少女はドッと疲れたようで、のろのろとした足取りで楯無についていった。

 

「今日はもうサボろうかねぇ」

「1限からサボっておいて何言ってるんだか」

「サボらされたの間違いよ!」

 


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