IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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13話

 授業中で人気のないはずの廊下に1人分の足音が響き渡る。急いでいるのかパタパタと音の間隔は短い。

 1人、走るとはいかないけれど小走りで廊下を進んでいくのは小柄の女子生徒だ。耳が隠れる程度に伸ばした黒髪が揺れていた。

 何で私が使い走りのようなことをしなければならないのかねぇ。

 制服のリボンが黄色いことから、廊下を不機嫌さを隠さないで女子生徒が二年であることが分かる。

 楯無の用事なんだから楯無自身が行けばいいものを、どうして関係のない私が出向かなきゃいけないの。雑務は受け付けてないのにさ。

 苛々しているのか、歩調は段々と荒々しくなっていく。

 少女は同じクラスの楯無から1つの用事を無理矢理押し付けられたのだ。彼女が受けた用事は、授業中に出向かなければならないほど切羽詰まったものではなかった。

 なのに、少女が大事な授業を蹴ってまで廊下を突き進むのは、彼女の元々持っている他人の頼み事を断れない性格が原因であった。些細な頼み事をされると、内心で文句を言いながらも断れずに引き受けてしまうのである。

 そんな、断れない少女は保健室へと向かっていた。楯無から預かった用事は月村先生に伝言を伝えることであった。内容は「昼休みの時間に答えを聞きに行きますので、保健室で待機しておいてください」というものだ。この用事を何故急かされたのか少女には理解できなかった。どう考えても小休憩の時間に済ますことのできる用事だった。

 

「これだから天才って人は」

 

 はぁ、と溜息を吐き出しながらも歩みは止めなかった。頼み事を断れず、かつ手を抜くことができない人間の悲しい性であった。

 急いで目的地を目指していたので、保健室の扉を目視できる距離まで来るには時間がかからなかった。

 保健室の近くまで来た少女は急ぎ足を止めて、ゆっくりと落ち着いた歩調へと変えていった。廊下は、特に保健室前の廊下は静かに、と配慮してのことだった。

 あと少しで扉の前にたどり着くかという時に、少女の耳は大きな音を捉えた。その音は普段の保健室から聞こえるはずのない迷惑なほど大きな音だった。

 扉に手をかけようとした少女はピタリと動きを止めて、あの音が何だったのかを考え始める。

 保健室に常在している月村先生はいい加減な人物であると少女は記憶してる。二年生になってからめっきりと保健室の利用頻度は減ったが、変わっていないと断言できた。

 だけど、いい加減なだけで大きな音をたてるような人物ではない。壁や備品を蹴ったり投げたりとするような暴力的なことをする人ではなかったはずだ。

 そう思いながらも、1年前に蹴りでパイプ椅子をスクラップにした姿が少女の頭の中に浮かんできた。すぐさま頭を振ってかつての光景を打ち消す。あれは、優しさから出た一瞬の暴力だった。少女はそのような解釈をしていた。

 音の理由が気になるし、用件も済まさなければならない。少女は今度こそと思って扉に手をかけて開けようとした。

 二度目の音が扉越しに聞こえてくる。さきほどの音よりも強く、轟音と言っても過言ではないほどのものだった。よほど強い音なのか、手をかけた扉がカタカタと振動する。

 異常事態だと、少女は扉から離れて様子を見る。三度目の音は聞こえてこない。

 

「もしかして、最近恒例になった事件かねぇ?」

 

 少女はIS襲撃事件と一年生の専用機持ちの暴走事件を思い出しながら、警戒心を露わにして扉に手をかけた。

 少女は一呼吸入れると、扉を勢いよく開けて右腕を部屋の中に突き出す。突き出した腕が瞬時に装甲を纏い、手にはマシンガンが握られていた。少女は専用機持ちの1人だった。

 銃を構えた少女が部屋の中で見たものは、無残な姿を晒す机と床一面に散らばる書類や砕けた筆記用具。ディスプレイの半分が綺麗に切断されたパソコン。天井を見ると一部がクレーターのようにへこんでいた。

 それよりも何よりも、少女の目を引いたのは、ぐしゃりとなった机の向こう側にある壁だった。人1人が簡単に通れるほど大きく歪な穴が開いていた。外の風景がよく見えた。

 

「……何があったのかねぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の体を深緑色の装甲が包み込む。賭けには勝った。私は自身の最高の力を手繰り寄せることができたのだ。後は、目の前のISを倒して少女を拘束するだけだ。

 私は立ち上がって、防戦一方だった先ほどとは打って変わって攻勢にでようとした。

 攻勢に出ようとして、私は背後の壁に叩きつけられた。

 

「え!?」

 

 何があったかを理解するのに時間がかかった。蹴られたと気が付いたのは、少女が装甲に包まれた足を突き出しているのを確認したからだ。

 見えなかった。

 そう思った次の瞬間にISを完全に展開した少女が動き出した。

 来るか、と構えようとした私の体に強い衝撃が襲ってきた。何をすることもできずに背後の壁を突き破って、外に吹き飛ばされた。

 

「何で!?」

 

 外に吹き飛ばされた私はその力を推進剤として、一気に空へと舞い上がった。そのまま、校舎から離れるようにして上昇を続けた。あの少女から離れるように。

 少女のISの全体を確認した時は何とも思わなかった。だけど、体にかかった衝撃のおかげで少女のISが似ていると思い至った。背中にある六基の大型フレキシブル・スラスター。体中に装備された小型のスラスター。装甲の色は黒色だったが、私の『風撫』とそっくりの見た目をしていた。違いがあるとすれば『風撫』は両足がブレードとなっているが、あの少女のISは足ではなく両腕がブレードになっているということだ。

 同じスピードを出せるISが相手というのは経験がない。専用機を得る前ならばともかく、『風撫』を使うようになってから同スピードの相手は一度も現れたことはない。立ち塞がる相手は全て私よりも遅かった。

 同じ土俵に立たれてしまうと、どう対処していいのか分からない。

 

「既に先手は取られているしね」

 

 機体の性能が同等である以上、後は技量と戦術しか争う部分はない。取られた分は着実に取り戻し、逆に相手を倒さなければならない。

 こっちの方が高速戦闘歴が長いのは明白だ。負けてあげる訳にはいかない。同じ土俵が何だというのだ。

 何がともあれ勝つ。決意を固めてクルリと体ごと背後を振り返ったら、そこには何もなかった。

 

「こっちです」

 

 上から声が聞こえてきた。

 急いで上を仰ぎ見るが、そこにも何もいなかった。

 

「違います。こっちです」

 

 今度は背後からだった。遊ばれている。

 背後への振り向き様の蹴りを放つ。体全体のスラスターによって得た力での蹴りは並の相手では捉えきれない。

 だけど、解き放った蹴りは何も捉えることもできずに空振りした。既に敵はそこにいなかった。

 何処にいる、と思った時には遅く、下から掬い上げるように振るわれた腕に打ち上げられた。攻撃を受けてからようやくハイパー・センサーが警告を鳴らした。遅すぎる。

 ぐるりと視界が急激に変化していく。自分の意思以外でここまで視界が振り回されるのは初めてだった。そんなことを考えてる暇はないとは分かっていても、どうしてもおかしな考えが浮かんで思考を邪魔してしまう。認めたくないからかもしれない。同じ土俵に立つ相手に手も足もでないことを。

 認めたくないから、いまだに捉えることもできない相手に立ち向かおうとしている。認めたくないから、負けた時の言い訳の為に頭がふざけたことを考える。

 今の私はおかしくなっている。勝てない相手を前におかしくなっている。最速を謳っておいてろくな抵抗もできていない。

 背中を高速で切られ、振り返れば高速で後ろに回った少女にまた背中を斬られる。何か行動を見せれば、それをあざ笑うかのように少女が死角に回ってくる。

 気がついた時には右足のブレードがパキンっと折れていた。正確には装甲ごと持っていかれていた。残った左のブレードはきっと私の残った戦意を表しているのだろう。もうボロボロだから、戦意喪失もすぐそこだ。

 シールド・エネルギーももはやないと言ってもいい。三回攻撃を受けたら敗北だ。

 

「今の貴女では私には勝てません」

 

 振り返る暇も与えてもらえずに一撃。無様に空中に転がっていく。

 

「ISの性能差もあります」

 

 そんな私を追いかけ、もう一撃を加える少女。くるくると視界が忙しなく回転していく。後一撃で試合は終了する。敗者は私。敗北したものは自身の無力さに悔しがることもできずに墜落死するしかない。何故ならここは両の足で無事に着地できることができないほどに高い高い空なのだから。

 

「お母様に調整されたこの体とISの前では、貴女など敵ではないのです」

 

 少女は中々の自信家のようで、最後の一撃は正面からやってきた。

 そこで私はようやく理解できた。どうして同じ性能のISで戦っているのに、こうも一方的に姿も捉えることもできずやられるのか。

 私の認識は根本的に違っていたのだ。少女のISと私のISには性能差が存在していた。同じ土俵で試合などしていなかった。私は彼女の土俵にまでたどり着けていなかっのだ。

 背中にある六基の大型フレキシブル・スラスター。体中に装備された小型のスラスター。装甲の色は黒色だったが、私の『風撫』とそっくりの見た目をしていた。違いがあるとすれば『風撫』は両足がブレードとなっているが、あの少女のISは足ではなく両腕がブレードになっているということだが、両足も放っておかれていなかった。

 少女のISの両足はブレードでもなくただの足でもなかった。両足が巨大なスラスターとなっていたのだ。

 相手の方がスピードで勝っている。それだけ分かれば十分だった。だって、今更情報を得たところで敗北は決しているのだ。

 

「負ける前に一つ言わせてもらうけど」

 

 しかし、ただで負けてやれるほど潔くはない。そもそも勝てない状況なんだけど、そこは見ないことにしよう。

 

「私には奥の手があるんだよ」

「じゃあ、奥の手を隠したままやられちゃってください」

 

 私の言葉をばっさりと切り捨てた少女の一撃が頭に直撃する。突き出したブレードの切っ先が私の額に命中して、体全体が仰け反る。

 それは一矢報いることに適した状況だと、私は絶対防御用に残っていたエネルギーを使って最後の攻撃を行う。仰け反った体勢を元に戻すのではなく、その仰け反った勢いに瞬時加速使って左足を振り上げる。

 瞬時加速を加えた私の蹴りは、少女のスピードを超えて右腕の装甲を根こそぎ奪い去って更に空へと飛びあがった。

 それが限界だった。ISが待機状態に戻り、私は生身のまま遥か高くに取り残されてしまった。

 何もできずに地上へと落ちていくかと思ったが、私の体は逆さまの状態で空中に静止した。

 

「少しだけ油断しました」

 

 少女は何でもないような調子だった。何でもないような声音で、私の腹部に上半身に蹴りを入れてきた。

何度も何度も何度も何度も蹴ってきた。

 私も無駄な抵抗と知りながらも腕を使って蹴りを防ぐ。数回防いだらもう腕を動かすことはできなくなった。辛うじて骨に異常はないが、腕が激痛で感覚をなくしていた。あまりの痛みに目に涙が溢れ

、呼吸するのも辛かった。

 

「では、さようならです」

 

 脳が痛みを訴える中でも、さよならの意味はすぐに理解できた。体が空中に放り出されたからだ。

 私は今度こそ墜落死するようだった。

 死にたくない。


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