IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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5話

 インフィニット・ストラトス。30年前に突如現れたISは二つの理由から世界の全ての国で軍事的側面で運用されることはほとんどない。

 一つ目の理由はISがISと呼ばれる要因、便宜上『ISC(インフィニット・ストラトス・コア)』と呼ばれるものの数に限りがあるからだ。製作者が誰かも分からず、製造方法も明らかになっていないISCは世界に500程度しか残されていない。10年前までは世界に600程あった。しかし、各国が独自にISCを解体し構造を把握しようとしておシャカにしてしまったのだ。100個も犠牲にして分かったことは、ISCにメスを入れればすぐさま壊れてしまうということだ。開ければ最後、閉じることのできないパンドラの匣。希望すら残ることを許さない。製作者以外に知ることができない完全なブラックボックスだった。

 二つ目の理由はISが乗り手を選ぶことだ。強靭な肉体、如何なる攻撃にも耐えられる精神などというものが条件ではない。単純明快な答えが一つだけ。ISは女性にしか反応しないということだ。何故、ISが女性にしか反応しないのか? 多くの研究機関が起動条件が何であるのかを躍起になって調べたのだが、何も得ることはできなかった。

 ISという特殊な機械は全ての部分においてまったく未知の存在であるのだ。

 現在、その未知の中に織斑一夏というISを起動させることのできる『男性』が現れた。30年経った今になって現れたソレはISの世界に一つの光を差し込んだ。男性でもISを扱えるかもしれない可能性が現れたのだ。しかし、各国の研究機関が多くの男性で起動実験を行ったが、結果は全て『不可能』という言葉一つで終わりを告げた。だが、諦めることはなかった。織斑一夏は世界的有名なIS装着者である織斑千冬の弟。ISに関わっている者の兄弟ならば反応し得るのではないのかと、IS装着者の身内を調べることにした。前回の実験結果を塗り替えることはまったくできなかったのだが。

 結果、織斑一夏は世界で唯一の男性IS装着者としてIS学園へと籍を置いている状態だ。

 

 今の今まで、世界に男性IS装着者が存在しなかったことをセシリア・オルコットはしっかりと理解している。だから織斑一夏は世界に現れた唯一の男性IS装着者、多くの男性の中から選ばれた人間なのだと認識している。

 選ばれた人間。セシリアもその一人である。ISの世界へと足を踏み入れ、誰よりも上へと強く想い努力を重ねて才能を開花させた。そして、IS学園への入学を勝ち取った。新型ISのテスト・パイロットの地位を得た。彼女は選ばれた人間なのだ。

 セシリアだけではない。この学園に在学する全ての者が選ばれたものであるのだ。優劣の差はあるものの多くの者の中から這い上がったエリート達である。

 だからこそ、選ばれなかった者達が諦められるよう納得できるよう、自分達は更なる高みを目指して精進しなければならない。妥協を良しとせず、上を目指し続けなければならない。

 

 脅迫と何も変わりませんわね。

 

 ホワイトボードにマジックを走らせるキュキュっという音が、私語もなく真面目に勉学に取り組む教室に響く。

 セシリアはホワイトボードに書かれた説明を一字一句間違うことなくノートに書き写していく。学園入学前に学んだ内容ではあるが、彼女はそれを億劫だとは思わずに黙々と書き写していく。途中、書き取りにミスがないかを確認していく。

 選ばれたのなら如何なる理由であっても、選ばれた者としての自覚と態度を持たなければならない。そうでなくては、残りの選ばれなかった者に対しての示しがつかず、また自分を選んでくれた人に対しての裏切りになってしまう。相手の顔に泥を塗るような行為だ。

 最前列の席で教科書を無意味に捲っている織斑一夏を視界に納めたセシリアは咎めるような視線を相手の背中に突き刺す。

 セシリアの視線に限らず、奇妙な行動を見せる一夏に彼の後ろの席に座る殆どのものが視線を向けている。視線の種類は興味、心配、侮蔑、偏見と多く、例え一夏が突き刺さる視線に気がついても誰からの視線かは理解できないであろう。

 教室全体の集中力を霧散させるような一夏に授業進行している山田真耶が気がついた。ホワイトボードに書き出す作業を止めて口頭で教科書を読むために生徒達へと振り返った際に、視界に映りこんだ彼の行動が授業についていけていない者のそれだと判断した真耶。幼い顔立ちに似合わない咳払いをした彼女は迷える教え子を導こうとする教師の顔になった。

 

「織斑くん、どこか分からない場所はありますか? 遠慮せずに聞いてください。教師として分からないところを教えるのは当たり前の行動ですし、生徒も分からない場所を教師に訊ねることは何も悪いことではありませんから」

 

 幼顔に柔らかい笑みを浮かべた真耶。威厳を感じることはできないが、親しみやすく織斑千冬と一緒であればちょうどいい塩梅だと、セシリアは頬杖をつきながら思った。

 真耶の問いに教室の中は静寂に包まれた。一夏がどのような答えを口にするのかを全員が待っているのだ。

 口を開くことが躊躇われるような情況で、一夏はビシリと直角に右腕を上げた。

 

「先生!」

「何ですか、織斑くん!」

 

 決意を秘めた声音に真耶も力強く頼りになりそうな返事を返す。

 セシリアも頬杖をつくのを止めて、一夏の口からどのような言葉が出てくるのか耳を傾ける。彼が選ばれた人間としての自覚がどこまであるのかを、セシリアは授業の理解度から判断しようとしているのだ。最低限の自覚と態度は持っているだろう。そうでなければ授業に参加する資格がないと言わざるを得ない。

 

「ほとんど全部分かりません!」

 

 覚悟を決めた漢の顔で一夏は自身の無知を告白した。

 告白を聞いた生徒達の中で言葉を発するものは誰一人としていなかった。誰もが二三分からないところがあるのだろう、誰もつまずくことのない簡単な場所を聞くのだろう程度にしか思っていなかったのだ。

 セシリアも周囲の生徒と同じく言葉を頭の中で構築して音として発することができなかった。想像を超える回答が頭の中をグチャグチャにかき乱し思考が妨げられたのだ。想定を遥かに超えた超越(メタ)発言にセシリアは黙り込んだままこめかみを揉み解す。

 一夏の告白を正面から受けた真耶も柔らかい笑顔を硬直させた。彼女からしてみても予想を激しく裏切る回答に教科書が手から滑り落ちた。

 

「……え?」

 

 不気味なほどに静まり返った教室にようやく聞こえてきた声は困惑だった。

 

「ぜ、全部……ですか!?」

 

 慌てて教科書を拾い上げた真耶は自分の手に負える情況ではなくなったと、教壇の横でパイプ椅子に座っている千冬へと視線を向けたのだった。


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