IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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11話

 楯無が立ち去って暫くが経過した。私は立ち上がってほうじ茶のおかわりを淹れた。とても平和なんだと感じた。

 楯無の持ってきた私に対する行動指針は全く必要のないものだった。私がそれを快諾する気がない以上、屑籠に投げ捨てられる運命にあるだろう。私の首を簡単に切って捨てられるような強力な上司がやれと言えば、職を失いたくないと泣く泣く受け入れるのだが。

 私が聞いた内容の中に、上層部の意思はちらついていなかったことを考えるに、アレは楯無1人の提案なのだろう。もしくは、ブレイン的な存在が背後にいて楯無がそれを伝えているだけ。

 どちらにしろ強制力がないのなら私が受ける必要はない。

 今の私は面倒事も責任も受け付けない自由過ぎる風なのだ。

 自由とは言うが、実際に自由かと言われるとそうでもないのかもしれない。私は無責任に生きると決めて、その為に、自分が無責任だと思う姿を演じている。型にはまっている人間が自由な訳がない。

 じゃあ、私は自由ではない。雁字搦めになって身動きの取れない馬鹿だ。

 では、どうすれば身も心も快適に過ごすことができるのか。自由という言葉を当てはめることのできる人生を謳歌できるのか。

 うんうんと考えている最中に怪我をした女子生徒がやってくるので、私は半分思考に耽りながら片手間に治療を行った。女子生徒はぷりぷり怒った様子で去って行ったが、どうでもいいことだった。これぞ無責任。

 怒った様子で出ていった女子生徒の後に、保健室を訪れる者はいなかったようだ。午前中は平和な時間を過ごせたようだ。

 やはり、一年二年と経って学園のやり方に慣れた生徒達は出来がいいのだろう。正直、よほどの事態がない限り、彼女達が怪我をすることはないじゃないだろうか。そう思える位に一年生と、二年生三年生の怪我人の数は雲泥の差がある。基本的にちょうどいいものさしを持っていない一年生は怪我をしやすい。働いて長い訳じゃないけど、私が毎年興味本位で集めたデータがそう示している。

 言わずもがなだが、今年の一年生も例外じゃない。やはり結構な人数の怪我人がやってくる。どれもこれも取るに足らない怪我だから、私としては楽ができていい。

 だけど、今年の一年生は同時に不慮のイベントに事欠かない。アンノウンISの襲撃事件。ラウラ・ボーデヴィッヒの暴走事件。おそらくだが、今後も事件が発生するだろう。

 全ての中心にいるのは誰だろうか。

 これらの事件が起こる理由として考えられることは、やはり織斑一夏の存在だ。世界で1人しか発見されていないISを扱うことのできる男性。稀有な存在。喉から手が出るほど欲しいサンプル。人によって立場によって色々な考えがあるだろう。

 さて、そんな一夏も全ての中心ではない。あくまで彼は巻き込まれた人間だ。渦に巻き込まれてぐるぐるぐるぐるしている被害者。

 私が思うに、全ての中心は束先輩だと思う。あの先輩なら何でもできそうな気がするし、何でもしそうな気がする。

 実際、束先輩はアンノウンISを使って学園を襲撃したことを認めた。本人曰く、実験だそうだが。

 ラウラの件については私はこれと言った情報は持っていない。だけど、ラウラのISに組み込まれていたVTシステムをテストすることが目的で起こした事件ならば、犯人は自ずと絞られる。束先輩の仕業だろう。理由は先回と同じ実験。それで済む話だ。

 VTシステムに採用されていたのが千冬先輩の戦闘データだったことも、私が束先輩を疑う理由だ。

 何であれ、今の段階で考えを巡らせたところで詮無いことだ。

 今、私がやるべきことは好き放題にゆったりまったり過ごすことだ。その為に考えることが1つある。今日のお昼ご飯は何を食べようか。

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどお昼の時間帯なだけあって、食堂は勉学を終えて腹を空かせた生徒達でごった返している。他人よりも活動的な子達が我先に食券の販売機の前に殺到して、小さな陣取り合戦をしていた。個人戦なので各々戦力は自分1人だ。

 私は活動的な方ではないので、陣取り合戦に負けて2番手3番手に落ち着いた子達の後ろに、ずらりと並んでいる子達の更に後ろに並んで、自分の番になるまで大人しく待つことにした。

 並んでいると幾人かの生徒に声をかけられた。大体が挨拶程度で終わったが、中には午前中の出来事について話してくる子や、保健の先生としてのあり方についてクレームを言ってくる子がいた。クレームについては参考意見としてありがたく聞いておいた。お礼に絆創膏を進呈したら喜んでくれた。

 軽いものが食べたかったのでお昼ご飯は月見うどんにしたら、食堂のおばさんに慰められ、頑張っているっからおまけだよ、と海老の天ぷらを乗っけてくれた。喜ぶべきか悲しむべきかに困る。

 結局、おばさんの1つの優しさとして、感謝しながら海老の天ぷらを食べた。やはり、IS学園の学食は美味しい。

 箸を動かしながら辺りを見渡してみるとほとんどの席が埋まっており、生徒達が楽しそうに会話している様子が各所に広がっていた。どこを見ても笑顔ばかりで私は安心する。

 うどんが伸びるといけないので箸を動かしながら、合間合間に周囲に視線を向けると、不意に1人でひっそりと食事をしている子が目に入った。背中を丸めて顔をうつむけていた。ゆっくりとした動作で箸を動かす姿は周囲から注目されまいとしているように見えなくもない。

 自意識過剰でそのような行動を取っているのか、はたまた別の理由かは分からないが、遠目に見ても少女の顔は見たことがあるようなないような。

 保健医として生徒達の顔は、頻繁に怪我をする人以外にもできる限り覚えているつもりだ。その情報の中にいるのかもしれない。

 怪しまれない程度に少女を観察していると、2つのことに気がついた。

 1つはリボンの色が青色だったこと。今年は一年生が青色、二年生が黄色、三年生が赤色となっている。つまり少女は本来ならば臨海学校に行っているはずの一年生という訳だ。

 もう1つは、少女の顔立ちがどことなく楯無に似ていることだ。いつも不敵な笑みを浮かべている楯無と違って、内気で頼りなさそうな顔をしていることを除けばけっこう似ていると思う。

 この2つの情報と、保健室に置いてあったメモの内容を合わせて考えてみると、あの子が楯無の妹、更識簪という名前の生徒ということになる。

 それで納得がいった。少女があのように1人で目立たないように食事をしているかを。あの子はこの場に立った1人しかいない一年生で、友達は全員海へと行ってしまった。周りは見ず知らずの二年生と三年生ばかり。好奇の目に晒されないようにひっそりとしてしまうのは仕方がない話だ。

 疑問が解決すれば、少女への興味は綺麗さっぱりとはいかないが気にならない程度には消えた。どうして臨海学校を休んだのかと、多少の疑問はあるがそれを想像することも直接確かめることもする気はない。だって、もしも重たい理由であったとしたら面倒じゃないか。

 私は他人のふりをして、残りのうどんを胃袋に収めた。実際、彼女とは他人なので誰かに非難されるいわれはないのだ。


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