IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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10話

 一学年が臨海学校へ向かった。4台のバスが学校の敷地から出ていくのを私は見送った。出発前にエミリアの浮かべていた表情を思い出して笑ってしまった。

 今日から3日間、私の負担は単純計算で三分の一まで軽減される。不慣れで怪我しやすい一年生がいないと考えれば、もう少しは減るかもしれない。

 そう考えると自然と頬が緩んでしまう。同時にちょっとだけ心配にもなってしまう。やはり、目が届かないというのも気持ちの良いものではない。

 私は保健室に戻ってほうじ茶を楽しむ。少ししてから頭を振って先ほどの不安を消し去る。

 心配になってどうする。無責任な私としては手放しして喜ぶところではないか。それを何で心配しなくてはならない。

 溜息を吐き出し、椅子の背もたれに体重をかけた。軋む音が静かな部屋に響くのを感じた。少しだけ寂しかった。

 そう思えるようになったのは、やたらと手のかかる生徒達が増えてきたからだろうか。セシリアにシャルロット。今年の私はこの2人を気にかけている。それは間違いない。

 だけど、そのせいか。私は自分の生き方を見失いつつあるのも事実だ。困った話である。

 私が求めている生き方は無責任に自由気ままに人生を積み重ねていくことだ。いちいち、生徒個人個人に傾倒してる労力はないはずなのだ。

 

「やっぱり駄目なのかな」

 

 その呟きに答えてくれる人物はいない。仕方がない話である。無責任に生きるということは、誰からも信用されない信頼されない生き方と同義なのだから。

 まぁ、今の生き方にもいずれは慣れて違和感なく過ごすことができるだろう。

 結論が出てしまえば、私もホッと一息ついて茶を口にする。先送りに近いものだった気がするけど、気にしなければ大丈夫だろう。

 机の上に無造作にメモ用紙が置かれていることに気づいた。書かれている内容を見るに、どうやら臨海学校に向かう一年生の中に欠席者がいるみたいだ。あんまり欠席するとついていけなくなるのに。

 ちょっとだけ注意しに行こうかな。

 そう思って、止めた。

 無責任に生きると再確認したばかりだし、生徒の名前が『更識簪』という名前であることに気がついて面倒だと思った。この『更識』という苗字の相手は面倒でしかない。この簪という子はともかく、この人物と同じ苗字を持つ人物は確実に厄介だ。もしかして、アレはこの生徒の姉なのか。

 だとしたら、より一層関わりたくない。

 席を立って扉へと向かう。嫌な予感がしたのだ。私の第六感はきっと優れている。だからそれに従うまでだった。

 扉に手をかけようとした時、触れてもいない扉が勝手に開いた。私の知らない間に自動ドアへと進化したようだ。

 

「あら、どうしたんですか。月村先生?」

 

 厄介な生徒が目の前にいた。

 

「別にどうもしないよ、更識生徒会長さん」

 

 不敵な笑みを浮かべた更識楯無が目の前にいた。私の第六感はあんまり優れていなかったようだ。

 私は自然な動作で元の位置に戻った。それに対して楯無は何も言ってこなかったので、上出来なほど自然な動作だったのだろう。それとも、楯無が優しさで何も言ってこないだけか。個人的には前者であってほしい。

 

「天下無敵の生徒会長様が一体全体何の用でしょうか?」

「とても嫌味に聞こえるのは何でかしら?」

「気のせいでしょう。それで、どうしたの?」

「え? 特に用事はないけれど」

「帰ってくれるかな?」

「ちょっとだけいいでしょう」

 

 隅っこからパイプ椅子を引っ張りだして座る楯無。居座るつもりのようだ。

 

「ふふふ。いつもはカルケイド先生がいるけど、今日から3日間はいないから訪ねたい放題ね」

「止めてよ。邪魔すぎるから」

 

 本当に止めてほしい。

 

「でさ、何度も言うようだけど何の用事だい?」

 

 生徒会長がざわざわ訪れるほどの用事とは何だろうか。普通に怪我をしただけならばそれは別にいい。怪我の具合を見て、追い出すか治療するかを判断すればいいのだから。

 だけど、目の前の人物がそんな理由でやってくるものか。見た目は怪我をしているようには見えない。だから、怪我以外の用件でやってきたのだろう。

 

「ちょっと先生にお願いしたいことがあるんですけど」

「……」

「そんな期待するような目で見なくても大丈夫ですよ」

「そんな目はしていない」

「またまたぁ」

「もう帰りなよ。考えてみれば授業中じゃないか」

「訳あって授業は免除されました」

 

 流石は生徒会長を名乗るだけある。そういう特権があったんだね。私の頃はそういうのはなかったよ。

 

「月村先生にお願いというのは、教師として生徒達に指導をしてもらいたいということですよ」

「……指導?」

「そう。指導ですよ。今年のIS学園では既に2つも事件が起こっている。そして、それに常に巻き込まれているのは世界で1人しか見つかっていない男子生徒の織斑一夏。彼を狙っての犯行かどうかは確定していないけど、彼が絶えず巻き込まれているのは事実ね」

 

 楯無は「男の子なんだからねぇ」と困ったような表情を見せた。私はそんな話を一介の保健の先生に持ってきた楯無に困った顔を見せた。

 私の無言の抗議にも楯無は全く悪びれもせずに口を開いた。

 

「だから、先生には織斑一夏の師匠として護衛として立ち上がってほしいんですよ」

 

 この子は一体全体何を言っているのか。あきれてものが言えない。

 

「あ、大丈夫ですよ。毎日とは言いませんから。そうですね、1週間に2日か3日ほど放課後の時間で構いませんよ」

 

 楯無がペラペラと楽しそうに言った。

 師匠と護衛をやってほしいと楯無は言う。対象を守るだけの護衛ならば私にもできないことはないだろう。だけど師匠は無理だ。

 師匠、教師、先生とものを教える人間は数いるが、私がその枠の中に入ることはできない。理由は簡単だ。私にはISの実技に関しては教えられるほどの腕前を持ち合わせていない。そして、教えるという面倒なことはしたくない。

 

「私に先生は無理だよ」

「現状、先生やってる人物がどの口開いて言うんですか」

「だってね。君だって私の在学時代の成績を知らない訳じゃないよね。こんな話を振ってくるなら」

「知ってますよ。生徒会長特権で調べましたから」

 

 生徒会長にそのような他人のプライバシーを侵害するような特権があったなんて。IS学園には個人情報保護法がないのか。

 

「学科での成績は優秀。それに対して実技科目はほとんどがAからEの5段階評価で、DかEを取るほどの成績でした」

「うん。嬉しくないけど、ちゃんと調べてきたんだね」

「ふふふ、ちゃんと調べてきました」

「なら分かるはずだよ。私は適任ではないと」

「いやいや、適任ですよ。確かに射撃や武器を使用した近接戦闘は壊滅的ですけど、高速機動に関してはA評価をもらっているようですから。特出した点が1つでもあれば世の中十分ですよ」

「え、貶される?」

「全然」

 

 私は「ならいいよ」と言ってお茶を飲んだ。

 楯無と話すと疲れる。

 

「話はちょっとだけ分かったよ」

「じゃあ……」

 

 期待するような顔をズイッと寄せてくる。その時、楯無の視線が机の上を走り、ある一点で瞬間的に動きを止めた。だけど、それを気取られないようにすぐ視線が私へと向けられた。自然な動作に見えなくないが、私にはそれが違和感のあるものとして映ったことは確かだ。

 私の机の上にあるものの中で特別おかしなものはなかったはずである。溜息を吐き出して、さりげなく楯無から視線を外して机の上を見る。机の上には目を引くようなものはなかった。「更識簪、臨海学校欠席」と書かれたメモ用紙を除いては。

 

「だから考える時間がほしいな」

「そうですか」

 

 先ほどまでの人を食ったような楯無はいなくなっていた。目の前にいるのは何か悲痛な面持ちをした楯無だった。

 私が快諾しなかったことが原因でないことは確かだった。

 原因はメモ用紙だろう。もちろん、メモ用紙そのものが楯無をそうした訳ではなく、そこに書かれていた短い内容が原因だ。

 

「分かりました。いいお返事を期待していますね」

 

 楯無は逃げるようにしていなくなった。


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