IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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8話

 旅館から出撃した第一ライン担当のエミリア達は輸送班の3機の打鉄の背中にそれぞれ乗っていた。誰もが緊張しているのか、表情はどれも硬い。

 その中で唯一緊張の欠片も見せずに平然とした顔を見せていたのはエミリアだった。それは余裕からくるものではないのだと、エミリア自身知っていた。ただ切り替えができていないだけだ。

 

「もうすぐ目標地点です。カルケイド先生、準備はよろしいですか」

 

 エミリアを乗せている輸送班の教師がプライベート・チャンネルで声をかけてきた。この教師はなんて言う名前だったか、とエミリアは首を傾げながらも返事を返した。

 

「そちらも気をつけるように。私達を捨てた後、織斑一夏と篠ノ之箒の救助。敵に撃墜されないようにな」

「随分と嫌なことを言いますね」

 

 相手の言葉に対してこれ以上言うことはないと、エミリアは正面を向いた。そしてポツリと呟いた。

 

「来たぞ」

「え?」

 

 エミリアの目には空の向こう側に小さな点を見つけた。段々と大きくなって人に近い形が浮かび上がってくる。頭部から生えた巨大な翼を見れば、その姿は資料で見た通りの『銀の福音』だった。

 

「先手必勝」

 

 エミリアは肩のキャノン砲で狙いを定めて撃った。同時に輸送班の背中を蹴って飛び上がり空を駆けた。一瞬反応が遅いと思った。鈍重な動きだとも。

 キャノン砲から放たれた弾丸は、目標に命中することはなく空の青さに溶けて消えていった。だが、牽制には役にたったようで、『銀の福音』が急停止した。

 エミリアは動きを止めた『銀の福音』に照準を合わせて肩部のミサイルポッドを発射する。発射してからすぐに場所を変え、ミサイルコンテナから大量のミサイルをばら撒く。

 何十発にもなるミサイル群の編隊が『銀の福音』に襲いかかる。

 1でも2でも多少のダメージを与えられれば御の字だ。エミリアは儚い期待を抱いたが、彼女の眼は『銀の福音』の翼が動くのを正確に捉えた。装甲が一部移動して翼を広げたかのような姿になった。開いた翼の各所に覗くのは砲口だった。

 砲口から放たれたのはエネルギー弾だった。羽の形を模したエネルギー弾。それが連続で撃ち出されて、ミサイルの群れを爆破していった。

 ちっ、とエミリアは舌打ちをした。マシンガンとショートブレードを手に持って攻勢に出た。

 エミリアの態度に対して、『銀の福音』はその動きを無視するかのように彼女を避けて加速を始めた。戦闘を避けようとしているのは一目瞭然だった。

 このまま『銀の福音』に戦線離脱されてしまってはエミリアとしても面白くない。プライベート・チャンネルで『銀の福音』の装着者であるナターシャ・ファイルスに呼びかけることにした。

 

「そうツンケンするなよ、偽りのブリュンヒルデ」

 

 プライベート・チャンネルで投げかけられた言葉にナターシャの動きが止まる。エミリアはくつくつと笑ってナターシャの反応を待った。

 

「その名前は正しくありません」

 

 くるりと反転してナターシャがエミリアに向き直った。

 

「私は正真正銘のブリュンヒルデですから」

 

 ニコリとも笑わずにそう告げてきたナターシャが動き出した。翼からスラスター光が広がっていくのが見えたエミリアが左に避けると、先ほどまで彼女の居た場所をナターシャが通り抜けて行った。

 

「目的地までは誰も彼もを無視して突き進むつもりではありましたが、貴女の言葉に気が変わりました。貴女だけはここで撃墜させてもらいます」

 

 翼が広がり、エネルギー弾が雨嵐のようにエミリアへと襲いかかった。

 

「それは構わないが」

 

 向かってくるエネルギー弾をエミリアは、最少減の動きだけで避けきった。中には間一髪の物もあったが顔色一つ変えることはなかった。

 1発も命中することがなかったことを見て、ナターシャはやれやれと首を振って溜息を吐き出した。

 

「やはり貴女は手強い相手ね。もしも、モンド・グロッソに出場することができたのなら、高確率で貴女が優勝したことでしょう」

「どうだか。私が本来欲するのは世界最強の地位じゃないから、優勝はまず無理だ」

 

 エミリアがマシンガンの引き金を引く。パラパラと空薬莢が吐き出されていく。

 

「だけど、私の目的の道中に転がる障害は根こそぎ排除することができる」

 

 マシンガンで牽制をしてナターシャへと肉薄したエミリアはショートブレードを振るう。ナターシャは翼で受け止め押し返す。そして体勢の乱れたエミリア目がけて蹴りを放った。

 

「貴女の言葉には同調する。だから、私の目的の道中に転がるもっとも厄介な障害を消し去ってあげる。エミリア・カルケイドという障害を」

 

 ナターシャの蹴りを避けて、エミリアはマシンガンの銃口を向けた。

 

「目的は織斑千冬か」

 

 確信したエミリアの言い方にナターシャは口元を歪めることで答えた。

 

「理由は……別にどうでもいいな」

「そこは踏み込んで聞くべきでしょう」

「いや、私としてはプライベートな問題にズケズケ踏み入るのはよくないと」

 

 エミリアがブレードの切っ先を向けてナターシャへと踏み込む。掠りもせずに避けられて、お返しとばかりに頭部の翼が彼女の腕を掠めた。

 

「それにな、踏み込まなくても理由は大体分かる。偽りのブリュンヒルデという言葉に反応するところを見れば」

「なら、こちらも言うことはないわ。ただ1つのことを除いて。私をその名で呼ぶことは許さない!」

 

 翼をはためかせたと思った瞬間には、ナターシャは常人には目にもとまらぬ速さでエミリアの背後へと回り込んだ。

 

「ってぇ!」

 

 エミリアにはナターシャの動作が少々遅く見えていた。ほんの少しだけ遅く見ることができる特異な眼はエミリアの最大の長所と言ってもいい。遊姫の超加速を捉え、千冬の見えざる一撃すらも捉えて対応できるその眼はナターシャの動きを正確に捉えていた。

 だけでナターシャが背後を取ることを許してしまった。理由は簡単だった。エミリアの反応速度に『ラファール・リヴァイヴ』が追従することができていない。

 

「銀の福音の性能はそこらの量産機などとは違うのよ」

 

 エミリアが振り返るよりも早く、『銀の福音』の翼が展開して砲口を覗かせた。

 だけど、エミリアが振り返った時、ナターシャは攻撃のチャンスを捨てて急上昇した。巨大なレーザーの線がナターシャのいた場所を通り抜けて行った。

 回避が間に合わなかったのだろう、急上昇をしたナターシャの体は大きく揺れていた。

 

「惜しいな、セシリア」

 

 エミリアは教え子の腕に一瞬だけ笑みを浮かべると、ナターシャへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 エミリアとナターシャのいる空から少し離れた位置。青空の中から『ブルー・ティアーズ』が静かに姿を現した。隣には『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』もいた。

 巨大な銃身が唸りをあげて吐き出したレーザー光の太さにセシリアは確かな力を感じた。常々火力不足

に悩まされていた身としては、身の丈を超えるだけでなくドラム缶並の胴回りを持つ銃身は少々行き過ぎてはいるが理想的な武器だった。

 

「掠めただけで」

 

 ただ、どんなに強力であっても当たらなければ意味がない。セシリアの狙撃は幸いなことに『銀の福音』の足を掠めることはできた。当たらないよりは幾分かはマシな成果であった。

 

「セシリア、敵がこちらの位置に気づいたみたいだよ」

 

 凄いスピードで動き回り狙いをつけさせようとしない『銀の福音』の動きを見てシャルロットは注意を促した。

 「言われずとも」と返したセシリアは、レーザー・ライフルの次発装填を絶えず『銀の福音』から目を離さずに待った。試作大型レーザー・ライフルは強力ではあるが、従来のレーザー・ライフル以上にチャージに時間がかかる。それに莫大なエネルギーを消費するので弾数もかなり減っていた。残りのエネルギーは3発。

 セシリアは残り3回のチャンスに焦りを浮かべた。残り3回の内に直撃させなければならない。

 

「大丈夫だよ、セシリア。まだ3発残っているんだから」

 

 不意にかけられた言葉にセシリアは思わずシャルロットを見た。彼女はセシリアに向けて親指を天へと突きあげながらウインクした。

 

「そうですわね。まだ、3発も残っています。それに、例え命中しなくても相手の気を逸らせるだけでも意味があるわけですし」

「そうだよ。だから、頑張ろう。向かってくる攻撃は僕とラファールで全て防ぎきるから」

 

 ラファールの4枚のシールドを前面に展開してシャルロットがセシリアの前に出た。

 爆発が1つ。シャルロット体躯が僅かに揺れた。

 

「こんな風にね」

 

 セシリアはこれほどまでに頼りになる存在が自分を守ってくれることに、安心してその身を預けられると

思った。

 防御をシャルロットに任せて、セシリアは銃身を持ち上げて『銀の福音』に狙いを定めた。遠目から見ても動きの速い敵に中々狙いが定まらず、いざ定まったところで引き金を引くことを躊躇させた。

 あの速さの相手に、エミリア先生はよくもついていける。そのように思ったセシリアは次には当たり前のことと気が付いた。エミリアの最大のライバルである遊姫は、眼下で動き回ってセシリアの照準を弄ぶ『銀の福音』よりも速いのだ。エミリアが反応できない道理はない。

 だけど、セシリアの眼はエミリアの不利を段々と理解していった。エミリアは敵の攻撃の多くを回避し、または捌いていっているが、背後に回られた時には被弾を許している。

 エミリアの役目はずばりエミリアの背後を守ることであった。普段であるならば。

 だが今は、連射もできない弾数に限りのある試作大型レーザー・ライフルしか手元にはない。このようなものではエミリアの背後を守ることなど到底できなかった。

 

「新型と言えど所詮は一機。早々に負ける訳にはいかなくってよ」

 

 エミリアの攻撃に動きを鈍らせた『銀の福音』に狙いを定めて、セシリアはレーザー・ライフルの引き金を引いた。太い光軸が真っ直ぐ『銀の福音』の横っ腹に伸びていった。

 

 

 

 

 

 

 

「タイミングはいいわね、あの娘」

 

 巨大なレーザーが一閃。エミリアの視界を抜けて空へと消えていく。これで2発目か、とエミリアは声に出さずに数えた。

 先ほどの攻撃に比べて何の成果もない一撃だった。セシリアの腕が悪い訳ではない。それはエミリアにも分かっていた。単純にナターシャが強いだけだ。最初の一撃は奇襲だったので掠めることはできた。遠距離からの狙撃があると知られてしまえば、2発目以降の命中率が低下するのは仕方ないことだとエミリアは思った。

 

「だけど、ブリュンヒルデである私の相手には成り得ないわよ」

 

 変則的な軌道で翻弄するナターシャは自信に満ちた表情を見せた。

 偽りのくせに自信たっぷりと。背後に回り込んできたナターシャの攻撃に晒されながら、エミリアは舌打ちして振り向き様にマシンガンを放った。パラパラと放たれた弾丸がナターシャを捉えることはできなかった。

 背後を振り返ったエミリアを嘲笑うかのように、更に背後に回ったナターシャがその背中を蹴飛ばしてた。よろりとエミリアの姿勢が崩れた。そこにナターシャは頭部の翼を振り下ろして海面へと叩き落とした。派手に水柱が上がる。

 

「ここで終わらせるなんてことはしない」

 

 翼が開いて砲口の全てが海面に向く。それら強力なエネルギー弾を撃ち出す砲口が唸りをあげることはなかった。

 3発目のレーザーがナターシャを狙い撃った。それが命中することはなかったが、相手の行動を妨害するのには十分な役割を果たした。

 

「せめてもう少しは足止めさせてもらう!」

 

 セシリアのおかげで海面から脱したエミリアがブレードを『銀の福音』の装甲に突き立てる。

 

「これ以上に時間を取られるのは我慢できない!」

 

 シールド・エネルギーを削ったブレードを持つエミリアの右手首を捕まえると、ナターシャは翼でエミリアを攻撃した。

 翼での打撃に、エミリアは自由な左手だけで防いでいくのだが、振るわれる翼の力は素手で受け止められることはできず、また右手を捕らわれたことによって動きを制限される中では受け流すこともできない。

 エミリアは抵抗することもできずに滅多打ちにされ、ISのエネルギーが切れたところで海面へと投げ捨てられた。エミリアは大して時間を稼ぐこともできずに意識を失って海へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

「エミリア先生!?」

 

 セシリアに悲鳴が空に響く。プライベート・チャンネルでエミリアに何度も呼びかけるが反応はなかった。

 海面に叩きつけられたエミリアは浮かび上がってこない。ISの装甲が足枷となって海底へと引きずり込んでいるのだ。

 

「シャルロットさん。エミリア先生をお願いします」

 

 セシリアはレーザー・ライフルの次発装填を待てずに、『インターセプター』を構えて『銀の福音』へと迫った。

 相手の抵抗はなく、セシリアは難なく『銀の福音』の懐まで入り込んだ。ブレードを突き出して攻撃をするが、『銀の福音』の装着者であるナターシャは関心を示すことなかった。急加速してセシリアから離れて、旅館のある方向に飛んだ。

 

「逃がすと思って!」

 

 敬愛する教師、エミリアを討たれたことに冷静さを欠いたセシリアがレーザー・ライフルを『銀の福音』に向ける。離れていく背中に狙いを合わせて、セシリアは力一杯引き金を引いた。

 フレームの内側で圧縮されたエネルギーが巨大な銃口から溢れ出す。セシリアの最大の一撃は油断しきったナターシャの背中を撃ち抜き敗北を刻み付ける。セシリアの頭の中にはそのような結末があった。怒りがセシリアの視界を狭め、盲目的に自分の勝利だけを見せつけていた。

 だが、実際は程遠かった。引き金を引いた指の力に反して、砲口から飛び出したのはその口径からは想像できないようなか細い光の線だった。チャージが十分ではなかったのだ。それは真っ直ぐに飛んでいき途中で力尽きて、『銀の福音』に届くことなく消えていった。

 怒り心頭に発していたセシリアには何が起こったのか分からなかった。何か細い線が音もなく空へと消えていったようにしか見えなかった。

 えっ、と言葉と同時に怒気までが漏れ出した。

 段々と小さくなっていく『銀の福音』の背中がセシリアを笑った気がした。

 

「セシリア!」

 

 自分を呼ぶ声にはっとなって背後を振り返るとシャルロットがいた。背中にはずぶ濡れになったエミリアがピクリともせずにいた。微かに呼吸音が聞こえることから生きていることだけは確かだった。

 既に見えなくなった『銀の福音』の背中を睨み付けるかのように、旅館の方向を睨み付けたセシリア。悔しさのあまりレーザー・ライフルを海面へと叩きつけた。


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