「あれ? 織斑くんと篠ノ之さんは何処に行ったんでしょう?」
作戦会議から8分後。千冬の定めた時間まで残り12分ある時に、真耶が疑問の声を漏らした。先ほどからウロチョロと忙しくなく動き回っていたことが気になっていたエミリアは、行動の理由が分かって疑問が1つ解消された。
エミリアのちょっとした疑問は解消されたが、真耶の疑問は解決された訳ではない。言い出した真耶を含む幾人かの教師と旅館の従業員が手分けして探しに大広間を出た。
「オルコット。ISの位置情報を調べろ」
千冬がセシリアに指示を飛ばす。
セシリアはすぐさまISの位置情報を頭の中に展開した。エミリアは目を閉じて作業をする姿をコーヒーを飲みながら眺めていた。緊張した面持ちでセシリアを見ているシャルロットとは大違いだった。
目を閉じたセシリアは眉間に皺を寄せながらブツブツと小声で何かを言っていたが、やがて目を開けて焦りの表情を浮かべた。
「旅館の周辺に『白式』と『紅椿』の反応がありませんわ」
「ステルスモードにしているのだとするのなら仕方のない話ではあるが、あの2人にそんな高等な機能を使いこなす頭はないはずだ」
「私の生徒を捕まえてよくもボロクソと言ってくれるな、エミリア」
ゆっくりと腕を振り上げる千冬。
「正直者は素晴らしいものだと思わないか?」
「知らん。織斑達が旅館の周りにいないとなると、考えられるのはどこだ?」
「IS学園に帰ったんじゃないか? 非常事態だから」
「そんな非常な行動する奴ではない」
「エミリア先生。真面目に考えてみてはいかがでしょうか」
「オルコットの言う通りだな」
千冬が腕を振り下ろしたがエミリアは難なく回避した。
「ならば、どこに居るという。今更ではあるが、この大広間には影も形もない」
「そういえば、篠ノ之博士も見えませんね」
「シャルロットさんの言う通りですわ。先ほどまではいらっしゃったのに」
「あんなのがいなくなるのは日常茶飯事だ。気にすることもない」
エミリアがシッシっと手で払う。
その姿を見ることなく、顎に手を当てて思考する千冬。
「考えてみれば」
千冬がポツリと呟く。
「都合がよすぎる」
都合がよい。それはエミリアも感じていることではあった。感じてはいたが、今の今までは偶然というありきたりな言葉で飲み込んでいた。
束が箒の為に持ってきた新型のISは今日やってきた。
アメリカで実験中であった新型のISが暴走してこちらに向かってきたのも今日だ。
新型がやってくるのは別に今日でなくてもいい。昨日でも明日でも、いつの日でも構わないはずであるのに、どうして今日なのか?
アメリカの新型が暴走するのも今日でなくてもいいはずだ。明日でも昨日でもいい。いや、本来ならば暴走などあってはいけないのだが。
とにかく、新型機が届いてすぐに、アメリカの新型機が暴走して、なおかつ真っ直ぐにこちらに向かってくるのはいくらなんでもおかしすぎる。
「篠ノ之束が後ろで糸を引いているとでも言うのか」
「一番可能性が高い」
「一番可能性が高いと言うが、千冬」
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな。先輩だぞ」
「過去の話だ」
「現在の話だろう」
「アメリカで『銀の福音』のテストが行われる期間をある程度は操作できるとしよう」
「無視して話を進めるな、馬鹿者」
「だけど、ISの暴走と言っても、暴走したのはIS本体ではなく人だ。心を持った人間様だ。あの人の機微に疎い篠ノ之束が、仮にもブリュンヒルデであったナターシャを唆して暴走させることができるか。私はできるとは思えない。できる訳がない。できたら世界が滅ぶんじゃないか」
「稀代の天才と言われている篠ノ之博士に対して酷い言いようですね」
エミリアの酷評にシャルロットは引き攣った笑みを浮かべる。世界が欲する天才が人の機微に敏くなると世界が滅びるようだ。
「確かにそうだな。アイツが天才であるとしても、人身を惑わすほどの力があるとは思えんな」
腕を組んで頷く千冬。
すると、廊下の方でドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。大広間を出ていった捜索班が戻ってきたようだ。
「駄目です。どこを探しても2人は見つかりません!」
眼鏡がずれるのも気が付かないくらいに慌てている真耶が言った。後ろにいる教師達も首を横に振って結果を伝えてきた。
「もしかして勝手に出撃してしまったんじゃないですか」
真耶の言葉にエミリアはふむっと首を傾げる。そして、千冬へと振り返る。一夏のことも箒のことも、担任であり私的に付き合いのある千冬ならば少しは分かるのではないかとエミリアは思った。
「分からない」
千冬の答えは短く答えになっていないものだった。
「とにかく、出撃した可能性もあるからして、こちらも早急に出撃準備を整える」
そう言った千冬に全員が俊敏に動き出した。
エミリアもセシリアとシャルロットを連れ立って出撃の準備を始めた。
5分後。出撃準備を整えたエミリア達は既にISを展開していた。
エミリアは装甲に包まれた手のひらを開閉して感触を確かめる。特に問題はなかった。
第二世代量産型IS『ラファール・リヴァイヴ』を装着したエミリアは腕を伸ばしたり振るったりと動作確認をした。
エミリアの装着するラファールは通常機とは多少の違いがある。肩部についていた4枚のシールドは撤去されていて代わりにミサイルポッドが装備されていた。腕部にはマウントラッチが付いている。左腕にはナイフ、右腕にはハンドガンがマウントされていた。背部の推進翼は4枚から2枚に減り、なくなった部分がキャノン砲とミサイルコンテナとなり、全体的なシルエットが非対称になっていた。
「砲戦パッケージしかないとは。せめて高速戦闘パッケージならやりようがあった」
機動力を殺してまでして火線を張るような装備はエミリアの望むところではなかったが、高速戦闘パッケージが手元にないと知ると諦めるしかなかった。通常機では凡庸すぎて『銀の福音』の相手にはならないと考えたエミリアは、機動力を捨ててまで砲戦パッケージを装備したのだ。性能で負けている以上、何か1つでも勝る部分が必要だった。
「わたくしの『スターダスト・シューター』の火力と、シャルロットさんの防戦パッケージ『ガーデン・カーテン』、エミリア先生の砲戦パッケージ。火力は十分ですが、機動力が損なわれていますわね」
セシリアが不安そうな顔でシャルロットとエミリアを見た。セシリアの不安は正しいとエミリアは思った。
「そうだね。でも、やるしかないんだよ」
冷静に返すシャルロット。それでもエミリアの眼には微かな震えが確認できた。
セシリアもシャルロットも心の準備などできていない様子であったが、作戦開始の時間は迫っていた。千冬がやってきたのがその証だった。
エミリアは千冬を見て、そしてその背後に忍び寄るウサギを見つけた。
「ヤッホー、ヤッホー。久しぶりだね、ちーちゃん!」
いつの間にかいなくなっていた束が、千冬に抱き着こうとして振り向き様のアイアンクローに捕まった。どこかで見た光景だとエミリアは再び思った。
「貴様。どこで何をやっていた。白状しろ」
温情の欠片もない千冬の問いかけだった。
束はアイアンクローから抜け出そうともがいていたが、今までのそれとは力の入り方が違うようで抜け出せる気配がなかった。
「どこで何をやってたって? 天才な束はどこで何をやっても意味があるんだよ。だからこの痛みもきっと意味があると思うんだけど……どんな意味があるのかいまいち分からないんだよね。ちーちゃんなら分かるかな? 段々と痛みが増してきたけどどどどどど!?」
時間がないというのに、とエミリアは思った。かなりまともなことを思った。
「お前のことなんてどうでもいいから、何をしていたのか言え」
どうでもいいのに、何をしていたのか聞いてくる千冬。いつもの千冬らしくない無理難題過ぎることを押し付けてくる。そのことを指摘すれば、全力で束を投げてきそうなので、エミリアは貝のように口を閉ざした。口は災いの元と言う素晴らしい言葉に従うことにしたのだ。先人の言葉は偉大である。
「実はね、せっかくの機会だから箒ちゃんを『銀の福音』にぶつけてみようかなー、なんて思って実行してみたんだよ。箒ちゃんもうずうずしていたことだし、一石二鳥だよね。いっくんが盗み聞きしているとは思っていたけど、まさか会話の最初から聞いていているとはね。おかげで1対1の戦いじゃなくなったよ」
誰が聞いても確信犯だと分かる物言いをする束に、千冬の眼が鋭くなる。エミリアの眼もまた鋭くなった。面倒事を引き起こしたのかと苛立った。
「お前、自分の妹を嗾けたのか?」
「そうだよ。だって妹だもん。妹なんだから姉である私がどうこう扱っても構わないと思わない?」
「両親の所有物と言うのなら多少は理解できるが、お前の所有物ではないだろう。どうこうしていい理由はない」
「理由ならあるよ。箒ちゃんはISが欲しくて私を利用したんだからね。色々と冷たい冷たいひんやりする行動をしてくるのに、自分の目的の為に利用してくるんだから、私だって利用してもバチは当たらないと思うよ。世の中ギブアンドテイク、やり辛くも素晴らしい世界だよね。転がしてみちゃう?」
頭を鷲掴みにされながらもけらけらと笑う束。
「お前が原因で箒も大分苦労したんだ。お前が色々アイツにしてやるのが道理じゃないのか?」
「何で? 私は別に悪気があって箒ちゃんを苦労させた訳じゃないよ。それを負い目に感じたことなんてないし。だから、そのことを理由にISを作ってあげちゃうなんてことはあり得ないなー」
千冬の言葉をバッサリと切り捨てた束は、ようやく拘束から抜け出した。
束はくるくると回転しながら後ろに下がって旅館の中へと消えていった。去り際に「頑張ってねー」と申し訳程度の声援をくれた。エミリアはその声援を、心の中で丁重に熨斗紙に包んで海に投げ捨てた。
「エミリア、行け」
千冬の言葉が作戦の開始だった。