IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

45 / 101
20話

 ラウラ・ボーデヴィッヒの暴走事件は教師の1人、エミリアによって鎮静化された。残念ながら私はその後継を見てはいない。万が一を受けて千冬先輩にISを取りに行かされていたので、何がどうなってエミリアが勝利を収めたのか分からず、結果しか知らない。蚊帳の外ということだ。

 さて、事態の鎮静化だけで全てが終了するなんてことはないのが教師だ。学生ならば何か問題が起こった、怖かったねーすごかったねーですむ話だけど、私達教師は色々としなければならないことがある。事後処理というものだ。

 千冬先輩や真耶は一夏とシャルロットから話を聞いている。事情聴取らしい。一体全体何を聞くというのだろうか。

 私はのんびり保健室でほうじ茶を啜って一息ついている。別にサボっている訳ではない。先ほどまで一夏やシャルロットに怪我がないか、意識のない状態で運ばれてきたラウラの体に適当に包帯巻いたりしていたのだ。

 今はラウラが意識を取り戻すまで保健室に缶詰状態だ。教師陣が行っている後始末に駆り出されるよりは何倍もマシなので構わないけどね。

 それにしても、今回もまた厄介事が舞い込んできたものだ。

 ラウラのISに仕込まれていた謎のシステム。聞くところによるとVTシステムというらしい。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。どういったシステムであるのかは門外の私にはよく分からない。だけど、千冬先輩の動きを劣化コピーして、それを装着者の意思に関わらず再現することができるものであることは分かった。再現の低さからおそらく未完成のものと思われている。何を目的にこのようなシステムが積み込まれたのか、ラウラの意識が目覚め次第聞くことになる。

 それにしてもなんにしても、お腹が空いてきた。眼を離すなと言われたけど、何だって食事する暇すらも与えられないのだろう。エミリアに連絡しても、何故だか千冬先輩の声が聞こえてくる。ケータイを没収されたんだろうな。エミリア信用されてないなー。そんなことを考える今の私も信用されていないなー。

 

「お腹空いたなー、今日のご飯は何だろなー。コンビニ弁当、冷凍物、店屋物。自炊の気のない材料のない」

「おかしな歌を歌っているんじゃない」

 

 空腹に耐えかねて歌を歌っていると、いつの間にか部屋に入り込んでいた千冬先輩が疲れた顔で言った。

 此処にやってきたということはある程度は片付いたのだろう。もしくは真耶に押し付けられるだけ押し付けて来たのか。できれば前者であってほしい。愚痴をきかなきゃいけなくなるんだから。

 

「終わったんですか?」

「まあな。何か追加されない限りは、後はボーデヴィッヒの話を聞くくらいだな」

「なるほど。いやー、保健の先生でよかったよね、私」

「ふん、ずいぶんと元気そうだから、幾つか仕事を見繕ってやる。ありがたく思え」

「それをありがたがれるほど、私は仕事熱心じゃないんですよ」

「ならば、自分の受け持つ仕事ぐらいは真面目に取り組め」

「いずれします」

「そうか、する気はないと」

 

 溜息を吐きだした千冬先輩はパイプ椅子を引っ張り出してきてどっかりと座った。相当疲れているようだ。肩でも揉んであげようか。

 

「そら、腹減り。とっとと飯でも食いに行け」

「え? じゃあ此処は?」

「私がいる」

「あぁ、そう。じゃあお言葉に甘えて」

 

 椅子から立ち上がった私は、遠慮なくこの場を千冬先輩に任せて逃げ出す。もうお腹ががらんどうだ。

 

 

 

 

 

 食堂はざわざわと人も音も溢れかえっていた。食事目的にしては手元に料理の乗ったトレイがない生徒の方が多い。暇を持て余している暇人魔人が多くて何よりだ。

 私は適当にボリュームのあるものを頼み、空いている席を探す。どこを見ても人ばかりで中々席が見つけられない。

 いい加減見つからないので、諦めて保健室に戻って食べよう。そう思って出入り口に体を向けると、白衣の裾が誰かに引っ張られる。トレイを落としたらどうするんだ。

 危ないので叱りつけておこうと、くるりと体を反転させればニコニコと笑顔を浮かべたシャルロットが無言で空席を指さしている。

 

「ありがとう」

 

 礼を言って席に座る。周囲には興味津々な様子を隠そうとしない野次馬生徒達がいる。座る前に気が付いていれば良かった。全ては後の祭りだ。

 

「お、遊姫先生」

 

 右斜め前に一夏が座っていた。若いというのに少しだけ疲れた顔をしている。

 

「お、一夏生徒」

 

 真似てみた。

 

「真似しなくていいですから」

「えー」

「えー、じゃなくて」

「はいはい、皆まで言わなくていいから」

 

 本当に限界なので箸を持つ。今日はオーソドックスな焼き魚定食だ。簡単なモノほど良いという言葉があるので、すごく美味しい。空腹であることがより美味しく感じさせてくれる。

 

「で、どうだった?」

「どうだったって……何が?」

「前後がなくて全く分かりませんよ?」

「そこは察しなよ」

「察するほどの情報がないんですけど」

 

 シャルロットが疲れた表情で箸を動かす。疲労の中に安堵の表情も見て取れる。

 

「イギリスの元代表候補生エミリア・カルケイドの戦いを2人はどう感じた?」

 

 キョトンとした顔をした2人は次の瞬間には違った表情を見せた。

 

「すごいと思ったぜ。俺には全然見えなかった攻撃を全部弾いて、それでいて隙をついて攻撃するなんて」

 

 一夏は悔しい表情を見せる。偽物の千冬先輩にすら太刀打ちできなかったことが、彼にはよほど悔しかったようだ。仕方がない。まだ一夏はひよっこでしかないのだから、早々に勝てる訳がない。そう言ったところで心は素直に受け入れられないだろうな。時間に解決してもらうしかない。

 

「僕もあんなふうに強くなりたいと思いました」

 

 シャルロットは憧れを見るような表情を作る。言葉数は思ったよりも少なかったが、言葉では言い表すことのできない想いがあるのだとすれば妥当な言葉だ。強さに憧れる。つまり、シャルロットは自分が非力であると思っているのだろう。男装することに関係しているのかもしれない。

 

「そうか。それはなによりだね。良いものを見たんだ、頑張って自らを鍛えて磨いて強くなりなよ」

 

 見て感じることも1つの経験。一夏もシャルロットもできるだけ私に迷惑をかけずに頑張ってほしいなー、なんて思いながら食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 食事を終えて暫くのことだ。シャルロットが相談があると私を呼び出した。迷惑をかけないでほしい。その切実な想いを一蹴された気がして、少しだけ悲しい。

 場所は大浴場。シャルロットのセンスを疑ってしまいそうな場所だ。どうして此処に呼び出したのか小1時間問い詰めてみたい。

 

「どうして此処?」

 

 目の前に立つシャルロットに問いかける。小1時間は無理だとしても、とりあえず理由は聞いておきたい。

 

「えーっと、山田先生から今日は大浴場は使えない日と聞いて、此処なら他の誰かが入ってくることはないと思ったんです」

「もっと別の場所があったとは思えない?」

「時間が時間なので寮の外に出るのは駄目ですよね?」

「此処が一番の場所だね」

 

 言い負かされた気分になる。そんな気分もすぐにはぶっ飛んでいっちゃうけれど。

 さて、場所はこの際どうでもいい。問題はシャルロットが何を相談したいかということだ。夕食の時に言っていた強くなりたいと関係のあることだろうか。

 どのような理由であろうと、私は相談を聞いて相槌を打つだけだ。

 

「遊姫先生!」

 

 意気込んでシャルロットが口を開いた。

 

「僕、男装を止めます!」

 

 真剣な表情で言葉を吐き出した。

 

「今日の試合を……ううん、今日までの自分を振り返ってみて、僕は逃げ続けていたんだと思います。目の前のことに怯えて、周囲に転がっている諦めていい理由を見つけて、自分の判断で行動することを止めていたんだ。いつまでも、そんなことをやっていても前に進めない、強くなれないと思って。僕は自分の判断で男装を止めるんだ」

 

 自分を鼓舞するような、宣言するようなことを言ったシャルロット。一度深呼吸をしたかと思うと、頭を下げてきた。

 

「今までありがとうございます。そして、これからもお願いします」

 

 本人は至って真面目なのだろう。だけど、私にはそれが滑稽に見えてしまった。いちいち人前でそれを晒さなければできないのかと呆れてしまった。同時にシャルロットは強いと思ってしまった。何でだろうととぼけてみても、理由は既に理解できてしまっているので、とぼけきることなんて無理だ。

 

「はいはい、よろしく」

 

 だけど、私はふざけた態度で応じた。今の私はそういう私だからだ。

 それでも、少しくらいは手助けをしてあげよう。

 檜の浴槽の近くまで行き、湯が張ってあることを確認する。それから手招きでシャルロットを呼び寄せる。

 

「何ですか?」

 

 多少疑問に思いながらもこちらにやってきたシャルロット。

 私は素早く手を伸ばしてシャルロットの頭を掴むと、容赦の欠片もなく湯の中に沈めた。突然の行動に驚いたシャルロットが必至に湯から抜け出そうと頭をあげようとするが、私は逃すまいと体全体を使ってシャルロットの頭を湯に沈め続けた。

 両手両足をじたばたと暴れさせてもがき続けるシャルロット。段々と抵抗が弱弱しくなっていく。そろそろ限界が近いのだろう。

 もういいか。私はシャルロットの頭を湯から引き揚げてやる。

 水面から顔が離れると、シャルロットは荒い呼吸で酸素を体中に巡らせる。私はその背中を軽く叩いた。

 

「な……なにを……するんですか!?」

 

 ようやく言葉を発したシャルロットは当たり前ではあるが怒っていた。

 

「おめでとう、シャルロット・デュノア。君の心は既に生まれ変わっている!」

「はい?」

 

 訳が分からない。シャルロットはそう言いたそうな顔をしている。

 

「洗礼って知っているかい?」

「洗礼ってあの……」

「そう、あの洗礼だ。ヨハネが多くの人達に行っていた洗礼。苦しくなって死にそうになるまで水の中に頭を沈めて、今までの自分の生き方に別れを告げる。そして頭を水から離し、新鮮な空気を吸って新たな命に生まれ変わる。それを今やってあげたという訳だ。正式なやり方ではないから、気休めでしかないけどね。君の決意の後押しになるようにね」

「遊姫先生」

 

 シャルロットの瞳がじんわりと濡れる。それは酷い目にあって流した涙か、感動で流した涙か私は判断しないでおく。

 それよりも私はずぶ濡れになったシャルロットの頭をタオルで拭くことにした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。