IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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19話

「やった、勝ちましたよ。織斑くんとデュノアくんの勝利ですよ」

 

 スタイリッシュとは言い難い兵器、パイルバンカーの一撃によってボーデヴィッヒの小さな体躯は宙に舞って、抵抗することなく背中から落ちた。起き上がる様子はない。気絶したのか、それとも現実を受け入れることができなくて思考停止しているのか。

 ボーデヴィッヒがどう思っているのかはともかくとして、試合が終了したことは確かだ。勝者は一夏とシャルロットのペア。

 前の席に座っているというのに、感極まって私に抱きついてくる真耶。大人とも教師とも思えない素晴らしい姿を晒してくれる。子供が無理して大人になったと言えばいいかもしれない。

 

「うん、分かった。すごかったねー、強かったねー。神に勝るとも劣らずの強さだったねー」

「これでもかっていうくらいのテキトーな発言ですね」

「そう思うのなら離れようか、真耶ちゃん」

「断固拒否です」

「なら、骨の4本や5本は覚悟してもらう」

「恐ろしいことを言わない。私の仕事が増えるでしょうが」

「五月蝿いぞ、黙ってはいられないのか」

「無理だよ」

 

 笑顔で言ったら頭を引っぱたかれた。言わなければ良かった。

 暴力を振るってきた千冬先輩も嬉しいのだろう。呆れた表情を浮かべてはいるが瞳は柔らかい。それを指摘でもしようものなら物理的に黙らせられる可能性がある。口は災いの元という言葉に従って、私

は何も言わずにフィールド内を眺める。ちょうどボーデヴィッヒが立ち上がるところだった。

 

「うん?」

 

 ゆらりと音もなく立ち上がったボーデヴィッヒ。腕はだらりと下がり、顔も下を向いているので表情は分からない。

 だけど、何か不穏な気配を感じる。直感でしかないけど、千冬先輩にエミリア、更には真耶も何かを感じ取ったのか、ボーデヴィッヒに警戒の眼を向けた。

 ISはエネルギー切れで何かできるということはない。ISスーツには武器を隠しておくスペースもないので、眼に見える範囲では危険物は見つけられない。体の中に隠し持っているのなら話は別であるが、だとしたら平気でISなど操ることはできないだろう。

 ならば、この落ち着き難い嫌な雰囲気は何だ。

 答えは眼に見えるものとなって現れた。

 ボーデヴィッヒの体がビクッと跳ね上がる。ISの一部装甲がパージされる。腕のヒート・ブレード、肩部装甲及び各部のワイヤー・ブレード。全ての武器が地面に落ちた。一見すると武装解除したかのように見える。

 余計な装甲を排除したボーデヴィッヒの頭をフルフェイスの装甲が覆い隠し、表情を窺い知ることはできない。

 腕にはブレードを1つ。何処かで見たことのある形状のブレードだ。

 私は隣にいる千冬先輩を一瞥した。

 

「あれって『雪片』に似てる?」

 

 昔何度も眼にしたモノを今更になって見間違えることはないが、それでも千冬先輩に確かめずにはいられなかった。あのブレードはあまりにも……いや、『雪片』そのものにしか見えない。

 

「私の記憶に間違えがなければ、あの形は間違いなく『雪片』だ」

 

 代わりに答えてくれたのはエミリアだった。彼女は眼が良いので、この距離からでも正確にモノの形を細部まで把握することができるのだろう。自信ある答えだった。

 

「あれが『雪片』だとして、どうしてボーデヴィッヒさんが持っているでしょうか? それに今になって取り出すなんて」

「おそらく、装甲の排除と頭部装甲の追加と何か関係があるよ。それが何かまでは分からないけど」

「エネルギーが底を尽きると自動に作動するシステムでも内蔵されていたのか?」

「各国家から送られてくるISの機能を一から十まで公開されている訳ではありませんから、あれがどのような機能なのかは……」

 

 ボーデヴィッヒのISに起こった変化について会話していると、千冬先輩が真耶の肩に手を置いて中断させた。

 

「山田先生」

 

 その顔は真剣だった。私達以上に異常事態であることを認識したのだろう。

 

「は、はい」

「ボーデヴィッヒに呼びかけろ。今すぐISを解除しろと」

「分かりました」

「次、遊姫、エミリア。お前達は有事に備えてピットに向かえ」

「すいませんけど、手元にISがないよ」

「5秒で取りに行け。元代表候補生だろう」

「その代表候補生万能説みたいなのやめてくれないかな?」

「つべこべ言う暇があったら行動しろ」

 

 千冬先輩の責める言葉に私は「無理」と言って隣を指さす。エミリアが私の肩を押さえつけて立つことを許してくれないのだ。

 

「私が相手をする。だから遊姫が出る必要はない」

 

 これがエミリアの言い分のようだ。私としては願ったり叶ったりだ。

 エミリアの立候補に、千冬先輩は暫く考えるような表情を見せ、結論が出たのか任せると言った。千冬先輩の考えには私も賛成だ。相手が何をしてくるかは分からないが、エミリアなら余裕で対処できる。それほどの実力がエミリアにあるものだから、千冬先輩もゴーサインを出したのだろう。

 

「許可が出た。これで心置きなく合法的にボーデヴィッヒと千冬のハイブリット体を攻撃できる」

「そうか。エミリア、一発だけ……三発だけ殴らせろ」

「素直に殴られてやる訳にはいかない」

 

 馬鹿なことやってないですぐに準備すればいいのに。

 

 

 

 

 

 観客席がざわめきに包まれている中で、シャルロットは警戒の眼を弱めることなくラウラに向ける。止めを刺していないとはいえ、相手は既に戦えるほどのエネルギーを残してはいないはずである。それなのに新たにブレードをコールした。

 それに頭部のフルフェイス・アーマー。先ほどまではなかった。ブレードだけならまだ分かるが、頭部の装甲は分からない。あれがシールドや武器ならば現れたことにも少しは理解ができるのだが。

 

「一夏、ひとまず距離を取ろう」

 

 何か嫌な雰囲気を感じ取ったシャルロットはゆっくりと後ろに下がる。決して相手から視線を外すことはしない。眼を逸らした瞬間に襲い掛かってくるかもしれないのだ、油断はできない。

 じりじりと相手の動向を探りながら後退していくと、そこそこ離れたようでラウラ以外に一夏の姿も見えるようになった。

 

「あれ?」

 

 シャルロットは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 僕の眼がおかしくなったのかな。一夏が先ほどと同じ位置に立っているように見えるんだけど。

 そう思うシャルロットの眼がおかしくなった訳ではない。彼女の疑問の通り、一夏はその場からまったく動いてはいない。体を小刻みに揺らしながらも、まっすぐラウラを見つめている。正確にはラウラの持っている『雪片』にそっくりなブレードを睨み付けていた。

 

「ふざけんなよ!」

 

 動きだした一夏。ラウラへと肉薄してブレードを振るった。雄叫びと共に振るわれたブレードはシャルロットの知る中で一番速い一撃であった。

 一夏の放つ最速の一撃はまっすぐラウラへと向かっていったが、装甲に触れることはできずにラウラの『雪片』によって止められてしまった。

 攻撃を防いだラウラの腕がぶれて見えたと思うと重い音が響き渡り、一夏の上半身が仰け反った。

 何が起こったのかはシャルロットには分からなかった。だけど、今の一撃で一夏のISは限界を迎えたことだけは理解できた。装甲の表面にバチっと電気が走ったかと思うと、『白式』が待機状態に戻ってしまった。

 ISを失ったことでバランスを崩した一夏は尻餅をついた。

 無防備になってしまった一夏をラウラが見下ろす。

 普通ならば、ISを展開できなくなった相手に攻撃を加えることはないだろう。だけどそれは普通の場合で、今は普通とは言い難い状況だ。普通という言葉で片付けることはできないと感じたシャルロットは、急いで一夏の救出に向かう。

 やはりと言うべきか、ラウラは生身の一夏に対して『雪片』を振り上げた。次に来る展開はラウラが『雪片』を振り下ろし、一夏が頭から股までバッサリと真っ二つにされるものだろう。決して見せられるものではない。そもそも見せる見せない以前にあってはならない。

 タッチの差だった。ラウラが緩慢な動作で振り下ろした『雪片』の刃が一夏を捉えるよりも速く、シャルロットが手を伸ばして一夏の首根っこを掴んでラウラから距離を離した。

 

「くそ。シャルル、放せよ!」

「無理無理無理。離せば血だまりが出来上がっちゃうよ!」

「アイツ、ふざけやがって。ぶっとばしてやる!」

「そのまえに一夏の方が天国にぶっとばされちゃうよ!」

「構うもんかよ!」

「よりによってマゾなのか、織斑一夏」

「はい?」

「あぁ?」

 

 自分達以外の声が聞こえたシャルロットと一夏が声のした方を振り向くと、何故か瞳を爛々と輝かせたエミリアがいた。

 鎧武者のようなデザインのIS『打鉄』を纏っているエミリアの姿はアンバランスだった。

 

「それもお前は実の姉に暴力を振るわれることを良しとするマゾだ。危険すぎる」

「冷静に何を言っているんですか?」

「知れたこと。他人の性癖を分析している。教師として一から十とまでいかないが、できる限り生徒のことを知らなければならない。それが例え、見るに堪えない聞くに堪えないおぞましい事実であったとしても」

 

 これでもかと言わんばかりに言葉を紡ぎだすエミリアに、激昂していた一夏は幾らか冷静さを取り戻した。そして言葉の暴力に心を痛めた。

 

「さて、2人は下がれ。アレは私が叩きのめす」

 

 ブレードををコールしたエミリアはピットを指さすと、振り返ることなくラウラへと向かって行った。

 

「待ってくれ、カルケイド先生!」

 

 遠ざかる背中に一夏が呼びかける。しかし、エミリアは何も言わずに歩を進めた。その無言の背中が、お前には無理だと語っている気がした。下手に加勢しようものなら諸共切り捨てられそうだ。

 いまだに叫び続ける一夏を連れて、シャルロットは手近のピットに向かって行った。

 

「一夏、僕達にはどうすることもできないよ」

「それでも、俺はアイツをぶっとばしたい。アレは千冬姉のデータなんだ。誰彼気安くどうにかしていいものじゃないんだ」

「だからって、足手まといにしかならない状態で向かっていくのは駄目だ……」

 

 一夏を宥めながらもエミリアに視線を向けたシャルロットは言葉を失った。ぴたりと止まったシャルロットを不思議に思った一夏が彼女の視線を追うと、息を飲んで目の前の光景を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 所詮、猿真似でしかない。

 ラウラの振るう『雪片』を名もない量産品のブレードで苦も無く受け流しながら、エミリアは残念だと溜息を吐きだした。

 腕が持ち上がったと思った瞬間には剣が振るわれている。並の人間に軌道すら追うこともできない一撃を、エミリアは次々といなして、隙を見ては攻撃を繰り出す。ラウラの攻撃に比べると、エミリアの一撃は軽い。だが、確実にダメージを与えていく。

 最強と呼ばれる織斑千冬。その戦闘を再現したデータがどれほどのものかと、興味を惹かれて一夏とシャルロットの救出を買って出たが期待外れだった。単調な攻撃しかしてこない。一太刀一太刀は目を見張るものがあるが、本来千冬の持っている技術のほとんどが再現できていない不出来さ。エミリアは思わずあくびをしてしまう。

 胴に来る刃を逸らして、続けて頭部を狙う一撃を避ける。隙ができたところでエミリアはラウラの腹部に蹴りを突き刺す。

 

「エミリア」

 

 だらだらと戦っていると、エミリアの元に通信回線から冷静な声が聞こえてきた。それが千冬の声だと気が付くと、首を後ろに仰け反らせる。先ほどまで顔のあったところを刃が通り抜けていった。

 

「できるだけ早く無力化しろ」

「何故に?」

「私のデータを使っている。あのままではボーデヴィッヒの腕が壊れる」

「そんな大事か?」

「大事だ。私が鍛錬に鍛錬を重ねて作り上げた力だ。それを同じように鍛えていないボーデヴィッヒの腕が耐えられるか?」

「頑張ればいけるだろ」

「早急に決着をつけろ、以上」

 

 通信が切れる。

 面倒なことを申付けてくれる。エミリアはやれやれと一度目を伏せる。次の瞬間には眼を見開いて、ラウラの振り回す腕を凝視した。腕の形も軌道もはっきりと認識することができる。

 

「おっそい」

 

 斬撃を回避して、『雪片』を振りぬいて止まった腕を掴んで動きを封じる。後は簡単で、殴る蹴る斬るの暴力を振るうだけだった。

 教師が生徒を滅多打ちにするという、決して保護者には見せられない惨状がフィールドで繰り広げられることになった。救いがあるとすれば、その暴力が5分と続かずに終了したことだった。


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