IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

42 / 101
17話

 辺りを見渡せば眼にも耳にも賑やかさが飛び込んでくる。そのどれもがこれから行われることに興味津々といった具合だ。

 例にもれず私も興味津々だ。

 学年別トーナメント。IS学園において生徒達が熱をあげる行事の1つだ。名前は示す通り各学年に分かれてトーナメント試合を行うというものだ。一年生は全員参加、二年生と三年生はIS科と技術科に分かれていて、IS科の生徒のみ参加することとなっている。試合をしない技術科は試合で使われるISの整備や来賓の為の環境作りに駆り出される。ちなみに環境作りの方は生徒達から敬遠されている。IS科だった私には分からない話だ。

 今回のトーナメントは異色だ。本来のトーナメントは1対1で闘っていくのだが、今回に限って方式がシングルからタッグトーナメント戦に変更された。突然の変更に教師陣が難色を示したのだが、お上の命令には従えないものでタッグ戦になった。本当タッグ戦はずっと先の話だ。

 タッグ戦が行われるのにも理由がない訳ではない。前回行われたクラス対抗戦の時の襲撃だ。アレに神経過敏になったのであろう上層部が何をどう議論したのか、急遽決めたのがタッグトーナメントだ。

 何にせよ、私は保健室で事態から遠ざかることはできない。毎年この時期には大なり小なり怪我人がどっさり出てきてしまうので、ほうじ茶片手にのんびり静観することは許されないのが悲しい。

 

「怪我人が出ませんように怪我人が出ませんように、せめて手のかかる治療が必要な怪我人が出ませんように」

 

 手を合わせて合掌を作り、知らない神様にお祈りしてしまうのも仕方のない話だ。幸いにも両隣にいるのは気心の知れた相手なので、きっと私の奇行を見て見ぬ振りして許してくれるはず。

 

「お前は……仮にも保健の先生だろう」

 

 残念ながら千冬先輩が見逃してくれることはなかった。

 

「怪我人が出ないことを願うことを保健医として悪いこととは言わない。そこに不純な動機が混ざってこなければの話だがな」

「いやいや、千冬先輩。これはワーカーホリックでなければ当たり前の感情だと思うよ。だって人間、面倒事は全く全然お断りなんだから」

「なら教師など辞めてしまえ」

「日々の生活を支える為に教師をやっているんですから、早々辞めません」

「じゃあ、私が老後まで養ってやろう」

「それこそお断りだよ、エミリアさん。私は紐になりたい訳じゃないのだから」

「……!?」

「何その顔?」

 

 人目をはばからずに騒ぐ私達は周囲から見れば生徒達と何一つ変わらないことだろう。要するに大人の姿勢ではないということだ。教師の品位を問われるとでも思ったのか、仲間であったはずの千冬先輩がまるで赤の他人のような顔して咳払いで私達を止める。

 

「止めろ、みっともない」

 

 目を逸らして酷いことを言う先輩さんだよ。エミリアもお前が言うのかみたいな顔で見ている。2対1の試合、戦況は我が方の傾いている。だが確実に仕留めるためにはもう一手必要になってくる。

 そこで目をつけたのが私の可愛い後輩ちゃん。私は手を伸ばして観客席の座席に逆を向いて膝立ちで座っている真耶の頭に置く。

 

「真耶ちゃん。君は見ていたから分かるよね。千冬先輩も私達の仲間で、大人気ない振る舞いをしていた一味だということを」

「……え?」

 

 私の問いかけに、静観から引き摺り下ろされた真耶は突然のことに眼を丸くしている。

 真耶が事態を飲み込むよりも早く、エミリアの手が彼女の右肩に置かれる。

 

「違うだろ、山田? お前は気がついている。私と遊姫が頑張って場を盛り上げているというのに、大人気ない千冬が私達の努力に水差しているだけということに」

「ええ!?」

 

 仲間かと思っていたけど、エミリアの主張はどうやら私のものとは違うようで少しだけがっかりだ。味方でないのは残念なことだが、明確な敵であることが分かっただけでも御の字だ。

 悲しいかな、二度あることは三度あるという諺があるように、真耶の左肩に千冬先輩の手が置かれる。

 

「山田先生、私は君を信じている。誰がどう見てもこの教師不適合者2名が全て悪いと理解しているはずだ。私は教師としてそもそも大人としてコイツらの不適切な言動を止めているのだと」

「え、えーっと?」

 

 まさかの千冬先輩の参戦に、驚きを超えて若干の冷静さを取り戻してしまった真耶。引きつった笑みを浮かべながら私達の顔を順番に見てくる。

 私達は黙ってそれぞれの想いを乗せた熱いもしくは冷たい視線を浴びせ続ける。誰も容赦などしない。真耶の引きつった笑みが引っ込み、完全な怯え顔になるのに十秒もかからなかった。

 

「真耶ちゃん?」

「山田?」

「山田先生?」

 

 同時に放たれた言葉。別に示し合わせた訳ではないのに、よくもまあ揃うものだ。

 自分の名前を呼ばれた真耶は私達3人の手を振りほどいて素早く前に向いた。

 

「ほら! 遊姫先輩、エミリア先輩、織斑先生。もう試合が始まっちゃっていますよ! 織斑くん・デュノアくんペアとボーデヴィッヒさん・篠ノ之さんペアの試合が! 見逃しちゃいますよ!」

 

 わざとらしい大声で注意を別に向けさせようとする真耶は、それこそ誰が見ても明からさまな逃走者だった。

 

「逃げたよ」

「逃走したな」

「敗者に堕ちたか」

 

 北に逃げた真耶に対して私達は慈悲の心もなく言葉を投げつけた。それで許してあげることにして、私は眼下で繰り広げられる試合を観戦し始めた。

 

 

 

 

 高速で飛来する弾丸が肩を掠める。シャルロットは背中に嫌なものが這い回るを感じながらも、ラウラから眼を逸らすことはしない。本能が鳴らす警鐘を理性で無理矢理ねじ伏せて相対する。

 シャルロットの背後で悲鳴があがる。脇を抜けていった弾丸が一夏とつばぜり合いをしていた箒に命中したのだ。

 2対2の試合。シャルロットと一夏は正しくそれを捉えて、お互いに補いながらの試合を展開している。しかし、ラウラと箒は違う。彼女達は求め合って組んだのではなく、互いに期限以内にパートナーを見つけ出せなかった即席コンビ。それも互いに仲間意識など持ち合わせていないまさしく組んだだけのチームだった。

 少なくとも組まされた当初、箒はラウラに歩み寄ろうと出せる力を持って接した。接した次の瞬間には態度を変えることになった。話を聞く気のない態度を見せられ、更に鼻で笑われたのだ。もう箒にも仲間意識は欠片もなくなっていた。それでも組んでいるという意識は最低限あった。

 だがラウラには何もない。邪魔をしなければそれでいいのだ。仲間意識など端から持っていないので、射線上に仲間がいてもお構いなしに攻撃をすることができる。その結果、箒の被弾率はこの場にいる誰よりも高く、残ったエネルギーは誰よりも少ない。

 

「クッ!」

 

 誰よりも早く脱落することは目に見えている。シャルロットそう判断してラウラだけを視界に収める。敵が複数いるというのに、その中で1人だけしか見ていないというのが危険であることはシャルロットも承知している。それでも箒に眼を向けることはない。

 それもこれもラウラのおかげだ。自分独りで戦っているような振る舞いでワイヤー・ブレードを操り、レールカノンを撃つ。それが表面上の仲間にも襲いかかり箒の動きの妨げとなって、例え本人にその気がなくとも敵であるシャルロットと一夏を守っている。

 だからシャルロットは一点集中でラウラにだけ銃を向ける。一夏も箒に多少の注意を向けながらも切っ先はラウラを突き刺す。

 箒はシャルロットを狙うことを諦めて一夏へとブレードを振るう。後ろから斬りかかることへの後ろめたさと、ラウラの攻撃に巻き込まれる可能性を考えてのことだ。

 だが、いざ斬りかかろうと一夏に肉薄した時、右足が引っ張られるのを感じ取った。

 

「うわ!?」

 

 背後から何かが勢いよくぶつかってきて、シャルロットは射撃の体勢を崩してしまう。ラウラに対して前のめりに近づいてしまった。後ろから箒がぶつかってきたのだ。

 ラウラはニヤリと笑みを浮かべて、顔を差し出したシャルロットに向けて右腕のヒート・ブレードを振るう。顔に向けて振るわれた腕は人を傷つけることに全く躊躇がない。

 避けられない。瞬間的に結論づけたシャルロットは回避を諦めて大人しく拳をもらう。強い衝撃が頭を揺らし体が仰け反ったがシャルロットの思考は正常を保ち、伸びきったラウラの手首を引っ張る。

 狩られるだけの獲物が抵抗してきたことに、舌打ちをしたラウラの体をシャルロットは左腕に力を通わせて引き寄せる。ISの恩恵によって得た力で容易くラウラを引っ張ると、シャルロットはお返しとばかりにラウラの腹部に蹴りを突き刺した。

 

「かはっ!?」

 

 蹴りの衝撃でラウラの肺から空気が出て行く。腹を蹴られたことで体をくの字に曲げたラウラの頭を、シャルロットはバク転をするようにして足で打ち上げる。

 空中でクルリと回転したシャルロットが視線をラウラに向ける。視界には確かにラウラはいた。同時に視界の端々から6本のワイヤー・ブレードが迫り来るのを見た。

 

 

 

 

「おお、男らしいキックだね」

 

 普段のシャルロットからは想像できない肉を切らせて骨を断つ戦法。蹴り主体の私から見ればまだまだ甘いと言わざるを得ないが、彼女は蹴りに重きを置いた闘い方をするのではないので厳しく指摘する必要はないだろう。

 

「女らしくない不格好な蹴りだな」

 

 エミリアがため息を吐き出して言う。何故だか急に私の頭を抱き寄せてくるので、思わずその勢いを利用して頭突きをした。残念なことに抱きとめられて封じ込まれてしまったが。

 

「そんなに私の胸に顔を埋めたいのか? ふふ、好き者め」

 

 必死にエミリアの呪縛から抜け出そうとしているが、中々どうして抜け出せないものか。両腕で見事に頭を抱きしめられて抗っても弱まる気配を見せてはくれない。

 それにしても、さすが外国人だとしみじみ思う。何をかって言えば胸だ。私よりも大きい。それでも真耶よりかは控えめではあるけれど、ともかく私や千冬先輩よりも大きい。ちなみに私と千冬先輩は同じくらいだ。強いて言うなら私の方が多少控えめだ。

 

「離せエミリア。私の頭を解放しろ」

「……聞こえない!?」

「聞こえてる反応じゃないかい? 絶対聞こえてる反応だよね」

「いつまでも馬鹿をやるな。品性を疑われる」

「さっきまで寄ってたかって私をイジメていた織斑先生の言うことではありませんよね」

「何か言ったか、山田先生?」

「いいえ何も言ってません言えませんすいません許してくださいごめんなさい」

 

 ああ、駄目教師が集まっている。その中に私も入っているな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。