IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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13話

 先ほどまで蔓延していた緊迫した雰囲気はなくなった。千冬の出現が空気を一変させたのだ。

 残忍な黒色が見せる冷え切った視線は消え去り、ラウラは憧れを見るような熱のこもった視線を、彼女のもたらした惨状に苛立ちを覚えている千冬向ける。残念ながら、フィルターのかかったラウラにはそれが判断できていないようで、千冬の明からさまな舌打ちにも、視線に乗せられた熱は下がることはない。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 淡々と目の前に立つ人物の名前を呼ぶ千冬。持っていたブレードを地面に突き刺す。

 

「はい、教官」

 

 姿勢を正して応じるラウラ。何も悪いことをしていない、そう思えるほど綺麗な立ち姿だ。

 千冬の背中越しにその姿を見たシャルロットは、ラウラのあまりの変わりように眼を見開いた。あの冷気は何処に消えていった。

 

「模擬戦をするな、などとは言わない。だがな、お前のはやり過ぎていると言わざるを得ない」

 

 胸の前で腕を組んでラウラを睨みつける千冬。

 

「やり過ぎている……とは?」

 

 困惑を見せるラウラ。どこをどうやり過ぎているというのか、彼女には皆目見当もついていない様子だった。それを見る千冬の視線は力を増す。

 

「試合終了した後まで相手をいたぶるようなことを、お前は模擬戦の範囲内で収められることだとでも言うのか?」

「私は範囲内のものだと認識しています。此処の者はISを扱うことに関する認識も危機意識もない。そう判断して、私はより実戦に近い模擬戦を行ったに過ぎません」

「此処はIS学園。つまりは学校、扱うものに差はあれど教育機関であることには変わりはない。軍から入ってきたお前が、周囲との意識レベルに差を感じることは仕方がないことであろう。だがな、だからといって軍のやり方を、それもお前の勝手な判断で持ち込むことは許さん。お前の言う模擬戦を許す訳にはいかん」

 

 千冬の腕がゆっくりとブレードへと置かれる。

 

「今のお前の所属は軍隊ではない。IS学園一年三組、それがお前の所属だ。郷に行っては郷に従え」

 

 瞬く間にラウラの首筋に刃が置かれる。

 いつの間にブレードを引き抜いたのか、それを振るったのか。誰の眼にも捉えられることなく動き出した刃。それがいつでも自分の首をはねることのできる状態に、ラウラは生唾を飲み込んだ。

 

「学年別トーナメントまで、お前の一切の私闘を禁ずる」

 

 首から刃が離される。ラウラは表面上は平静を保って「了解しました」と頷いた。

 千冬のことを教官と言っているのなら、命令を違えることはないのだろう。シャルロットは次が起こらないことにホッと一息ついて、ISを解除する。ISの補助がなくなった為に、胸に抱いたセシリアの重さに改めて無事だと感じることができた。

 

「よかった」

 

 怒りに身を任せて応じたとはいえ恐いものは恐い。学年別トーナメントまでという期限があるが、安息は得られるのはありがたい。

 

「……よかった」

 

 真横から声が聞こえてくる。あれっと思って横を向くとエミリアがいた。視線は一点、シャルロットに向けられていた。向けられる瞳からは何も見えてこない。

 

「よかった?」

 

 同じ言葉がもう一度。だけどそれは問いかけるような響きだった。

 シャルロットはどう答えていいものか判断に困った。エミリアがどのような意味での問いかけか分からないからだ。

 だが、問いかけられた以上答えなければならないとシャルロットは控えめに「はい」と答えた。

 その答えに満足したのかどうか、エミリアの向けてくる視線からは何色も伺えないので、シャルロットにはまったく分からない。

 

「セシリアをこちらに」

 

 腕を伸ばしセシリアを受け取ったエミリアは、軽く息を吐き出してセシリアの体を片腕で抱きしめる。

 すぐ近くにあった温もりが手元から離れると、シャルロットの中に言いようもない不安が現れた。まだラウラの見せた恐怖から抜け出せていないのだろう。

 心を落ち着けさせる為に一度深呼吸をしようとしたシャルロットは、次の瞬間には呼吸することができなくなった。エミリアの手が彼女の首を掴んで圧迫してきたのだ。

 

「……よかっただと?」

 

 爪が皮膚に食い込んできた。痛い、なんて悲鳴をあげようにも喉を抑えられて、シャルロットは声が出せない。

 

「よかっただろう、千冬が助けに入ってくれたおかげで。もしも、誰も助けに入らなければいずれかの攻撃によって、お前に抱かれていたセシリアはズタズタに引き裂かれて死んでいたことだろうからな」

 

 喉の圧迫に息が苦しくなる中で、シャルロットはエミリアの瞳にようやく色を見出した。表情はラウラのそれよりも冷徹で、そこから感情を読み取ることは不可能であるが、瞳は隠すことなく憤怒の色を表している。

 

「セシリアを助けに入ったそうだな。そのことには感謝させてもらおうか、ありがとう、よくもやってくれた。だがな、その次からは許される行動ではなかった。意識を失って自衛することもできない負傷者を抱えたまま応戦するなど。まぁ、凰鈴音を抱えていた織斑が狙われていたそうで、それを見捨てなかったのは良い。問題は助けの手を伸ばしておいて、途中でその行為を放り出したことだ。手段がないと判断したのか? 自分の無力さに脳が停止したのか? 馬鹿だからか? 自殺願望があって、それでも自分だけ死ぬのは嫌だったから道連れを求めてか?」

 

 ずいっとシャルロットの眼前に自分の顔を近づけてくるエミリア。

 

「私には理由が分からない。仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない仕方がない」

 

 狂ったように同じ言葉を口ずさむ。

 

「理由が分からないのは仕方がないから、如何に素晴らしい内容であっても関係なく踏みにじることができる」

 

 喉にかかった力が消える。助かったなどと緊張したシャルロットの体が弛緩することはない。首から離れたエミリアの手がシャルロットの眼前で握り締められる。

 次に何をされるのか容易に想像できてしまい、シャルロットは必死に逃げようとするのだが、残念なことに四肢が緊張で固まって動かなくなってしまっていた。

 エミリアは自身が教師であることにも構わず拳を突き出し――シャルロットの鼻先に触れる寸前で、腕を曲げて自身の顔の横まで持っていった。

 肉を打つような音が響く。痛みによってエミリアが僅かに顔を歪めた。

 

「これ以上怪我人を増やそうとするな」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、千冬が呆れた顔でエミリアに言葉を投げかけていた。武力を以てしてエミリアを止めたのか、彼女の腕には千冬の手刀が止まっていた。

 

「そちらこそ、私の腕を切断するつもりか?」

「加減はしている。そのような心配はするな」

「腕が痺れるのだけど、これで加減?」

「加減など、する側の問題であって、される側にそれが加減されているかどうか分かることではないだろう」

「なるほど。それはともかくとして、これで保健室で長居する口実ができた。感謝させてもらおうか、ありがとう、織斑先輩」

 

 2人のやりとりを聞いて、シャルロットは緊張の糸が切れてしまった。今更になって涙が出てきた。

 不意に脇に腕を通され、凄い力で体を立たされる。いきなりだったので、ふらりとしてしまったが、何とか足に力を入れて姿勢を整える。すぐ脇に千冬がいたので、シャルロットを立ち上がらせたのが彼女であることは容易に分かった。

 

「デュノア、織斑。念の為に怪我をしていないか保健室で見てもらうように」

 

 千冬の言葉に、シャルロットは自分を助けてくれるであろう遊姫の顔を思い浮かべた。すぐにでも会いに行きたい。

 シャルロットは背後にぴったりとついてくるエミリアを気にしながらも、心は渇望しながらも足取りはゆっくりと保健室まで向かった。


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