IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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11話

「いつでも相談に乗るから」

 

 シャルロットの男装がバレて以来、一夏が口にする言葉だ。純粋な善意によっての言葉だということは、情緒が安定したシャルロットにも分かった。そう言ってもらえるのは嬉しいが、その差し伸べられた手に触れたいとは思わない。

 それは、遊姫が差し伸べてくれた手に対しても同じだった。頼りになる、という点では一夏よりも遊姫の方だが、だからといって手を延ばすということはしない。救いの手が、必ずしも事態を解決に導くとか限らないからだ。シャルロットは、自身の抱えている問題が一夏だろうが遊姫だろうが関係なく、解決することができないと考えている。決して信頼の問題ではないのだ。

 あの日から、同室の一夏とは多少ぎこちない状態だ。シャルロットの方が勝手に壁を一枚挟んで接しているだけなのだが。かと言って、何でもかんでも拒否拒絶を貫いているのではない。一緒にISの訓練を使用と申し出があれば、断る理由がない場合は応じている。

 放課後に訓練しないかと問われれば、ひと呼吸おいてから了解の返事を返す。

 

「今日は第三アリーナだったよな」

 

一夏の確認するような声に、シャルロットは思考の海から意識を浮かび上がらせる。肉体の制御が疎かになっていたが、幸い廊下には人がいなかったようで誰かにぶつかるということはなかった。

 

「人がいないね」

 

 時間の割には閑散としている廊下に、シャルロットは不審に思った。第三アリーナが比較的空いているとは聞いたが、道中にもこんなに人が見えないものだろうか。

 歩を進めるに連れて、段々と人々の声が聞こえてきた。

 

「何か騒がしいな。何かあったのか?」

 

 自然と足を早めて廊下を進む一夏。シャルロットの耳にも音は聞こえてきた。悲鳴にも聞こえるその音に、彼女も一夏の背中を追いかけた。

 第三アリーナに近づけば近づくほど、シャルロットの耳に叫び声や悲鳴が明確に伝わってくる。その不穏な声に呼応するかのように、心臓が早鐘を打つのが感じられる。

 確か、セシリア達も第三アリーナで練習するって言っていた。

 関係があるかもしれないと思うと、シャルロットの額には汗が浮かぶ。杞憂に終わってくれれば良い。

 アリーナに入ると一夏はピットの方向ではなく、観客席の方へと駆けていった。その背中に「一夏」と言葉を投げる。

 

「こっちの方が様子を見るには早い」

 

 それだけを言って、観客席へと消えていった一夏。今の自分は冷静でいられていない。一夏の方がよっぽど冷静さを保っている。

 シャルロットは「冷静に、冷静に」と自分に言い聞かせながらも、急いで観客席に向かった。

 観客席は第三アリーナは空いているという情報が過ちなのでないか、そう思わせるほど人で溢れかえっていた。どれも顔色がいいとは言い難い。

 だが、すぐにシャルロットもその一員に加わることになった。観客席を守る障壁越しに見た惨状に。

 

「セシリア!」

 

 シャルロットの眼に飛び込んできたのは、所々の装甲が剥げた『ブルー・ティアーズ』と鬼の形相を浮かべたセシリアだった。

 セシリアの口が動くが、障壁のせいで何を言っているのかは分からない。ただ、通常以上の感情が込められているのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

「数の有利も活用できずに!」

 

 フレームが歪んで使い物にならなくなったレーザー・ライフルを投げ捨てたセシリアは、近接戦用ブレード『インターセプター』を呼び出す。彼女の戦闘スタイルは遠距離からの射撃が中心であって、ブレードの扱いなど素人に毛が生えた程度でしかない。

 特殊兵器『ティアーズ』も四機が破壊され、残ったのはレーザー砲型が一つ、ミサイル搭載型が一つ。火力不足は明らかだが、それでもやるしかないのが現状だ。

 

「セシリア、生きてるならとっとと復帰しなさいよ!」

 

 鈴の叫び声の後に、衝撃砲の轟音が響き渡る。見えない砲弾は地面を抉るだけで、ラウラを捉えることはできなかった。

 衝撃砲を逃れたラウラに向けて『ティアーズ』を解き放つ。愚直なまでに真っ直ぐに飛んでいく『ティアーズ』は、ラウラの進行方向を塞ぎ砲口から熱線を迸らせる。

 熱線は大気を走り敵を焼かんとするが、ラウラは苦もなく回避してみせた。

 

「程度が低い、素人!」

 

 第二射を放つよりも早くラウラの腕が振るわれる。彼女の腕を包む装甲、その一部に取り付けられたブレードが高熱を帯びて発光する。腕部ヒート・ブレードが『ティアーズ』に触れると、その装甲を高熱で溶断した。

 

「そのようなものにまで相手をしていただけるとは、思いませんでしたわ!」

 

 ラウラに肉薄してきたセシリアが『インターセプター』を突き出す。鋒が相手のシールド・エネルギーを削る。衝撃で後方に飛んだラウラに対し、セシリアは更なる一撃を加えようと追いかける。危険だということは分かっているが、遠くの敵を狙える武器がなくなった以上、下手に距離を離せば次のチャンスが来る前に嬲り殺しにされる。

 両手でブレードを突き出す形で構える。後先を考えずにスラスターを全力で噴かせて突撃をかける。

 眼を見開いて獲物を睨みつけたセシリアの一撃は、ラウラに触れるかどうかの距離で強制的に止められた。

 

「分かりやすくて何よりだな!」

 

 右の手のひらをセシリアに向けただけでその動きを止めたラウラ。ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が持つ、第三世代型の特殊兵装『停止結界』の力がセシリアを掴んだのだ。

 

「だからこそ、簡単に引っ掛けることができる」

 

 必死に体に力を入れるセシリアの首に、熱を帯びた腕が叩き込まれる。バリアーの存在によって首と胴体が別れることはなかったが、衝撃によってセシリアは一瞬呼吸が止まった。

 

「舐めんなぁ!」

 

 ラウラがセシリアに気を取られている間に、背後に周り込んだ鈴が『双天牙月』で斬りかかる。体全体を回転させて生み出した力で振るわれた刃。

 地面へと叩き落とす勢いで振り下ろされた刃を、ラウラは剣の腹を蹴って逸らす。そして、お返しと言わんばりに左肩のレールカノンが弾丸を吐き出す。電磁加速を受けた弾丸は、攻撃を逸らされ無防備となった鈴の体を弾き飛ばす。

 

「貴様の方が、だ」

 

 右肩の装甲部分から2つの刃が飛び出す。刃の後方には小型のスラスターと、本体から伸びるワイヤーが繋がっていた。腰の装甲から飛び出した刃が四枚加わり、六のワイヤー・ブレードが鈴を切り刻もうと襲いかかる。

 だが、ラウラの背中が爆発したことで狙いが逸れて、ワイヤー・ブレードは鈴の体に突き刺さることはなかった。

 

「まだ……終わっていなくてよ」

 

 セシリアは最後まで残った『ティアーズ』をミサイル共々爆発させたのだ。『ティアーズ』が稼動するためのエネルギーごと爆発させたので、弾頭の大きさの割には派手な爆発が起こり、ラウラと至近距離でミサイルを使ったセシリアを包み込む。

 なけなしのエネルギーはもう底を尽きる。それでもまだ抵抗はできる。セシリアはブレードを振るって、ラウラと切り結ぶ。だが、剣に明るくないセシリアの斬撃は5秒も触れることは許されず、相手の振り上げた腕によってブレードは空に弾き飛ばされる。

 全ての武器を失ったセシリアは内心で舌打ちをする。

 

「終わりだ」

 

 ラウラが口元を歪めるのを確認したセシリア。ラウラの肩越しに鈴が迫り来るのも同時に見た。

 おそらく、ラウラは背後の存在に気がついている。気がついた上で、わざと背を向けているのだ。だが、それは鈴も同じである。気づかれていると分かっていながらの接近。万が一の奇跡を求めている。

 

「させるか!」

 

 分離させた『双天牙月』で斬りかかる鈴を、獲物がかかったと振り返って迎撃しようとするラウラ。武器を失い戦う手段を失ったセシリアなど、もはや眼中にない。牙のない獲物に背を向けてしまったのだ。

 このままでは、さっきと同じような目にあう。そう思ったセシリアにプライベート・チャンネルで怒声がぶつけられる。

 

「今よ!」

 

 最初からそう考えていたのだろう。ラウラの注意がセシリアから逸れた瞬間に飛んできた言葉。

 武器のないセシリアにとって、「今よ!」なんて言われたところでどうすることもできない。普段なら打つ手なし、と結論を導きだすだろう。

 一矢報いる。その思いがセシリアを動かした。

 

「な、なに!?」

 

 セシリアは無防備となっているラウラの背中に向かって、力いっぱい両腕を伸ばしその体を突き飛ばしたのだ。

 吹き飛ばされるとまではいかないが、前のめりになってしまうラウラ。迎撃のタイミングを崩された彼女の眼前には、してやったりという顔をした鈴と同時に振り下ろされる刃。

 

「せっ、い!」

 

 シールド・エネルギーを抉る刃に力を込め、ラウラを地面へと叩きつける。追いかけるように放たれた見えざる弾丸が、容赦なくラウラにぶつかり地べたに跪かせた。

 

「どう、これがあたし達の力よ!」

「ようやく、と言わざるを得ない状況ですけど」

「関係ない!」

 

 笑顔でセシリアの言葉を切り捨てた鈴は、更なる一撃を放とうとして止めた。エネルギーが底を尽きそうになっていたのだ。

 

「これで終わってくれると大助かりなんだけど」

 

 眼下でゆらりと起き上がった黒色に、鈴は分離した『双天牙月』の片方をセシリアに渡して、強敵の攻撃に備える。武器を受け取ったセシリアも慣れない近接戦用の武装を構えた。一撃受ければ負けが確定する状態だが、生憎2人の頭の中には降参も痛み分けも存在しない。勝利と敗北の2つだけ。極端な道だけがあればいい。

 戦意を維持する2人は、地上から見上げてくるラウラの動きに注目した。些細な動きも見逃すまいとする彼女達は、ラウラが嘲笑にも似た笑みを浮かべたことに、背筋に悪寒が走ったのを感じた。

 

「貴様等の敗因は」

 

 プライベート・チャンネルで聞こえてくる言葉は、あの笑みが嘘かと思うくらい冷淡なものだ。

 

「やはり、その程度のものでしかないということだな」

 

 言葉が終わった。それを認識したのは、2人の間を電磁加速した弾丸が抜けた後だった。

 

「セシリア!」

 

 鈴の声に焦りが隠すことなく現れている。

 気圧された。

 鈴の声でようやく動き出したセシリアは武器を握る手に力を込めた。

 地上から真っ直ぐに向かってくるラウラ。漆黒の装甲からワイヤーが伸びている。

 迫り来る5つのワイヤー・ブレードの存在を確認したセシリアは、曲線を描いて肉薄する刃に向かって飛び込む。体を刃の隙間に潜らせ回避する。

 武器を突き出して相手の懐に飛び込もうとしたセシリアはしかし次の瞬間には体をワイヤーに絡め取られて動きを封じ込まれた。攻撃を避けられたワイヤー・ブレードはセシリアの背後で方向転換、円軌道を描いて彼女を巻取ったのだ。

 

「な、しまった!?」

 

 言った時には全てが遅かった。体全体が思いもよらぬ方向に引っ張られ、景色がぐるぐると世話しなく動き回る。ラウラがセシリアを拘束したワイヤーを掴んで振り回していた。

 

「それ以上やらせないわよ!」

 

 巧みに『双天牙月』を振り回して鈴がラウラに迫る。

 鈴の接近にラウラはワイヤーを振り回したままで、構えも何も見せていなかった。

 舐めてくれるじゃない。

 そう思ったのは一瞬。体が向かう方向とは逆の方から抵抗を感じた。左足が引っ張られる感覚に、急いで確認すると、足にワイヤー・ブレードが絡みついていた。

 

「仲良く墜ちろ」

 

 ハッとなって視線をラウラに戻した瞬間、セシリアをぶつけられ鈴は地上に叩きつけられた。


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