IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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7話

 校内に設けられた自販機スペースは、缶やペットボトルを販売しているタイプが四つ、紙パックを販売しているのと携帯食を販売しているのが一つずつの計六台の自販機がポツンと置かれている。近くにはベンチが一つ置かれているが、昼時だというのに人一人っ子いない状況だ。おそらく此処にはない物を買える購買や、お茶が無料で飲める学食にでも流れているのだろう。もしくは、既に混雑する時間を終えたかだ。

 どんな理由にしろ、空いているのだからありがたく思うべきかな。

 私は自販機の品揃えを確認した。残念ながら、ほうじ茶は扱っていないようだ。

 先にあの師弟コンビの物を買っておこうと、自販機の投入口に硬貨を丁寧に入れる。コーヒーのブラックと紅茶のストレートのボタンを押して、商品を購入した。

 ひとまず釣銭を回収してから、今度は自分の分を何にするかを考える。結論は一瞬で出てしまった。ペットボトルの麦茶で構わないだろう。

 買う物を買ったので帰ろう。そう思ってくるりと自販機から背を向けると金髪が目に入った。一瞬、セシリアと思ったが、目の前の人物にはあの豊かさはない。そもそも、誰だと考える必要はない。先ほど写真付きの資料を見たばかりなのだから。

 

「やあ、シャルちゃん」

 

 先制攻撃を仕掛けてみる。

 

「え!? あ、はい。こんにんちは」

 

 彼女の偽名である『シャルル』とも本名の『シャルロット』とも取れる名前を言ってみれば、これでもかと言わんばかりに慌ててくれるシャルロット。ちゃん付けしたのも関係しているかもしれない。

 

「えーっと……失礼ですが、どちらさまでしょうか」

 

 自分を落ち着かせる為に深呼吸をしたシャルロットは、困ったような笑顔を浮かべて問いかけてきた。

 

「あらあらまあまあ、私の名前を知らないなんて。来たばかりだからしょうがないよね」

「すみません」

 

 浅く頭を下げて謝るシャルロット。本当に申し訳なさそうだ。

 

「気にしない。世の中知らないことばかりが溢れているんだから」

 

 誰も彼もの名前を知っている奴ほど信用し難い。何か打算があるようにしか思えてならない。もしかしたら、私が疑り深いだけなのかもしれないが。

 それにしても、有名人が1人でどうしたのだろう。物珍しさで引っ付いてくる者が1人や2人いてもいいはずなのに。

 

「ところで、どうかしたの?」

 

 此処にいるのだから、十中八九飲み物を買いに来たのだろう。だから、それ以外の答えがほしいところだ。

 私の質問にシャルロットは笑みを浮かべて「飲み物を買いに来ました」と、分かりきった答えを口にしてきた。特に大したことはない、そういうことだろうか。

 

「あ、あの……名前」

「うん?」

「貴女の名前は」

 

 すっかり忘れていた。私自身の名前を彼女に教えていないじゃないか。

 

「ああ、ごめんね。月村遊姫って言うんだよ。保健の先生をやってるから、そこそこ以上の怪我をしたらどうぞ」

「シャルル・デュノアです。こちらこそお願いします」

 

 シャルロットが右手を差し出してくる。私も右手を差し出して、その男らしくない綺麗な手と握手する。正直、こんなものではすぐにでもバレてしまいそうだ。手もそうだが、そもそも全体的に男と言い張るには難しい部分がある。綺麗に整った小顔も華奢な体付きも、男とするにはかなりの無理がある。顔だけならば中性的なので誤魔化せるかもしれないが、全体的に見ればやはり男とは言い難い。彼女はどこまで通用するかを考えているのか。

 

「よし、自己紹介も終わったことだ。ちょっと付き合ってくれるかな?」

「はい?」

 

 キョトンとした顔を見せるシャルロットを放って、私はベンチに腰を下ろす。エミリア達には悪いけど、急を要することもない。

 そんなことよりも今は、シャルロットがどうして男装をしているかの方が気になる。同じく自分を偽っているから気になっているのかもしれない。

 いきなり馴れ馴れしく接してくる私を、シャルロットは多少の警戒の色で見てきた。分からないことではない。私だっていきなりの人間を無条件で好きになれるなんてことはない。

 仕方ない。警戒心を解くに餌を差し出すのが分かりやすいと考え、ベンチから立ち上がって「どれ飲む?」と自販機を指差す。

 

「あの?」

 

 私のやろうとしていることが分かっていないようで、シャルロットはどう言えばいいのかと困った声を出す。

 

「せっかくだから奢ってあげるよ。何が飲みたい?」

 

 そう言えば、シャルロットは首を振って私の申し出を断ろうとする。

 

「あの、お気持ちだけで結構ですから」

「そっか、分かった。君の気持ちを尊重してあげよう。それで、何にするか決めた?」

「尊重されていないように感じられるのは気のせいでしょうか?」

「気のせいだよ。私だって非道じゃないさ。ちゃんと、シャルちゃんの気持ちは尊重してあげるよ。だから、私の気持ちも無下にしないで欲しいな」

 

 自身のを取るか、私のを取るか。

 

「分かりました。他人の好意を蔑ろにすることは良くないですよね」

 

 シャルロットはそう言って、自販機の方に視線を向けた。

 

「そうだよ。せっかくの好意は受け取っておくもの。受け取らない方がいい時もあるけど、今回はそうじゃないから」

 

 自販機を見ながら、どれにしようか迷っているシャルロットの隣に付く。

 

「遠慮しないでいいから。どれだけ高くたって構わない。言葉に責任は持つ――」

 

 ――つもり、と言いそうになって止めた。責任を持つことはもうしないと決めたのに。なのに何の抵抗もなく言い切ってしまうところだった。

 

「高いって微々たるものですけど?」

「……そこは価値観の違いだね」

「そうですね。あ、これをお願いしていいですか?」

「はいはい了解」

 

 表示されている値段ピッタリの硬貨を入れてボタンを押す。ガタンっと物が落ちる音がして商品が出てきたので、ソレを取り出してシャルロットに手渡す。アイスココアを選ぶあたり、甘党なのだろうか。

 私が再びベンチに座ると、シャルロットもそれに倣って隣に座った。横に倒したペットボトル分の間隔が空いていた。

 何かを話す前に、私は麦茶で喉を潤す。

 

「さて、単刀直入に聞きましょうか」

 

 失言させて認めさせる。そんな手法など持ち合わせていないから、真面目な顔して直球勝負を仕掛けて反応を見ることにしよう。

 

「君は女の子だよね、シャルロット・デュノアちゃん?」

 

 周りに人がいないことを確認して、それでも用心に越したことはないと小声で問いかける。

 

「え!? ……何ノコトデショウカ?」

 

 シャルロットの明からさま過ぎる態度に私は失笑してしまい、せっかく作った真剣な表情が崩れてしまった。

 

「何のことってことはないでしょうが。此処はISについて学ぶ学校だよ。気軽に男の子と偽って入れる所じゃない。君の資料にはちゃんと女の子って書いてあるさ」

「じゃあ、教員全員が知っているんですか!?」

「おそらくね」

 

 確実に千冬先輩は知っているだろう。担任が自分の生徒の資料に目を通さないなんてことはないはずだから。つまり、シャルロットの男装は千冬先輩からの許可がおりている訳だ。

 教師達に男装がバレていない思っていたのであろう。シャルロットはオロオロとしていた。

 

「別にバラそうって訳じゃないから落ち着きなよ」

「本当ですか?」

 

 ぐいっと怯えを貼り付けた顔を近づけてくるシャルロット。心なしか、顔色が悪くなっている。

 

「信用してくれて良いよ。こっちも言った言葉には責任を――」

 

 顔面蒼白なシャルロットを落ち着かせようとして、口から飛び出してしまった『責任』という言葉。また、やってしまったようだ。しかも、状況から途中で言葉を切り上げてしまっては、シャルロットを絶望に突き落としてしまう。その場限りでの安心させる言葉であったが、彼女の顔色からその場限りでのものでは済まされそうにない。文字通り、言った言葉には責任を持たなければならないだろう。

 

「――持つからね」

 

 内心でため息を吐き出しながら言葉の続きを吐きだした。同時にひんやりとした風が肉体を通り抜けて、何かモヤモヤと形容し難い物が剥がされるのを感じた。


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