IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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6話

「お昼ご飯買ってきて」

 

 期待なんてものはまったくなく、切り捨てられることを前提に投げかけた言葉。これが、1つの悲劇をもたらすことになるとは思わなかった。その悲劇は私に降りかかることはないから、関係のない話だけど。

 

「いきなり使いっぱしりとはな。オルコットにでも頼むか」

 

 私の言葉に対して携帯を取り出したエミリア。私の何気なくの言葉に、真面目に反応しないでいただきたいものだよ、エミリア。可哀想に、おかげでセシリアは小間使いか何かだ。お嬢様なのに謎の降格処分だ。

 冗談でもなく携帯を操作するエミリア。止めなければならないだろうか。いや、お腹が空いて動きたくない私としては、願ったり叶ったりの状況だ。止めるなんて無粋なまねはできない。エミリアのご好意と、セシリアという尊い犠牲を、笑顔でニコニコ甘んじて受けよう。

 

「オルコット。お前を含めた3人分の飯を持って、保健室に今すぐ来い。以上」

 

 最低限の言葉だけ言って、携帯をしまうエミリア。罪悪感の欠片も感じることはできない。そして、私の心も罪悪感に蝕まれるということはない。この保健室は駄目教師の巣窟だ。

 

「反面教師の鏡だよ、エミリア」

「構わないだろう。こっちは嫌々ながらも生徒達にモノを教えているんだ」

「私達はその生徒達から給料を貰っているようなものなんだけど」

「知らん」

「でしょうね」

 

 整理整頓の行き届いた机の上に置かれている来訪者リストを眺める。そこには保健室利用者の名前と処置を受けた内容がズラリと書かれている。上から下までびっしりとだ。そのほとんどが一年生。午前中のISを使った実習授業が原因なのは一目瞭然だ。大体が取るに足らない小さな傷だったので、保健室からの退出をお願いしたかった。しかし、千冬先輩によってソレは許されず、懇切丁寧に治療することになってしまった。絆創膏が底を尽きてしまったので、買い出しに出なければならなくなった。

 机の引き出しを開けて、来訪者リストを放り込む。引き出しの隅に緑色の指輪が転がっていたが、気にせずに閉める。必要のない物を出すこともない。

 

「遅いな」

 

 保健室の入口を一瞥してエミリアが呟く。無駄な音が闊歩していないので、しっかりと聞き取ることができる。

 

「まだ電話してから5分と経ってないよ」

「アイツは代表候補生だろう」

 

 代表候補生ハイスペック説が、エミリアの頭の中にあるようだ。一年一組の教室から購買までは優雅に歩けば5分くらい、走れば2・3分くらいだろうか。確認したことがないから分からない。今言えることは、電話してから5分では買って此処まで来るのは不可能だ。ISでかっ飛ばせばできるかもしれない。その勢いのまま退学するけど。

 

「セシリアちゃんも期待されてるね」

 

 お昼ご飯を5分以内で持ってくることは期待していないだろう。でも、なんだかんだで仲良くやってるそうだから、IS関連では期待されていると思う。エミリアはきっと素直でないだけだ。

 

「ああ、忠実な奴だ」

 

 IS関連の方が期待されていないね。

 当人達の問題だからどうでもいいか、と私はそれ以上のことは言わないことにした。何を言ってもセシリアを救うことはかなわないのだから。

 私は机の隅にあるノートパソコンを引き寄せて起動させる。マウスを動かして、1つの情報を画面上に出して眺める。

 画面上に浮かび上がったのは『シャルロット・デュノア』という転校してきた女子生徒の名前だ。フランスから送られてきたデュノア社のテスト・パイロットで、男装を趣味としているらしい。男子の制服を来ていて、『シャルル・デュノア』と名乗ったと千冬先輩から聞いた。趣味の男装を学校まで持ち込むとは、中々個性的な転校生だ。おかげで、生徒達は男子生徒だと誤認してしまったようだ。シャルロットは軽い気持ちで男装したのかもしれないが、これは大変なことになるだろう。聞くところによると、一組は日本人と留学生の間に厚い壁があって、お互いに相容れない状況にあるらしい。男子としてみられている内は日本人側も嬉しそうにシャルロットを受け入れるかもしれない。でも、男子ではないとバレたら一気に責め立てられる。日本人側からしてみれば騙されていたようなものだからだ。それも、対立している留学生側にだ。

 

「それこそ関係のないことだけどね」

 

 ノートパソコンを閉じると、タイミングよく保健室の扉が開かれる。ノックを忘れてしまうなんて珍しいと思いながら、ビニール袋片手に保健室にやってきたセシリアを見る。

 

「も、持ってまいりました」

 

 涙目での言葉ならイジメだろうが、セシリアは何処か誇らしげな表情でお使いの品物を掲げる。そんなに難しいことではないんだけどな。そう思いながらも、私は拍手でセシリアの来訪を歓迎する。

 

「お疲れ様」

「おかしな物は買ってきていないだろうな」

 

 労いの言葉の1つもないエミリア。残酷だね。

 

「お口に合うか分かりませんが、わたくしなりに考えて揃えてきましたので大丈夫ですわ」

 

 少しだけ自信なさげに言うセシリア。私の机の上にコンビニの袋を置いて、中から買ってきた物を1つずつ出していく。どれもこれもおしゃれな名前のパンばかりだった。

 

「中々のセンスだね」

「そうだな。もし、アンパンなんぞが存在していたら……」

「……悩みましたが、今は買わなくてよかったと思いますわ」

 

 青ざめながらも、ホッと息を吐き出すセシリア。安心したのか、なめらかな手つきでパンを並べた彼女は、期待に満ちた表情を浮かばせて「お好きなのをどうぞ」と言った。

 私はお言葉に甘えて、好みの物を2つ手に取った。エミリアもセシリアも同じく2つ。

 

「中々のセンスだけどね」

 

 机の上に綺麗に置かれたパンの整列を眺める。その数は5つ。女3人でこの量を消費するのは辛い。

 

「量の間違いは減点だね」

 

 私はパンを口に運びながら言った。どのようにしたら、3人で11個のパンを食べきることができると結論づけたのだろう。気になったので聞いてみることにした。

 

「え、あの、エミリア先生も遊姫先生も良く食べるのかと思いまして」

「だとしても多い」

「あー、そうですわね」

「大方、数打ちゃ当たるの考えで種類も量も多くなっただけだろう」

「……返す言葉もございません」

 

 師弟の微笑ましいやりとりに私はクスリと笑う。エミリアとセシリアは息の合ったコンビなのかもしれない。

 私はパンを喉に通したことで、水分を欲して机の上を見渡す。パンしかなく、液体の入ったペットボトルもカップもない。

 私は立ち上がってほうじ茶を淹れようとする。だけど、ほうじ茶は切らしてしまっていた。そういえば、先ほど止めを刺したばかりだったことを思い出した。

 ほうじ茶でなくてもいいから何かないか。冷蔵庫を開けても、真耶ちゃん御用達のオレンジジュースしか入ってない。セシリアが不法滞在させている紅茶の姿は見当たらないので、代替することはできないようだ。

 さて、つまるところ誰かが飲み物を買ってこなければならない訳だ。先ほどの流れから行くと、適任者はセシリアだろう。だけど、此処は師弟に絆をより強固なものにしていただきたいので、邪魔者な私が行くべきだ。

 

「行ってくるからね」

 

 何もかもが足りない言葉を2人に投げて、保健室から出て行く。背後で何かを言われたが、聞こえなかったことにして、自販機のある場所へと向かった。


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