IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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5話

 広い廊下を、一年一組の生徒達が全速力で駆けていく。必死の形相を浮かべた集団の、そのだれもが遅刻することに対して恐怖をしていた。恐怖は彼女達に普段では想像もできない力を与え、遅刻を回避させた。そのせいか、第四アリーナには息も絶え絶えの集団がいた。身につけているISスーツが汗を吸収してくれるので、額以外からはベタついた感覚はない。

 セシリアは荒い息を吐き出しながら、ゆっくりと周囲を見渡す。授業前から既に疲労困憊の一組と、それを呆れた様子で眺める二組。一人だけ疲れた様子もなく優雅に微笑でいるリセルと、その後ろに控えているルベリー。留学生組の生徒達が平然としているリセルに文句を飛ばしている。ルベリーに抱えられていたリセルは体力を消耗していないのだから、周りが非難するのは仕方がない。セシリアも例外ではない。呼吸を整えることに意識を集中させているだけで、それがなければ一緒になって文句をぶつけていた。

 周囲に目を向けていると、シャルルの姿が見えないことに気がついた。あれ、と思い、セシリアはもう一度周辺を見渡すが、あの金髪と柔らかい笑みを持った男子は見つけられない。同時に一夏の姿もないのだが、彼に関してはこの手の授業では遅刻か遅刻ぎりぎりなので、セシリアには気にならなかった。

 

「どこにいったのかしら?」

 

 ようやく呼吸が安定してきたセシリア。彼女は自分の居る位置からでは見ることができない所にシャルルが居ると思い、疲労が抜けていない足を動かそうとした。だが、千冬がアリーナに集まった生徒達に整列をするよう指示を飛ばしてきたので、セシリアは捜索を諦めて、整列することにした。

 整列している最中にもシャルルの姿を探したが、見つけることはかなわなかった。同じ男子で仲良く遅刻ということですか。勝手をしらなくての遅刻、もしくは男子同士で談笑していての遅刻。どちらかは知らないが、シャルルも一夏も遅刻は確定した。後は授業に遅れた報いを受けるだけだ。

 セシリアが心の中でため息を吐き出したタイミングで、遅刻者2名が急いでこちらへと駆けてきた。切羽詰った表情の一夏が先を走り、その後ろを疑問を浮かべた表情のシャルルが走る。シャルルは一夏が何故そのような表情をしているのかが分かっていないようだ。

 

「遅い」

 

 遅れた二人に待っていたのはその一言だけで、特に手をあげるということはなかった。千冬と体罰をイコールで結びつけている自分がいるとセシリアは思った。

 一夏が箒の隣へと向かい、シャルルはセシリアの所へとやってきた。

 

「いつの間にかいなくなったので心配しましたわ」

 

 隣に並んだシャルルにセシリアは声をかける。警戒の視線を千冬へと向けたままだ。

 

「ごめんね。ちょっとはぐれちゃって。織斑くんのおかげで何とかたどり着いたけどね」

「……それはこちらのミスと言わざるを得ませんわね」

「別にセシリアの……」

 

 シャルルの言葉は途中で途切れた。千冬の視線が生徒全体を見渡すかのように動いたからだ。千冬の鋭い視線は規則正しく整列した集団の中を這い回る。授業を始めるにあたって、彼女は授業を妨害する者や意識の逸れている者を探しているのだ。

 千冬の視線は途中で止まった。セシリアはドキリとしたが、その視線が自分達に向けられていないと分かると、ホッと胸をなでおろした。

 自分が狙われていないと分かったセシリアは、千冬の目が誰を捉えているかを確認する為に、彼女の視線を追った。

 ああ、馬鹿がいますわ。千冬の視線の先にいたのは、列の最端にいた一夏と箒だった。彼等の後ろには二組の鈴がいた。一夏が何かをやらかしたのか、とセシリアは考えた。だが、一夏は口を開かずに黙っていた。少し迷惑そうな顔をしている。隣にいる箒と後ろの鈴の口が動いているので、2人で何かを言い合っているようだ。本人達は隠れてコソコソとしているつもりだろうが、生憎、相手が悪すぎたとしか言えない。

 

「安心しろ。お前達もその馬鹿の仲間なのだからな」

 

 ゆっくりと近づいてきた千冬が言葉を言い終えた瞬間に、乾いた音が二回鳴った。箒と鈴の頭がぐらりと前のめりに傾いたことから、頭を叩かれたのだろう。セシリアは驚くしかなかった。いつの間に振り抜かれたのか、全く見えなかったからだ。

 

「次元が違いすぎて笑うしかできませんわ」

「え?」

「何もなくってよ」

 

 尊敬の念を寄せていないが、元国家代表の実力の片鱗を垣間見たセシリアは再確認させられた。自分の立っている位置は、国家代表からはまだまだ遠いところにいる。

 先程までいた場所に戻るの千冬の背中を、セシリアは関心を以て見つめた。

 

「授業をはじめるぞ」

 

 千冬によって授業の開始が告げられた。


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