IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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2話

 朝食を終えた私は自分の足で職場へと向かった。

 IS学園。私のかつての母校であり、現在の職場である。

 正式名称インフィニット・ストラトス、通称ISと呼ばれる飛行パワード・スーツ。世界に現れたよく分からない兵器で、現存する軍事兵器の中でも小型で戦闘力の高いものだ。だがとある理由から世界の全てで正式配備されているわけではない。

 ISの出現は今からちょうど30年前、自分の仕事に悪戦苦闘している平和な国や失業者対策に頭を悩ませる国など安定と不安が混ぜこぜになっていた世界。米国の何処かで軍事演習が行われていた。演習の最中にISが突如姿を現したらしい。散々米国の軍隊をかき乱してISは姿を消した。それから不定期に各国の軍事施設等に現れた。相手の素性も目的も分からない襲撃によって一年もすればISの名前はともかくとして存在は認識された。

 今から28年、最初の襲撃から2年が経過した頃にISの名前が何者からかによって伝えられ、ISコアと呼ばれるものが提供された。そしてISが世界に広がっていったようだ。

 私が生まれるよりも前のことであり、また情報が不確かなこともあって何処までが正しい情報で何処まで誤情報であるのか見当がつかない。

 

 IS学園へとたどり着いた私は寄り道することなく真っ直ぐ保健室へと向かった。

 保健室へ入るなり私は部屋の中に勝手に置いたポットでお茶を淹れた。それから愛用のキャスター付きの椅子に座ってのんびりタイムへと突入する。

 今日は新しい一年生がやってくる日なので保健室を利用する者はあまりいないだろうと思ってのことだ。利用者が現れたら現れたでその都度保健医らしく対応しよう。いつでもどこでも気を張ってウェルカム状態でいるのは疲れてしまう。

 私はほうじ茶を飲みながら椅子をゆっくり回転させる。

 先ほどから何かを忘れている気がする。今日は新入生が入ってくる日だ。とても重大な日で、学校側からしてみれば忙しい日だ。そんな日に私はのんびりとお茶を飲んでいられるだろうか?

 ふむ、と顎に手を当てて考えてみる。考えているような仕草をしたところで特に頭の回転は速くならない。格好だけというやつだ。

 

「あ、ああ、ああああー。一体なーにがあったっけ?」

 

 声に出してみるが効果はまったくない。

 足で床を蹴って椅子の回転を速める。

 ぐるぐる。

 

「今日はなーんの日、何があるんだっけー?」

 

 ぐるぐるぐるぐる。

 

「思いだーせだーせ、そしてわっすれちゃえー」

 

 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。

 

 椅子の上の体は忙しく横回転する。日頃から回転しているので目が回るということはない。

 だが、この瞬間はお茶を飲むことができなくて残念だ。

 何回転したのか分からないがけっこう長い時間回り続けた。途中から考えることを止めて回転することだけを楽しんでいた。思い出せてしまったからだ。

 

「あーあ、職員会議があったんだよ」

 

 思い出せたからどうしたというのか。高々職員会議ごときで私を止められるとでも思っているのか。私はいつでも自らの力と意志を以て自由を選択する。自由を何でもかんでも許されていると勘違いしているような若者のように。要するに私は大人として守って当たり前なことも守れない駄目人間だ。

 だけど、こんな自由人な私を職員会議へと連れ出そうとする無粋なのがいる。正義と悪は表裏一体、分かりやすい構図だ。

 そろそろ迎えがくるだろうと回転を中止して身構えていると、保健室の扉が力任せに開け放たれる。

 

「どういうつもりだ」

 

 スーツ姿が凛々しい私の高校時代からの先輩、織斑千冬がずかずかと保健室へと入ってくる。

 

「……などとはもう問わない。常習犯め、とっとと立て。お前が不在なせいで会議が止まっているのだからな」

 

 その顔は怒りを通り越して呆れの表情だった。

 

「出迎えお疲れ様です、千冬先輩」

「ご苦労と言わないところは評価してやるから早く来い。でなければ実力行使を辞さない」

「そのセリフを先輩に憧れている女の子達に言ってあげちゃえば。きーっと喜んで実力行使を受けるよ」

「特殊な性癖を蔓延らせている奴に構っていられるか」

 

 千冬先輩が私の首根っこを鷲掴みにして無理矢理椅子から立ち上がらせる。そのまま引きずって歩きはじめることができるのだから、千冬先輩に逆らう生徒は学園内に存在しない。

 

「それにしてもお前は新入生の入学式すらも無断欠席する。幸い教師のほとんどがさほど気にせずに進行させたからよかったものを」

「あらあらまあまあ、職場内で無視するというイジメ?」

「自由奔放すぎるお前を無視だけでどうにかできるなどと誰も思っていない」

 

 首を掴む手が離れたので私は自分の足で廊下を歩く。

 朝のSHRがあるからだろう。廊下は閑散としていて私達の足音だけがよく響いている。カツンカツンカツンとリズミカルに音を出しながら歩けば、音は単調だけどこの廊下は一つの楽器になる。

 

「反省という言葉は全くないようだな」

 

 千冬先輩の声は小さなものであったが、私の意識的に出す足音しかない空間では聞き取るのは簡単だった。

 

「反省していたら今回が来ることなんてないよ」

 

 ケラケラ笑って千冬先輩の言葉に返す。

 廊下を暫く進んで行けば、目的地の職員室へとたどり着く。同時に入口付近の壁に背中を預けているエミリアが目に入る。

 

「お疲れさまです、織斑先輩」

 

 壁から離れたエミリアは千冬先輩に視線を向けずに言った。

 昔からエミリアは千冬先輩に興味がないのだ。世界最強のIS装着者と謳われた織斑千冬に尊敬の眼差しもライバル視もしない。そのおかげなのか、千冬先輩はエミリアを疎ましく思うことはない。

 

「ああ、さっさと会議をはじめて終わらせるぞ」

 

 楽しい楽しい職員会議の始まりだ。


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