IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

29 / 101
4話

 肩に置かれた手は大きく、シャルルの肩を覆った。突然の感触にシャルルは一瞬ビクリと震えた。振り向くと、世界で1人しか見つかっていないISを扱うことのできる男性がそこにいた。

 シャルルの顔よりも高い位置にある、少しバツの悪そうな一夏。何故そんな顔をしているのか、シャルルには分からなかった。

 

「あーん? 何よ、成り損ない男子」

 

 ミシャが面倒そうな表情を見せた。シャルルの肩に置かれた一夏の手を叩き落とした彼女は、シャルルを自分の後ろへと隠す。男子として考えると低い身長は、難なくミシャの背中に隠れた。

 ミシャの言葉が合図となって、留学生組が全員振り返った。その顔のどれにも貴重な存在を歓迎するようなモノがない。

 シャルルはミシャの肩越しから一夏を見る。彼の後ろには日本人学生のほとんどがいて、こちらを睨みつけていた。

 このクラスは大きく二つに分かれている、とシャルルは目の前の光景から読み取った。留学生組と日本人学生組の二大勢力があって、お互いに手を差し伸べることもなく、睨み合っている。最初からそうであったのか、何か事があってこのような関係になったのか。新参者のシャルルには理解できない。だが、留学生組の人間が、特に一夏の存在を鬱陶しがっていることは判断することができる。セシリアの瞳を見ればそれがより正しいと知る。彼女の一夏を見る瞳には暖かさが欠片もなかった。蔑むような見下すような、とにかく善いものが含まれていることはない。

 

「成り損ないっていうの止めてくれないか?」

 

 ミシャの刺しかない言葉は、一夏にとってはいつも通りのものなのだろう。気分を害した様子もない。

 

「止めてほしい? どの耳が聞き取って、どの脳が判断して、どの口が言うのよ」

「仕方がないですよ、ミシャ。彼には私達がなんで、このような態度をとるのか理解できないのですから」

「そうだよぉ。分らず屋さんなんかにトゲトゲしても無駄だよぉ」

 

 両隣に陣取ったラグナク・ドローミとサロメ・グルトップがミシャをなだめると同時に、一夏を貶す。さすがに、一夏もムッとした顔を見せる。

 このままでは、いつまで経っても状況は進まない。シャルルは腕時計で時間を確認する。HRが早めに終わったようで、時間には少しだけ余裕がある。

 だけど、このままじゃその余裕もなくなっちゃうよ。シャルルは内心で慌てた。

 シャルルの心の内にある焦りを、セシリアが代弁するように前へと歩み出た。

 

「ミシャさん、時間がなくなっていまいますよ。織斑さん、何か話があるのなら手短にお願いしますわ」

 

 セシリアが自身の腕時計を指で指し示しながら言う。

 

「ああ。悪いな、セシリア」

 

 名前を言われたことに、セシリアの眉がピクっと持ち上がる。一夏はそんな些細な変化に気がつかずに口を開いた。

 

「あのさ、シャルルは男なんだから、俺の方が色々と勝手がいいだろ」

「つまりは、お頭の足りないアンタに任せろ、なんて言いたい訳ね」

「お頭が足りないは余計だぞ」

「仕方ないよ、実際足りないから」

「お互いにいちいち反応しないでくださいな」

 

 一夏の言葉に、ミシャとラグナクが喧嘩腰で対応するものだから、セシリアは思わず、2人の頭を叩いた。「叩くな」と抗議の声があがるが、セシリアはそれを無視していた。

 

「残念だけどね、私達の結論はアンタにシャルルは任せられない。それしかないわよ」

「勝手に総意にされてもねぇ、困っちゃうわぁ。ここはぁ、シャルルちゃんに決めてもらうのが一番手っ取り早いわよねぇ」

 

 リセルは提案を持ち出すとシャルルの手を取って、睨み合う一夏とミシャの前に引っ張っていった。

 全員の視線に晒されたシャルルは、ぎこちない笑みを浮かべるだけで精一杯だった。どっちよりの答えを口にしても、リンチに合いそうな気がした。答えずにいたら、それはそれで時間ばかりを浪費して、ここにいる全員が授業に遅れてしまう。それだけは避けなくてはいけない。

 どちらにしょうかな?

 シャルルは笑みを浮かべながら、一夏とミシャを見比べる。シャルルの中では既に答えは出ていた。少し考えるだけで出た答えを、シャルルはすぐには口にしなかった。即決すれば、選ばれなかった方を好いていないと思われてしまうのだ。考え悩んだ末の結果なら、どちらに決めることもできない問題だと思ってくれる。

 シャルルは悩む様子を周囲に見せ「どちらかをというのは難しいよ」と困った笑みを浮かべる。周囲で見ている生徒達はその笑顔に歓声をあげた。キャアキャアと騒ぎ立てる中には顔を赤くして黄色い声をあげる者もいた。留学生組の方はあくまで静観を維持していた。日本人学生側は外国人に一種の憧れを持っているのであろうが、彼女達にはそれが当てはまらない。容姿の整った小柄の男子がいるだけでしかないのだ。立ち位置の違いが彼女達に静観することを与えた。内心ではシャルルがこちらを選ぶことを望んでいるのだが。

 シャルルは日本人学生組の方に体全体を向けた。

 日本人学生組は歓喜の声をあげる。

 

「ごめんね」

 

 シャルルは申し訳なさそうに告げる。そちらの方ではないと。

 シャルルが後ろを振り返ると、歓迎の雰囲気を漂わせた留学生組がいた。彼女達はシャルルを隠すように周囲を固めた。仲間同士でぶつかりながらも取り囲む姿から、最初から行動を決めていたわけではないようだ。

 取り囲まれたシャルルの目の前にミシャが来る。先ほどまでの厄介な者を見るような眼はなりを潜め、代わりに最初の彼女の雰囲気から想像もつかない満面の笑顔を見せる。

 

「ようこそ、シャルル・デュノア」

 

 ミシャの言葉を皮切りに、周囲から歓迎の言葉が飛び交う。

 周囲の大げさな反応に、シャルルはクスリと笑った。何だか胸が暖かくなった気がした。

 

「ミシャさん、時間がもう僅かにしかありませんわ」

 

 セシリアの言葉に周囲が固まった。一組の誰ひとりとして一組教室手前の廊下から動いていないのだ。一番最初に動き出したのは一夏でもミシャでもシャルルでもセシリアでもなかった。

 

「ごめんなさいねぇ、先に行ってるわぁ」

「時間、なくなる。先に、さらば」

 

 リセルとルベリーの2人だった。その場にいた全員が声のした方向を振り向くと、小柄なリセルを長身のルベリーが抱え上げ廊下を走っていた。既にその姿は小さく、曲がり角で見えなくなってしまった。

 

「じゃあ、わたくしも失礼いたしますわ」

 

 疲れの取れない万全ではない体に鞭打って、セシリアが廊下を走り出した。遅刻すれば、どんな酷い罰が待っているのか。それを考えれば、不思議と体の気だるさは消え去っていた。それを見たシャルルや留学生組が必死に後を追いかける。そして、それをさらに日本人学生組が恐怖に駆られて追いかけ始めたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。