IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

26 / 101
1話

 真上に存在していた太陽は傾き、いつしかグラウンドはオレンジ色に染まっていた。木々や人から伸びる影と合わさって、何処か物悲しい雰囲気を演出してくれる。

 私は、夕暮れのグラウンドを一定のペースで走っていた。昼間に比べて、外は冷たい風が吹いいている。それが肌をなでると、運動で温まった体がひんやりと気持ちよくなる。

 隣からリズムのよい息遣いが聞こえてくる。地面を蹴る音も乱れが全くない。

 

「風が気持ちいいと思わないかい、エミリア?」

 

 私は同じスピードで横に並ぶエミリアを見た。彼女は返事を返すことなく、こちらを一瞥するだけだった。言葉を喉から吐き出す余力も残っていないようだ。私と並んで走ることも辛いはずなのに、負けず嫌いと言えばいいのか。

 ま、私の問題ではないから関係のない話だけど。

 再び前を向いて走る。前方に夕日に照らされて人影が伸びているのが見える。

 膝に手をついて体を支えている。顔は俯き、全体を長く綺麗な髪の毛が覆い隠す。学校指定の体操着は汗で濡れ、このまま放っておけば風邪を引いてしまいそうだ。

 

「おーい」

 

 僅かばかりの親切心で声をかける。距離が離れているので声を張り上げた。走りながらではあるが、苦しいとは思わない。

 

「限界なら座って休んでなよ。で、楽になったらすぐにシャワーでも浴びてきな」

 

 段々と距離が縮まっていき、豊かな金髪が確認できる。

 

「セシリアちゃん?」

 

 私の声に反応せず、一心不乱に荒い呼吸を繰り返すセシリア。肩が激しく上下している。とても苦しそうだ。だから、自分の限界で止めるよう言ったのに。

 

「ま、まだ……だいじょ……ですわ」

 

 その受け答えですぐに分かる。セシリアが大丈夫でないことが。瀕死の状態でいちいち強がるものか。

 

「そっか。じゃあ、もうちょっとだけ休んでいなさいな」

 

 セシリアの横を通りすぎる際、肩を軽く押して、無理矢理地面に座らせる。おそらく、もう立って走りなおすことはできなだろう。

 私は隣に視線を向ける。セシリア同様、危険域に達しようとしている人物が走っているのだから、倒れる前に休ませよう。でなければ、私の負担となる。

 私の決意に反して、隣には声をかける人物の姿はなかった。

 

「あれ?」

 

 どこに行ったものか? もしかして、段々とスピードが落ちてきているのか。

 私は走るスピードを歩くスピードまで落とすと、背後を振り返った。走ってくる人は無し。代わりに、ぐったりとしているセシリアの隣に、水分補給をしているエミリアがいた。スポーツドリンクが容器から吸い込まれるようになくなっていく。ものの数秒でペットボトルは空になっていた。お腹壊すよ、そんなに飲んだら。

 

「再開するか」

「再開しない!」

 

 疲労困憊であるはずの体で、エミリアは平然を装って立とうとするのだから、私はその肩を手で押して立つことを阻止した。

 

「私も休憩するから。2人も休憩するように」

「分かった」

「わ、わかりま……した」

 

 死に体2人に向かい合うようにして私も座る。まだまだ、余裕を以て走ることができるのだが、目の前の患者が後に続かないよう、私も休憩だ。スポーツドリンクに口をつける。

 

「相変わらず。無限動力でも積んでいるのか?」

「そんなフワっとした動力なんて積めないよ」

 

 オレンジ色に染められるグラウンドに座る私も、同じ色に染められる。

 

「まったく。軽く走っていたら、いつの間にか2人してついてきているんだから」

「構わないだろう。こちらが勝手についてきただけなのだから」

「それで無理して、倒れられたらたまらないよ。セシリアちゃんも無理しなくて良かったんだよ」

 

 無理矢理なのか自主的なのか分からないが、エミリアについて走る必要はなかったのだ。

 少しずつ呼吸が安定してきたセシリアは、顔を上げた。額から汗が流れ出ている。私はその顔にタオルを投げつけた。

 

「ありがとうございます。無理などしていませんわ。わたくしは自主的に遊姫先生の後ろを走っていたのですから。グラウンド10周したあたりから、後ろから追い抜かれていた気がするのですが」

 

 上品な動作で汗を拭くセシリアに、私は「実際、追い抜いたからね」とケラケラ笑った。

 セシリアとエミリアが私の後ろから走り始めたのは、7周した時からだったな。時間からして、部活終わりのままに参加してきたのだろう。

 私はちびちびスポーツドリンクを飲みながら、2人を交互に眺める。

 中々どうして、この2人は良い関係にいるものだろうか。来る者拒んで去る者追わずのエミリアが、こうも接近を許す。悪いことじゃない。セシリアもきっと狂喜乱舞しているだろうね。憧れの存在と一緒にいられて、技術も学ぶことができるのだから。私も誰かにお節介しようかな、なんてね。

 そんな気はない、とかぶりを振る。私は無駄な労力を使うことはしない。

 労力と言えば、やめてほしい事柄が一つだけある。

 

「エミリアは知っていると思うけど、ここにまた転校生がくるんだよ、セシリアちゃん」

 

 中途転入などということは遠慮してもらいたい。生徒の個人データをパソコンに打ち込まなければならないのだから。

 

「転校生ですか?」

「そうだよ、転校生ちゃん」

「それも2人ときている」

「また中途半端な時期に来るのですね」

「今年は色々と抱えているからだ。織斑一夏という特別な存在に――」

 

 『特別』という言葉に、セシリアのまぶたがピクリと痙攣を起こした。何やら、思うところがあるようだ。

 エミリアは隣の人物の一瞬の変化を知らないまま言葉を続けていた。仮にエミリアが気づいたとしても、大した反応を見せないだろう。

 

「第三世代型ISの開発が被っている」

「凰鈴音がいい例だよね」

 

 パワフルな小人を思い浮かべながら口にする。

 

「転校生が2人なのも面倒なんだけど、片方の事情がもっと面倒なんだよね。詳しく話すことはできないよ。怒られるから」

「失礼ですが、遊姫先生が怒られるで行動を慎むとは思えませんわ」

「さらりと酷いことを」

 

 クスリと笑みを浮かべるセシリア。隣で二本目のスポーツドリンクに口をつけているエミリアも笑っていた。

 ああ、明日にならなければいいのにな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。