IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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11話

 千冬先輩が保健室を出て行って数分経った。やけに時間が長く感じられた。

 私はベッドから出て、そばにたたんで置いてあった白衣を着る。それから定位置であるキャスター付きの椅子へと向かう。今更ながら、体のふしぶしから痛みを感じる。

 超高速戦闘型IS『風撫』の機動力・運動性能によるGは対G軽減機能を以てしても抑えきれないものである。並に人間が扱えば腕や足や肋骨などの、どこかが損傷してしまうほどだ。私だからこそのISであり、だからこそ強くあることができた。

 さすがの私でも、数年のブランクと当時よりも性能が向上していた風撫を、涼しい顔で扱うことはできなかった。

 

「錆び付いたものだよ」

 

 椅子に深く腰を下ろす。だが、すぐに腰を上げることになった。ほうじ茶の用意を忘れてしまったのだ。完全に疲れきっている。

 ベッドで眠っていればいいものを、私は痛む体に鞭打ってほうじ茶を淹れる。淹れたら、すぐに椅子へと座る。これ以上、動き回ることはできないだろう。

 椅子に座り込んだ私は、そのままデスクの上へと突っ伏す。幸いなことに、私のデスクの上は整理整頓が行き届いている。

 さて、面倒なことになった。力を示してしまったことはとても面倒なことだ。緊急事態に際して、私にその手の力があることを知らしめてしまったことによって、今後の立ち位置が変わってしまった。闘いの後に、負傷者に最低限の治療をする保健医の立場は崩壊。代わりに、学園側で最も取り回しの良い戦力に組み込まれてしまった。正直な私を全面に出せば、損ばかりをするということだ。

 ほうじ茶を口に運ぶ。熱い液体が喉を通り、体に熱を与える。体が少しだけほぐれたような気にさせてくれる。

 暫く、何もしたくはない。そう思ったが、私は白衣のポケットから携帯を取り出して、電話をかける。

 耳に当てた携帯から無機質なコール音が数回、相手が電話に出た。

 

「もすもす? 終日?」

 

 訳の分からない言葉が聞こえてきた。

 

「ハロハロ! グッバーイ!」

 

 とりあえず、テキトーなことを言って電話を切ってみた。今日はもう寝てしまおうか?

 しかし、今日の内に電話しておきたいことがあるので、もう一度電話をかける。

 

「はーい、誰彼構わずアイドル・天才の篠ノ之束さんがただいま登場!」

「わー、すごい」

「うふふ。見事な棒読みだね、ゆーちゃん」

 

 電話の相手は篠ノ之束。世界各国が身柄を確保しようとやっきなっている人物だ。多くの研究者達が成すことのできなかったISC(インフィニット・ストラトス・コア)の生産をやってのけた自称・他称の天才。世界で二番目に現れた生産者だ。

 束先輩が二番目であるならば、一番目もいる。だが、一番目が誰なのかは知られていない。顔も素性も明かさずに、世界にISCを提供したからだ。束先輩が一番目の正体ではないか、などという世迷言もあったが、ISが登場した30年前には彼女はまだ存在しないので否定された。

 ともかくとして、束先輩の存在は貴重なものであるという訳だ。私のような者が軽々しく電話できることがおかしい。

 

「単刀直入に聞きますよ。IS学園に無人のISが襲撃を仕掛けてみたみたいですけど、先輩の仕業ですか?」

 

 詳しい説明を全て省いた質問を投げかける。疲れきっていたし、途中参入の私は多くの情報を持っていない。

 

「うん、そうだよ。さすが、ゆーちゃん!」

「さすがもなにも、千冬先輩だって当たりをつけていますよ」

「えー、そうなの。うぬぬ、中々油断ならぬなぁ」

「疲れてますから、あまり多くの反応はしませんよ」

「冷たいね」

「無人機を送り込んだ理由は?」

「冷たいままに話を進めるんだね。まぁいいや。理由だっけ? うーん、なんて答えてみようか」

「創作なしのありのままで」

「しょうがないなぁ。ゴーレムを送り込んだ理由はね、刺激を与えてみようかなって結論に至ったからだよ」

 

 どんな方程式を展開して、結論に至ったというのか。

 

「まぁ、ちょっとした実験も兼ねていたわけだよ。一つは無人型にどれほどの対応力があるかだよね。一つはビーム兵器の試験運用。一つは零落白夜を無効化できるかどうか」

「迷惑な実験ですよ」

「えへへ、そう? おかげで色々知ることができたから許してよん」

 

 電話を通してつながっている相手の悪気の欠片のない笑顔を想像すると、呆れてものが言えなくなってくる。まぁ、この苦労のおかげで知りたいことが少しだけ知ることができた。

 

「そうですね。では、私の用件はおしまいです。束先輩の方は何かありますか?」

「おお、あるよ。あのね、ゆーちゃんにプレゼントを送ろうと思うんだよ」

 

 ……プレゼント?

 

「近々、といっても未定なんだけどね。まぁ、楽しみに待っててよ」

 

 その言葉を最後に電話は切れた。

 私は携帯を閉じると、ソレをデスクの上に放って、自身もデスクに突っ伏した。束先輩との会話でどっと疲れが押し寄せてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の廊下に響き渡る足音はどこか苛立ちを感じさせるものであった。

 苛立ちを音にしながらエミリアは歩を進める。部活動の時間にも関わらず、進行方向は射撃場ではなく保健室だった。正確に言うのなら、目的地は遊姫のいる場所である。

 エミリアが無人機襲撃についてを聞いたのは、既に全てが終わった放課後のことだった。事後報告だけを聞くことになった形だ。

 襲撃のあった時刻、エミリアは二年生教室で教鞭をとっている最中であった。生徒達が窮地に立たされている中、彼女は受け持ちの生徒達に地獄を見せていた。

 蚊帳の外であったことは別に構わない。問題は遊姫が倒れたことだ。よくも分からないようなISのせいで遊姫が倒れるという事態になったのだ。

 許せると思うか、鉄屑?

 幸いなことに、学園側で回収したISを見ることができた。だから、エミリアは下半身と上半身が分断されたISの上半身を蹴った。機能を停止した残骸を蹴って蹴って蹴り飛ばした。ISは機械であるのだが、彼女はそんなこと関係なく足を振るった。損傷が酷かったのか、何度目かの蹴りで円形状の頭部のモノアイをピンポイントで破壊した。

 次の瞬間には千冬の手のひらが迫ってきていたのだが、エミリアは持ち前の動体視力でソレを逃れた。

 その後、エミリアはその場から追い出されてしまった。

 ああ、あのISを跡形もなく破壊してやりたい。遊姫に牙を向いた人でなしが、あのように原型を留めているのが気に食わない。

 廊下の真ん中を歩くエミリアを、部活に急ぐ生徒達が避けて通る。誰もが通りすぎる瞬間、肝を潰される思いを抱いていた。誰が見ても判断できる程に、今のエミリアに接近することは危険であった。

 そんな、殺意と怒気を抑えることなく廊下を闊歩するエミリアが、目的地についた時にはすっかり鳴りを潜めていた。

 

「入るぞ」

 

 扉を開いて中に入るエミリアの視界に映りこんだものは、デスクに突っ伏して眠っている遊姫だった。保健室の静けさを演出する遊姫は寝息の一つも立てない。死んだように眠るとはこういうことなのかと、エミリアは一つ賢くなった気がした。

 普段は愛想のない表情を一貫しているエミリアは、遊姫の寝顔を視界に収めると、生徒には絶対に見せることない柔らかな笑みを浮かべる。

 エミリアは一度部屋から出て、『外出中』の札をかける。そして部屋に入り直し、後ろ手で扉を閉めて鍵をかける。外の世界を遮断した。

 エミリアは自身の淡い黄色の携帯の電源を落としてポケットに仕舞い込むと、ゆっくりとした足取りで遊姫のデスクの前まで近づく。手近にあった椅子を引っ張って座る。

 眼前には遊姫の無防備な寝顔がある。特等席はたった一つだ。一般席は一つたりとも存在しない。存在してはいけない。

 

「うん?」

 

 デスク上に投げ出された深緑の携帯。遊姫のであるソレをエミリアは手にとって、電源を勝手に落とす。彼女にとって音を鳴らすものは必要ないのだ。

 エミリアは長い間、遊姫の寝顔を眺める。飽きもせずに眺め続ける。

 幸せの時間を享受するエミリアを、遮断したはずの外の世界からの不届き者が邪魔しにくる。扉をノックするという初歩的な手段で。

 外出中の札にも関わらず、馬鹿みたいにノックをするのは誰だ。

 消音機の取り付けられた小火器を持っていたら、エミリアは迷わず扉の向こう側に発泡しただろう。威嚇でもなく本気に引き金を引くのだ。

 そんなエミリアの殺意は扉に遮られて、向こう側に届きはしないのだろう。のんきな声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆう……月村先生。いませんか?」

 

 ガタガタと扉を開けようとする一夏の背中を、セシリアは背中に汗が伝うのを感じながら見つめていた。その手には青色の携帯が握り締められていた。

 何故でしょうか? 扉が開いた瞬間に人生が終わる気がしますわ。

 セシリアは恐怖を感じていた。同時に、平然と扉をノックしたり開こうとする一夏の鈍感さに呆れてしまった。この男の危機感知レーダーは壊れているのかと。

 

 最初は特に何も感じることはなかった。襲撃事件の後、無断でISを使用したことの注意を軽く受け、その場は終了した。それで、一度は寮へと戻っていったのだ。午後いっぱいを使って行われる対抗戦が襲撃されたこと。また、その恐怖から抜け出せない生徒達を落ち着かせる為に、一学年は午後は全面自由時間となった。

 セシリアと留学生組の仲間達は、いったん寮の談話室で銘々に好き勝手で脈絡のない話を交わしあった。襲撃の恐怖を和らげる為の会話に1時間ばかり費やし、各々部屋に戻って好き勝手を始めた。漫画、睡眠、勉強、音楽と一番心を落ち着かせる方法に没頭していった。

 セシリアは部屋の二段ベッドの下の方で横になっていた。上の方は圧迫感があるので、同居の生徒が使っている。

 不思議とセシリアの中には恐怖がなかった。あの時、遊姫の存在を思い出したことで恐怖は消滅したのだ。代わりに、安心感と頼もしさが心を暖かくしていった。だが、その心も遊姫が倒れたことによって心配に変わっていった。

 暫く、寝返りをうつ。遊姫のことを心配してしまい、落ち着くことができないのだ。

 落ち着かずに寝返りを繰り返していたら、けっこうな時間が経っていた。

 

「落ち着いてゆっくり眠れませんわね」

 

 両手を後ろについて上半身を起こす。制服に皺ができていた。制服のままでベッドに横になっていたからだ。普段のセシリアなら絶対にしないのだが、疲れで脳が上手く働かないのか、何も考えずに横になってしまった。

 セシリアはベッドから出ると、制服の乱れを直してから部屋を出た。行き先は、彼女が心配する相手のいるであろう保健室だった。

 一夏と遭遇したのは保健室の扉の目の前であった。ちょうど彼がドアをノックした直後のことだ。

 セシリアはその時、扉に外出中の札がぶら下がっているのを確認したのだが、扉の向こう側に何かを感じた。全身の毛が全て逆立つ。

 ギョッとなって、扉に眼をやった瞬間睨みつけられたと錯覚した。

 セシリアの怯えを感じ取ってか、制服のポケットが震える。マナー・モードになっている携帯が着信を告げた。

 セシリアは扉を見つめた状態で凍りついたまま、右手で携帯を取り出して開いた。ディスプレイはメールが一件届いていることを知らせていた。扉越しに溢れ出す恐怖と関係のある内容ではないか。

 そんな偶然があることなどと。

 無理矢理な笑みを浮かべたセシリアは、メールを見て汗が溢れ出てきた。差出人はエミリアだった。

 

「保健室の外をすぐに掃除しろ」

 

 セシリアは急いで一夏を引っ張って保健室前から逃げ出したのだった。


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