IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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9話

 観客席とフィールドの間には一枚の不可視の壁がある。IS使用者を守るシールド・バリアーと同じものであり、その壁は並みの兵器では突破することができず、観客席にいる者の安全を維持することができる。観客席にいる者もフィールドで激戦を繰り広げる者もそれを理解していた。だからこそ、観客は危険性を認識することなく試合を眺めていることができるし、対戦者は周囲を気にすることなく鉛玉をばらまくのである。安全だと分かっているから平気でいられるのだ。

 だが、その安全神話は崩されてしまった。どこの誰だかも分からないような侵入者によって。侵入者のISが放つ高出力ビームがシールド・バリアーを突き破って、アリーナにいる全員の固定概念を無残に破壊した。

 フィールド内で戦闘を行っていた一夏と鈴。その2人に矛先を向けた侵入者は威力を犠牲にした連射性の高いビームをばらまいていく。万全の状態ではない2人は攻めあぐねる。相手がいつ高出力ビームを射ってくるのかも分からない状況で、下手な動きはできない。観客に被害が出るかもしれないのだ。

 侵入者を倒す為に、一夏は零落白夜を抜き放った。そして、作り出されたチャンスを掴む為に立ち向かっていった。

 その結果は、嫌に現実的だった。零落白夜の必勝の一撃は侵入者の装甲によってあっけなく止められてしまったのだ。

 零落白夜が受け止められたことで、一夏の思考は一瞬だけ止まってしまった。そこを侵入者は見逃すことなく、腕を振るって一夏を吹き飛ばした。

 彼の活躍は此処で潰え、残った希望は鈴だけであった。ほぼ全員がそれを認めていた。セシリアもそれを認めてしまっていた。

 だからこそ、ハイパーセンサーからもたらされる情報に驚いてしまった。

 シールド・バリアーをいとも簡単に突き破って姿を現したものを、セシリアが視界に捉えることができたのは、侵入者の右腕を切り飛ばした後だった。その場で体を回転させて勢いをつけて、3メートルある巨体を蹴り飛ばしたのは、深緑色のISを装着した遊姫だった。

 

「が、月村先生!?」

 

 信じられないものでも見るような顔をするセシリア。遊姫の登場をまったく予想できていなかったのだ。緊急事態に現れた救い主が、普段から保健室でのんべんだらりと過ごしている姿からISを扱う姿が想像もできない遊姫であることに。

 織斑先生が電話していた相手が月村先生だったなんて。予想外過ぎて何も言えませんわ。そして、とても不安ですわ。

 侵入者を見据える遊姫の顔色が病的なまでに青白く、肩で息をしていることから、セシリアは不安を抱いていた。あのような状態で戦うことができるのだろうかと。少しでも激しい動きをしたら、吐き出してしまいそうだ。

 だが、不安が芽生えている中でも希望がないわけではない。遊姫のISにも障壁を突き破ることのできる武器がある。自分のISにはない高威力の武器。それが、セシリアの中での大きな希望になっていた。

 しかし、セシリアの予想に反して、遊姫は何も持っていない。両手をだらりと下げた状態で侵入者を睨みつけている。

 あら、どこかで見たことがあるような気が?

 急に現れた疑問。セシリアはISを展開したまま考え込む。どこかで似たようなものを見た気がするのだ。

 いまだ危険から抜け出せていないというのに、セシリアはふわりと浮いて思考を続ける。

 遊姫が動き出したことによって、セシリアの疑問が解消される。

 並みのISでは捉えることも難しいスピードで飛び上がった遊姫の姿を、セシリアは見たことがあった。同時に何故今の今まで気づくことができなかったのかと、自分自身に呆れてしまった。どこかで見たではない。自分はあの光景を何度も見てきたのだ。エミリア・カルケイドの過去の試合映像で、エミリアの対戦者として。そして、情報として知っているはずなのだ。エミリアのライバルが月村遊姫であることを。

 エミリアさんにばかり眼が行ってしまって、まったく気が付きませんでしたわ。

 セシリアは苦笑を浮かべる。とんだ見当違いだったと。予想外でも何でもない。むしろ適任者だ。

 

「頑張ってください、遊姫先生」

 

 セシリアは小さくも心の篭った応援を贈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身も心も解き放たれた。そう思えてしまうほどの快感と恐怖が体中を駆け巡る。久しぶりのISだというのに、いきなり全力を出した体が震える。軽減できていないGに晒されたことと、過去からの恐怖で、今にも倒れてしまいそうだ。快感よりも恐怖が上回っているは明らかだ。

 しかし、ここで倒れるなんてことは絶対にあってはいけない。生徒を救うために来たのだから。責任を放棄することはしない。

 蹴り飛ばされた敵が体勢を立て直し終えたのを、視界に収めても私は動かない。相手の鈍重なスピードなら、相手よりも遅く反応しても十分に対処できる。もう一つ理由をあげるのなら、障壁を超高速で突き破ったことで体が参っているからだ。

 敵が左腕を持ち上げて、こちらに向けてくる。高出力ビームが飛び出してきたら危険なので、急上昇する。後ろから「遊姫さん!?」って声が聞こえてきたが無視する。状況が許さないし、私の状態も許してはくれない。

 飛び上がった私は、どうしようもなく遅い獲物目掛けて突撃をする。敵が低出力のビームを連射してくるので、私は横に曲がり半円を描くようにして敵の後ろを取る。敵が振り返る隙を与えずに、背中に蹴りを放つ。

 蹴られた敵は吹き飛ぶ。私はそれを追いかけて、更に蹴りを叩き込む。吹き飛ばして蹴りを放ち、吹き飛んだところにまた蹴りを放つ。もはやボールだ。

 ポンポンと蹴飛ばした敵は、フィールドを覆うシールド・バリアーに激突した。私は接近して右足を振り上げて一気に振り下ろす。振り下ろした足は容赦なく左腕を引き裂く。足を振り下ろした勢いを利用して体全体を縦に一回転。もう一度足を振り下ろして、敵を叩き落とす。

 両腕を失った敵は無残な姿で地面に激突する。どうやら、人が中に入っていることはない。それ故にか、敵にはシールド・バリアーがないらしい。肥満体に見える見た目は、シールド・バリアー代わりの装甲というわけだ。エネルギーを防御に回す余裕もないのだろう。

 

「おかしなものだよ」

 

 仰向けに転がって動かなくなった敵を見下ろす。箇所は違えど、一度は私もあのようにして地面へと落ちていった。

 私はゆっくりと敵の近くに降り立った。後ろから誰かが近づいてくる。

 

「遊姫さん! どうして遊姫さんがここにいるですか?」

 

 振り向くとISスーツに身を包んだ一夏がそこにいた。少し後ろには鈴も控えていた。

 

「どうしてと言われても、ここに勤めている身だから」

「初めて見たんですけど」

 

 保健室を訪れたことがないからね、一夏は。

 疲れていたものだから、私は早々に会話を切り上げてこの場を後にしようとした。歩くのが億劫だから、せめてフィールドを出るまではISで行こう。そう考えて動き出したことが、私を救った。

 私が油断したと感じたのだろう。倒れていた敵が突如立ち上がる。肥満体の体の正面が開き、中から巨大な砲口が顔を覗かせる。瞬時に砲口が光を帯びる。ビームを放つつもりだ。

 

「しつこいよ!」

 

 相手がビームを解き放つより速く、私の右足が唸りをあげた。フレキシブル・スラスターによって体を回転させ、足の各所にあるサブ・スラスターの力を加えた蹴りが、敵の上半身と下半身を真っ二つに分断する。

 だが、チャージされたエネルギーは健在で驚異は過ぎ去ってはない。今、ビームを撃たれたら被害が出るのか確実だ。

 私は敵の上半身を蹴り上げて、砲口を真上に向けさせる。その瞬間にビームが飛び出し、障壁を貫いて空高く伸びていき、細くなって空の青さに溶けていった。

 敵の最後の攻撃だったようだ。モノアイの輝きは失われ、死に体であることを知らしめていた。

 私はISを待機状態にして、その場に四つん這いになった。体の奥底からこみ上げてくるものを全て吐きだした。恐怖心と体が限界を超えてしまったのだ。恥も外聞もなく吐き続けた。

 ようやく吐き気が治まったので、ふらふらと危なげに立ち上がって、今度は後ろに倒れ込む。そこで、私は意識を手放した。


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