IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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8話

 クラス対抗戦が行われているであろう時間。私はほのぼのしたティータイムを堪能する。今日も変わらずほうじ茶であるが、そこは関係ない話だ。気分の問題である。

 保健室に来客のないこの瞬間は、私の休憩時間だ。常日頃から休憩時間であるのだが。

 

「どのような結果になっているのか?」

 

 クラス対抗戦がどのような進み方をしているかは、少しだけ興味を引かれる。かつて、学園に在籍していた者として、後輩の闘い方が気になるものだ。それも、代表候補生がいるというのならなおさらだ。確か、クラス対抗戦に参加している代表候補生は2人だと聞いた。二組に中国の代表候補である凰がいて、日本の代表候補生が四組がいるとか。

 専用機持ちの人数も2人だった。一夏と鈴音の2人。一時は四組の代表候補生の為に専用機が開発されるという話が浮上していたが、今はどうなっているのだろう。すっかり耳にすることはなくなった。教師達に話を聞いてみるのもありか。

 そう思っていると、白衣の左ポケットが震える。そこに入っているのは携帯電話だ。深緑色の折りたたみ式携帯で、私のお気に入りだ。ISという突拍子もない技術が現れて30年が経つというのに、未だに携帯というのは進化の兆しを見せることはない。段々と厚さが減っていき、変に多機能かしていくばかりだ。

 私はポケットから携帯電話を取り出すと、それを開いてディスプレイを見る。画面には着信を知らせるコールという文字と、織斑千冬という電話をかけてきた相手の名前が出ていた。

 千冬先輩が電話をかけてくるとは珍しい。普段は直接保健室を訪れてくるというのに、今回に限って電話を寄越してくるとは。

 私はそこで、千冬先輩がクラス対抗戦の監督教師の一人としてアリーナにいることを思い出した。つまり、やむを得ず電話をかけてきたということだ。それも急を要するような内容だ。先輩は無駄話をする為に電話をかけてくるような人物ではないから。私も必要最低限のことでしか電話しないけれど。

 ともあれ、急ぎの用事であるのなら出るしかない。負傷者が出たとのことであるのなら大変だ。

 私は通話ボタンを押して、携帯を耳元へと持っていく。

 

「もしもし、遊姫ですが」

 

 お互いに相手が分かっているだろうが、つい癖で名乗ってしまう。

 電話越しに千冬先輩が「分かっている」と淡々と言ってくる。冷静な声にも聞こえるが、何処か切羽詰った感じを与えてくる。

 

「聞かれたことだけに答えろ。今どこにいる?」

 

 聞かれたことだけに答えろとは、よほど余裕のない状況のようだ。

 

「保健室ですけど、それがどうかしました?」

「保健室か。よし、いますぐ第二アリーナまで来い。所属不明のISが攻撃を仕掛けてきた」

「は?」

 

 耳を疑うような内容に、間の抜けた声をあげてしまう。所属不明のIS? 攻撃してきた?

 

「そっちで対応できることじゃないですか」

「できないからお前に言うのだ」

「私である必要はないでしょう」

「お前以外の適任者がいない。教師の中で専用機を持っていて、迅速に動くことができるのはお前だけだからな」

「私が専用機を持っているって、知っていたんですか?」

 

 おかしい話だ。誰にも言っていないのに。

 

「西島という男から学園側に連絡が行っているんだ。教師のほとんどが知っている」

「ああ、そういうこと」

 

 ISの重要度から、企業が何の報告もなしに専用機を渡したりはしない。それを、私は見事に忘れていたというわけか。

 

「本題に戻る。現在、対抗戦の最中に所属不明機がシールド・バリアーを破ってフィールドに入り込んでいる。第二アリーナはハッキングを受け全ての操作を受け付けない。そのせいで、生徒も教師も閉じ込められている。教師部隊を送り込もうとしても、敵は障壁の向こう側で、並みのISでは障壁を突破することは叶わん」

「状況は多少なりとも分かりましたが、私がシールド・バリアーを突破できる保証はありませんよ」

「保証はないが、突破の可能性は一番高い」

「可能性が高くても――」

「緊急事態につき、お前の戯言を容認することはできない。すぐに第二アリーナに来い。急げと言っているんだ。分かったな」

 

 私の言葉を千冬先輩がばっさり切り捨てる。声は冷静さを欠いていた。

 私の耳には通話が切れたことを知らせる、無機質な音だけが聞こえてきた。

 デスクの引き出しを開けて、緑色の指輪を取り出す。あの日、西島さんが強引に置いていったかつての私の専用機だ。事故があって以来、二度と出会うことはないだろうと思っていたのだが、西島さんはいつか私に渡そうと改良を施して保管していたのだろう。そうでなければ、改善を行ったなどと言うはずはない。

 指輪を握りしめて、私は保健室の窓を開けて外へと飛び出す。舗装されたコンクリートの上に着地した。午後に入ってすぐなので、いまだに太陽が幅をきかせている。

 

「どうするかな?」

 

 もう一度ISを使うことになるなんて。いや、分かっていたことではある。IS学園にいれば、そのような機会は巡ってくる。だけど、もう一度専用機を持つことになるとはさすがに思わなかった。

 

「どうするかな?」

 

 ここで、私は立ち上がるべきだ。そうしなければ、生徒に犠牲が出るかもしれない。教師として生徒を守る義務があるのだから。

 だけど、直接的に私が関係する話ではない。千冬先輩が命令してきたからと言って、私が従わなければならないなんてことはない。その時は、先輩に人を見る目がなかったで済む。私が責任を負わなければいけない理由はない。

 だけど、でも、いや、しかし。ぐるぐると立ち上がる為の言い訳と、座り込む為の言い訳が出てきては消えていく。今の私は最低な優柔不断。

 

「どうするかな?」

 

 どうするもこうするもない。私は無責任であるべきなんだ。そうでなくては、足を失ってしまう。責任は私を圧殺するのだ。だから、今の私が存在する。自由気ままで、好き勝手な私が。

 そうだ、私は自分勝手にやればいい。結論が出たと、私は保健室へと戻ろうとする。

 戻ろうとして、動き出せずにいた。

 

「月村くんがありのままの自分を以て扱うだけですよ」

 

 ぼそりと呟く。西島さんが私に向かって投げた言葉を。

 

「ありのままか」

 

 偽りの自分を捨てて、本来の自分の考えのままに行動を起こす。そうすればいいのか。

 ああ、今の私は偽りに圧殺されている。本当の私は何がしたい。本当の私の考えなら、後悔を恐れずに立ち上がるべきじゃないか。偽りの私? 今は捨て置け。そう、今は本当の私の考えだけを全面に出せばいい。

 心の中で湧き上がった想いに触発されるように、私の体を覆う邪魔な衣服は消え、入れ替わるようにISスーツへ変化した。その上から、深緑色の装甲が張り付いていく。重量は増えたというのに、体は重力から解き放たれた開放感を得る。

 両足は巨大な剣のような装甲に包まれ、まるでつま先立ちしているように見えるだろう。体中に張り付いた装甲にはそれぞれスラスターがついている。背中には六基の大型フレキシブル・スラスターがあり、爆発的な加速力を見せる。

 

「怖いけど、ISを使うと決めた」

 

 私は空へと飛び上がった。IS『風撫(かざなで)』を纏って空へと、ぐんぐん上昇していく。

 やはり、風撫は私のISであり続けていた。感覚や香りが初期化されずに残っている。脳と直結したように意志がタイムラグなしに反映する。

 空は青い青い。学園が小さな点としてか認識できないほど空高く上がった。

 

「場所は第二アリーナ。最低条件は障壁の突破と、受け持った以上は成し遂げてみせようか!」

 

 六ある大型スラスターを噴かして、地上目掛けて飛ぶ。体中をGが襲う。ISの対G機能を以てしても軽減しきれないソレが懐かしく、口元に笑みを浮かべた。この程度はそよ風だ。これから私は嵐の中に突っ込むのだ。

 第二アリーナが段々と大きくなってきた。それほどまで接近してきたのだ。

 私は唯一の武器であるブレードと一体化した足を両方揃えて突き出す。

 六基のスラスターが一瞬動きを止める。内部でエネルギーをチャージしているのだ。十分に貯めたエネルギーは次の瞬時には全て放出され、瞬間移動と言っても差し支えのない爆発的な加速を生み出す。

 私はISのエネルギーを更につぎ込んで障壁へと突っ込む。

 先ほどとは比べられないほどのGが襲いかかり、肉体が悲鳴を上げるのにも関わらず、私は勢いを緩めることなく突き進む。

 両足の先端が障壁に触れる。抵抗を感じたのは一瞬だけだった。障壁を突き破ったと脳が認識した時には、両足が地面に突き刺さる寸前だった。考えるよりも先に、全身のスラスターが動き出した。無理矢理の減速と方向転換。

 私じゃなければ、全身の骨が折れているところだ。

 敵の姿を確認した瞬間に急上昇をかける。手加減という言葉を意図的に忘れて、敵の丸太のような右腕に向けて足を振り上げた。

 障壁によって隔離された空に右腕が舞い上がった。


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