IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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1話

 学校の保健室と聞いて何を連想するだろう?

 寝不足な生徒が睡眠の為に利用する場所?

 美人な保健医が駐在していて男子生徒を悩殺している?

 生徒がサボるための魔都?

 私の今まで生きてきた中で得た情報から答えを探し出すとこんなものしか出てこない。偏見に満ち溢れた子供以下の解答と言わざるを得ないものだ。

 だが、私の仕事場に私が導き出した偏見は一片たりとも存在しない。何故ならそんな甘々な場所ではないからだ。

 まずは『寝不足な生徒が睡眠の為に利用する場所』だが、私の職場の生徒達に寝不足は許されていない。許されていないなどと明文化されたルールではないが、生徒の中で不文のルールとして存在する。何故なら、寝不足で授業に参加すれば倒れてしまうからだ。

 次に『美人な保健医が駐在していて男子生徒を悩殺している』だが、うちは女子校だからそれが当てはまることはない。男女共学になれば話は別なのだが、我が校はとある理由から永遠に女子校のままだろう。万が一の事態が今後訪れるというのなら永遠じゃなくなってしまうけど。

 最後の方『生徒がサボる為の魔都』に関しては、サボりが横行することを私が認めないので却下だ。魔都でもないわけだし。

 つまるところ保健室という生徒にとって特別な場所として君臨している部屋は、私の独裁国家として成り立っているというわけなのだ。上からの指示がない限り、私が生徒を好き勝手に捌くことができる。しかも、私独自の裁量でだ。

 だからといって、頭から致死量ぎりぎりまでの血液を垂れ流している生徒を無碍に扱って良いのか、と言われたら答えはノーだ。そのような状況の生徒を弾くなど、保健医としては外道以外の何者でもない。絶対に救わなければならないのだ。実際は保健室の設備でできることには限りがあるので、最低限の処置をした後、最寄りの病院へとその生徒を連れていかなければならない。

 結論を言わせてもらえるのなら、私はある程度の治療が必要な患者以外は受け入れるつもりはないということだ。面倒で時間の無駄でしかないので、程度の低い怪我は人間の治癒能力で頑張ってほしい。それが保健室を頼って来てくれた生徒に対する私の切実な願いだ。

 私は自分がやりたくないことはあまりやりたくないのだ。

 

 

 

 私の一日は温かいほうじ茶を飲むことから始まる。習慣となっている行動なので、欠かすと一日調子がでない。

 ほうじ茶で心のエンジンを始動させれば、次は身支度を整えることだ。ジーンズにタンクトップ、その上に適当に羽織れるものを羽織っておしまい。必要最低限に身なりを整えられればそれでいいのだ。

 私が住む部屋は学校の所有している教職員用の寮にある一室だ。私以外の教職員のほとんどがここで暮らしている。無駄に金のかかった学校である。

 朝食は最寄りのカフェ的な場所で優雅に済ます、なんて時間も労力も消費するようなことはしない。少し歩けば一年生の学生寮があるのでそちらに行く。学生寮には食堂が備え付けられているので、そこで毎日生徒達に混じって朝食をいただくのだ。

 食券の自動販売機で食べたいものの食券を購入してカウンターに置けば、食堂のおばちゃんが朝にも関わらずニコニコと人の良い笑顔で調理に取り掛かってくれる。

 

「おはよう遊姫(ゆうき)

 

 料理ができるのを待っていれば隣から透き通るような声が聞こえてくる。

 

「おはようだね、エミリア」

 

 声の主へと振り返ることなく挨拶を返す私の行動を、エミリアは咎めることせずに食券をカウンターに置く。

 本名をエミリア・カルケイドと言う。金髪碧眼のイギリス人女性で、私と同い年で高校も一緒だった仲。お互いを高めあった仲でもあり、友人と言っても何ら差し支えのない人物だ。

 

「今日から新学期だな」

 

 エミリアがつまらなそうな表情で言った。楽しみにしているわけでも面倒だと悪態をつくわけでもない、興味のないことがありありと分かる。

 

「新学期と言えば新入生入場だね。どこで育んできた分からないような幻想を抱いてやってきて、辛くなって泣くのは何人になるだろうか……なーんて」

「去年と同じく二桁は超えそうだな。その分教える人数が減るのはありがたいことだがね」

「私も似たようなものだーよね。保健室の利用者が減るような事態になってくれた方がありがたくて感動しちゃうな」

「ふん、前半は怪我人が多数押し寄せるだろう」

「それでも半分以上はお帰り願うよ」

 

 肘を擦りむいたなどという理由で保健室にやってきたのなら私は問答無用で追い出す。そうして自由な時間を確保してきたのだ。

 私とエミリアがおおよそ生徒に聞かせることのできない話をしていると、カウンターにそれぞれが頼んだモノがトレイに乗ってやってきた。

 

「アンタ達、そういう話を生徒達にきかせるんじゃないよ」

 

 私達の朝の会話をいつも聞いている食堂のおばちゃんが苦笑を浮かべながら注意してきた。

 

「そのような失態を犯すつもりはないよ」

 

 ショートカットにした金髪を意味もなくかきあげたエミリア。背が高く中性的かつ美人な彼女は男女問わず好意を寄せられる。特にこの学校の女子生徒から熱っぽい視線を送られることも多々ある。現に遠巻きからエミリアに視線を送る女子生徒がいるのだ。

 残念なことにエミリアはそれら熱烈な視線にリアクションを返すことをしない。

 高校の先輩であり同じ職場の先輩でもある千冬先輩だったら鬱陶しそうに顔を歪めるだろうに、エミリアはまったく無反応。向けられる視線をないものとしているんだろう。

 結果、羨ましそうな視線を私に向けてくる者が出てきて困ってしまう。

 

「エミリア、君に送られている視線がとても鬱陶しいから離れて座ろうよ」

「断らせてもらう。遊姫が近くにいれば視線が多少なりとも緩和されるからな」

 

 私の提案がエミリアによってバッサリと切り捨てられてしまったので、今日も仲良く朝食タイムを過ごすことになったのだった。


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