IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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5話

 ある日の放課後。射撃部の活動拠点である射撃場にて、真剣な顔で遠くに見える人型の的を狙っている部員達から少し離れたベンチの上で、エミリアは目を半眼にしてその光景を見ていた。

 その隣に腰を下ろしているのは緊張の面持ちのセシリアであった。毎回のように纏わせていた憧れの存在を見るような瞳はかなり薄まっている。

 進展なく、諦めて近寄ってこなくなると思っていたのだが。

 エミリアは膝にある一枚の用紙をつまみ上げる。『入部希望用紙』と名付けられたソレには、セシリア・オルコットの名前と、入部希望部活動名の欄に書かれた『射撃部』が記入されていた。セシリアは射撃への入部を希望しているということだ。

 まさか、一歩前進してくるとは思わなかった。何があって歩を進めてきたというのか。

 

「……入部希望」

「はい」

「……入部することを希望」

「はい」

「射撃部に入部することを希望」

「はい」

 

 エミリアはため息を吐きだしたくなった。指導意欲を持ち合わせていないというのに、どうしてこうも入部希望者が現れるのか。

 

「真面目に取り組むように」

 

 エミリアは顔を向けることをせずに言った。彼女の態度はセシリアに限ってのものではない。部員の誰に対しても同じような振る舞いをするのだ。その態度がファンを作り出していることを彼女は知らない。

 エミリアにとって、セシリア・オルコットは憧れというフィルター越しに話しかけてくる鬱陶しい存在であった。何をそんなに憧れているのか知らないが、ともかく鬱陶しい。それ以外には、特に何であるかを決め付けていなかった。

 エミリアは立ち上がって、射撃部部長にセシリアを紹介する。そして義務を果たしたと言わんばかりに、射撃場から出て行った。

 外に出ると、オレンジ色の光が世界を染めていた。その世界に負けじと存在する影が物悲しい雰囲気を演出する。その中をエミリアは歩く。

 エミリアは保健室のある方向へと向かう。自分の認めた相手がいる場所だけが心落ち着けるのだ。他の場所などでは意味はない。自室よりも落ち着ける保健室、正確にはそこに存在する遊姫と二人きりになれる場所こそが落ち着ける。それほどまでに、エミリアの中を占めるのだ。

 保健室にたどり着く。エミリアはノックをすると、返事を待たずして扉を開いて入る。

 

「お、エミリア。部活をサボるのかい?」

「ああ。疲れたからな」

 

 ベンチに座っていただけなので、疲れたというのは嘘である。遊姫はそれが嘘だと分かっているが、そのことについては何も言わずに、笑顔で招き入れる。

 エミリアはコーヒーを淹れると、部屋の隅からパイプ椅子を持ってきて座る。コーヒーを一口含んで、遊姫の方を向く。

 

「我が部にオルコットが入部することになった」

 

 ポツリとつぶやく。その表情は芳しくない。

 エミリアとは逆に、遊姫はニコニコと笑みを浮かべる。

 

「おぉ、私のアドバイスが参考になったと見ていいのかな?」

「アドバイス?」

 

 聞き捨てならない言葉が遊姫の口から出てきたので、エミリアは疑問の声を上げた。鋭い視線を遊姫へと向ける。もしや、セシリアが行動を起こしたのは、遊姫のせいなのか?

 遊姫はエミリアの視線をさらりと受け流して話し始めた。セシリアがエミリアとお近づきになりたいと言っていたことを。自身が憧れを捨ててはどうかと提案したことを。

 

「お前が元凶か」

「その通り」

 

 悪びれもせずにケラケラと笑う遊姫に、エミリアはやれやれと苦笑を浮かべた。そして、頭の中で不意に浮かんだことを言った。

 

「アドバイスするとは、お前らしいな」

 

 その言葉に遊姫が息を飲むのを、エミリアは感じ取った。一瞬だけ変化した遊姫の表情を彼女の眼が捉えたのだ。

 

「何か面白いことに発展するかなーなんてね」

 

 不真面目で無責任な言葉を吐き出した遊姫の瞳が僅かにぶれた。

 ああ、やはりとエミリアは思った。月村遊姫は必死になって、自分の本来持っている色を隠す為に新しい色で上塗りしている。自分も周りも偽っているのだ。

 エミリアは内心で微笑みを浮かべた。遊姫が動揺するのは私の言葉だけだ。他の人間の言葉では動揺しない。山田真耶でも織斑千冬でも無理だ。

 私だけが遊姫の本当の姿を見ることができる。

 優越感にエミリアは笑みを浮かべる。

 

「面白いことに発展するなんてことは起こりえない。あるとしたら、銃が暴発するという笑えない冗談だけだ」

「それは、作為的なものを感じさせてくれる冗談だね」

「だろう」

 

 二人して笑い合う。遊姫は本性を隠す仮面を定着させるために、エミリアは遊姫との時間を共有しているがために。


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