IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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2話

 凰鈴音が転入してきた。

 そのような話が、最近保健室を訪れるセシリアからなされた。話をする際に、何処か不服な顔をしていた。

 私は興味もなかったので、その理由は聞かなかった。他人を構い倒す時間なんてものは私にはないのだ。

 セシリアも理由を聞いてもらいたい訳ではないらしく、冷蔵庫から紅茶を取り出して、エミリアがいるであろう射撃場へと向かっていった。

 私はゆるりと放課後の時間を堪能する。今日の保健室来訪者は3人と、少なかったので自由時間を取られることはなかった。毎日怪我人が出なければ良いと思う。そうすれば、もっと自由でいられる。

 そう思って、ほうじ茶を飲む。飲み終わったタイミングで、扉が控えめにノックされる。

 コンコンと乾いた音がすると、一息遅れて「失礼してもよろしいですか?」と声が聞こえてくる。

 

「どうぞ。お入りください」

 

 IS学園では聞きなれない男性の声が聞こえてきたが、疑問に思うことなく入室を許可した。声に聞き覚えがあったからだ。

 扉が控えめな音で開かれる。部屋の性質上、中にいる人間を気遣ってのことだろう。

 部屋の中に入ってきたのは、紺色のスーツを着た中年の男性だった。スーツの上から少し腹が出ていることが分かる、肥満体型の男の顔は、柔和な笑顔が浮かんでいる。その笑顔の隙間から疲れが滲み出ている。

 

「久しぶりだね、月村くん」

「はい。お久しぶりですね、西島(さいしま)さん」

 

 西島さんが手を差し伸べてきたので、私も椅子から立ち上がって手を伸ばして握手をした。

 西島(さいしま)恵助(けいすけ)は私がIS学園に在学していた時に、色々と助けてくれた人だ。日本に五本程しかないIS関連の会社『西島重工』の社長で、私をそこのテスト・パイロットに採用してくれた。

 

「どうしたんですか、急に。連絡もなく来るなんて。女子生徒から不審者を見るような眼で見られませんでしたか?」

「ああ、そうだね。連絡を入れなかったのはすまないね。最近忙しくて、そういう気遣いがぼんやりとしてきているんだよ。や、これは言い訳だね。素直にもう一度謝ろう。月村くん、すまないね」

「最後のは無視の方向で進むんですね」

「や、そんなことはないよ」

 

 私は部屋の隅からパイプ椅子を引っ張り出して、西島さんに座るよう促す。彼は「や、すまない」と軽く礼を言って腰かけた。やはり、疲れているのだろう。背もたれに体を預けて、大きく息を吸って吐きだした。

 私はほうじ茶のおかわりをして、西島さんに白湯を手渡した。

 

「や、すまないね。アポなしの無礼者にわざわざ飲み物を出してくれるなんて」

 

 社長というのに謙虚と言うべきか、西島さんは私のような一回りも離れている小娘に対して、ペコペコと頭をさげてくれる。あまり自分を卑下するのもどうかと思うのだけど。

 

「いえいえ、お世話になりましたから」

「や、そういうふうに言ってくれると助かりますよ」

「それで、何用でこんなところまで訪ねてきたんですか?」

「用件ですね。や、簡単なことですよ。月村くんに渡す物がありましてね」

「渡す物? 社長が自ら出向いてまで渡す物なんかありましたっけ?」

「や、当初は技術部の白季(しらき)くんが出向くはずでしたけど。ほら、彼は君に惚れ込んでいるから、長居して迷惑になるかもしれないでしょ。と、いう訳で僕が来たわけですよ」

「そこで、西島さんに変わる意味が分かりませんけどね」

 

 クツクツと笑う西島さんに、私は呆れる。

 

「や、渡す物の関係から、僕が一番の適任者でもありますしね」

 

 笑うのをやめた西島さんは、スーツの内側から指輪を取り出して、私の眼前に晒した。滑らかさのない、機械じみた緑色指輪に、私の心は少しだけかき乱された。それを表に出すことなく、私は笑みを浮かべて、「確かにある意味においては、適任者ではありますね」と言った。

 西島さんは私の顔を見て、やれやれと安堵のため息を吐きだした。

 

「やはり、僕で正解ですね」

 

 西島さんには全てお見通しのようだ。何もかも読まれているのではと、錯覚しそうになるほどに、彼の眼は柔和そうな表情に似つかわしくない鋭さを持っている。いや、過去を振り返れば、多少の推測はできるだろうから、あの眼が全てを暴いている訳ではないはずだ。

 

「月村くんには、この指輪を受け取っていただきたいのですが」

「拒否したいですね。いくらお世話になったからって、社長と結婚する気はありませんよ」

 

 指輪を乗せた手が近づいてきたが、私は手を差し出すことはない。受け取る気がまったくないからだ。それどころか、両手を白衣のポケットに突っ込んで断固拒否の姿勢を取る。

 

「や、気持ちは分かりますけどね」

「なら、身を引いてくださいよ」

「残念ながら食い下がる他ないのが、僕の現状ですよ」

 

 西島さんは立ち上がって、私のデスクの上に指輪を置いた。

 

「僕の会社が二年前に笹萩(ささはぎ)重工の傘下に入ったのは知っていますよね。そのおかげで、僕はトップではなくなりました。や、西島重工の中ではトップですが、所詮は子会社と言わざるを得ない状況でしてね。親会社の命令は絶対なんですよ。でしてね、上からの命令で、月村くんにコレを渡さなくちゃいけないですよ」

「何ですか、その命令?」

「や、僕にも意図は分かりませんよ。ただ、渡すようにと言われましてね」

 

 困ったような笑みを見せる西島さん。

 私は観念して指輪を掴み取った。おそらく、私がこの手で指輪を受け取るまで、ずっとこの場に居続けるだろう。

 私が指輪をデスクの引き出しに入れるのを確認すると、西島さんは申し訳なさそうな顔で「すまないね」と言ってくる。彼も本位ではないのだ。

 

「や、用件も終わったことですし、御暇しますかね」

 

 西島さんは、私に背を向けて扉へと向かっていった。扉を開けて外へ出る直前に、彼は振り返った。

 

「や、安心してください。改善は行いましたから、あの事故のようにはなりませんよ。後は、月村くんがありのままの自分を以て扱うだけですよ」

 

 それだけ言って、西島さんは扉を閉めた。ゆっくりと響く足音が段々と遠ざかっていった。

 私は、椅子の背もたれに体を預けて眼を閉じた。やはり、全てを見透かされている。

 

「ありのままの自分……ね」

 

 心に多少の窮屈を感じながら、私は微温くなったほうじ茶を飲み干した。


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