IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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11話

 セシリアが少し指先に力を込めれば、レーザー・ライフルの銃口から熱線が迸る。彼女の周囲に展開された、四機の『ティアーズ』から放出されたレーザーが後に続く。細長い五本の熱線は、真っ直ぐ一夏を目指す。

 

「しま――」

 

 レーザーは一夏へと突き刺さり、地上へと彼を撃ち落とした。

 視覚や聴覚、反射神経さえも補助し、増幅するハイパー・センサーが戦場に僅かに響いた、驚愕の声を拾う。

 あのような、隙だらけの姿を晒し続けて、何が「しまった」なのか。思いがけず晒してしまった隙を突いたのであれば、セシリアも多少の優越感を得ることができるが、一夏相手ではその感覚が芽生えることはない。

 セシリアは『ティアーズ』をスラスターに戻し、レーザー・ライフルの銃身をダラリと下げる。

 緊張もなく、高揚感もない事務的な試合だった。力の差が顕著な試合に、観客も飽き飽きしていることだろう。

 セシリアは、ハイパー・センサーの力で周囲をぐるりと見渡す。一体、見物客がどのような顔をしているのか、一夏へと期待して裏切られたと思っている者が何人いるのか。

 視線を巡らせると、ポッカリと空席が目立つ場所があった。

 その空席を確認して、セシリアは諦めたかのようにため息を吐き出す。空席になっている場所は、エミリアと遊姫がいた場所だった。一夏がフィールド入りする前に確認したのだから覚えている。あの二人が何事かを話しているのを見ていた。エミリアは不機嫌そうな顔で、遊姫は屈託のなさそうに見えるニコニコした笑みを浮かべて。

 フィールドと観客席の間にある障壁のせいで、音声を拾うことはできないが、絶えず唇が震えていることから、滑らかに話をしていたのだろう。

 高々、保健養護教諭が、最強クラスのIS装着者『神の眼』と呼ばれたエミリアと仲良く話し込んでいる。

 セシリアはそれが気に食わない。どうして、そこに壁がないのかと疑問に思った。

 空席をから目を逸らして、他の人を見る。すると、全員が全員食い入るようにフィールドの一点を見ていた。セシリアのいる位置よりもはるか下を。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

 ハイパー・センサーが敵の息遣いを拾い上げるのと、セシリアが地上を見下ろすのは同時だった。

 

「まさか……」

 

 地上から決意に満ちた強い瞳でセシリアを見上げる一夏に、彼女は呆れたような声を漏らした。

 今まで散々にISの世界を舐めておいて、まだ馬鹿にするような態度を取るとは。もう、呆れるよりほかない

 

「最適化せずに闘っていたなんて」

 

 専用機と呼ばれるISには使い手に合わせて『最適化』を行うことができる。それは、ISCと人間を擬似的に繋げる。両者を繋げことによって、使い手のイメージをより円滑にISに反映することができるようになるのだ。

 先程までの一夏の姿は、最適化による恩恵が得られなかったが為に、ぎこちなく無様なものであった。だが、今からは違う。

 

「俺も、俺の家族を守る」

 

 一夏が独り言を呟いている。ハイパー・センサーが拾う音声を、セシリアは理解できていなかった。

 セシリアは唖然とした表情で一夏を見ていた。正確には、一夏が握り締める近接用ブレードを。

 近接用ブレードの一部がスライドして、そこから青白い光が溢れ出していた。その光が剣先までを包み込む。

 セシリアはその光を見たことがある。ISの世界大会『モンド・グロッソ』。そこで行われた過去の試合の映像にその光はあった。二度も世界最強の地位を得た織斑千冬の最強の一撃。

 

「零落白夜!?」

 

 驚きにセシリアの瞳は揺れる。揺れた瞳は一つの想いを以て一夏へと定まる。

 あんな男が、努力を重ねてきたわたくしよりもISに相応しいというの。何もせずに、選ばれただけの男に、与えられるだけの男に。

 怒り心頭に発する。体を駆け巡る怒気に促されるままに、セシリアはだらりと下げていた銃口を、いまだに何かを言っている一夏へと向ける。

 怒りの中に少しの冷静さを見出しながら、セシリアはトリガーを引く。熱線が銃口から飛び出し、一夏を狙い打つが、それよりも一瞬だけ早く一夏が飛び上がり、熱線は地面を焼いた。

 今までよりも速い動きを見せる一夏。

 セシリアのレーザー・ライフルは次発装填まで三秒要する。次の射撃が行えるようなるまでに、一夏は青白い光を纏わせたブレードを構えて肉薄してくる。

 

「おおおおっ!」

 

 雄叫びを上げて最接近した一夏は、横薙にブレードを振るう。その一撃は、一夏の中で姉である千冬が収めてきた数々の勝利を思わせる。しかし、『最適化』『零落白夜』と続いたビギナーズ・ラックはそこで終了を伝えた。

 

「所詮は素人、分かりやすい動きをしてくれますわ」

 

 その言葉が一夏の耳に入り込んできた時には、セシリアは、彼の眼前から消え失せていた。、代わりに、本体から切り離された『ティアーズ』が四機、一夏に砲口を向けていた。

 

「このまま挟み込ませていただきますわ」

 

 ハイパー・センサーになれていない一夏は、セシリアの声が背後から聞こえてきたことによって、後ろに回られたことに気づいた。

 セシリアは一夏の背中を撃ち、『ティアーズ』が正面から胸を撃ち抜く。

 アリーナ内に試合終了の合図が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、セシリア・オルコットはクラス代表を辞退したんだ」

 

 翌日の放課後。真耶ちゃんが保健室に遊びに来た。

 私はその時、ちょうど暇を持て余していたものだから、喜んで招き入れた。真耶ちゃんにオレンジジュースを出して、私は昨日の試合について、それからの結果について聞いた。

 試合に勝利したセシリアは、試合が終わってすぐに千冬先輩のところを訪ねて、クラス代表の座を辞退すると言ったらしい。そこにどんあ思いがあったのかを知ることはできない。第三者は身勝手な憶測でモノを語るしかない。

 

「ま、本人の決断ならいいでしょう」

「そうなんですけど。ワガママを言わせてもらえるのでしたら、オルコットさんにクラス代表をお願いしたいですよ」

「ほう、それは何故?」

「織斑先生には申し訳ないんですが、なんとなく織斑くんが頼りにならない気がするんですよ」

 

 申し訳なさそうに言う真耶ちゃん。

 

「頼りにならない……か。ああ、風の噂で、織斑一夏のISが零落白夜を発動したとか?」

「はい。おかしいですよね。ISの唯一仕様能力って千差万別で、同じ能力になることはないはずですよね」

「それはどうかな。ISについては未知の部分が多い。織斑一夏がISを扱うことができた事例があるのなら、同じ唯一仕様能力があっても不思議じゃないよ」

「不思議じゃないって言いますけど、世界最強と呼ばれる織斑先生の弟で、同じ唯一仕様能力。作為的な気がしますけど」

 

 真耶ちゃんの言葉に、私はキャスター付きの椅子を回転させながら考えてみる。視界がぐるぐる回るのと合わせて、思考もぐるぐると回転する。

 作為的という言葉には同意をせざるを得ない。

 色々と考えたが、私が言うことのできることはそれくらいだ。


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