IS 教師の一人が月村さん   作:ネコ削ぎ

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エピローグ

「それで、私たちにだけは教えてくれるわね。教えてくるわよね?」

「脅し、友情の消滅、さよなら、ミシャ」

「あらぁ、友情も儚く散っちゃったわねぇ。ルベリーちゃんも残酷なことを言うなんて成長よねぇ」

「アハハァ。ミシャは他人から重要に思われていないんだなぁ」

「仕方ないよ。強引なこともあるから辟易するもの」

「あらあら。ミシャさんも大変ですね。本当に大変ですね」

「知りたい気持ちは私たちも同じさ、今回の事件の中身という奴を」

「くぅ。相変わらずキキラの文章構成は気に入りません。そこは『今回の事件の中身という奴を知りたい気持ちは私たちも同じさ』になるべきです」

「助けて、フィラカルイア。超助けて」

「ええと……頑張ってください。マリさんと仲睦まじくお過ごしください」

「裏切者!!」

「でだ。三馬鹿放っておくとしてセシリアにシャルロット。教えなさいよ。ことの流れを一字一句ね」

 

 ずいずいと包囲網が狭められていく。留学生組の円形陣の中央では椅子に座らされたセシリアとシャルロットが疲れ切った顔をしている。

 そんなことお構いなく突っ走るのが留学生組の強みだ。疲れていようが幸せであろうが関係なく突っついてくる。

 関係のない話題が時折ひょいひょいと姿を見せては会話がずれていき、忘れたころに元の話題に戻っては脱線していく。疲れていたとしても楽しい気分にさせられる統一感のない会話に、セシリアもシャルロットも笑顔を見せて応じる。

 

「気分よくなったところで事件について――」

「絶対に口外できませんわ」

 

 油断を狙って向けられる真実追究のメスを軽く逸らす。相手を知っているからこそできる、という意味ではセシリアにとってこの場にいる仲間は親友だった。たまに鬱陶しく思うが。

 

「っち。セシリアじゃ駄目ね。というわけで優しくて友達想いなシャルロットなら答えてくれるわよね」

「えー、ボクもセシリアと同じかな?」

「アハハァ。本当に教えてくれないなんて、ミシャはやっぱり人望ないんだ」

「あら、そんなこと今に知ったことじゃありませんよ」

「くそ、毒吐くな蚊帳の外共め」

「仕方ないよ。二人が人の心を容赦なく抉るのも今に始まったことじゃないから」

「ふふふん。逃げろ、どこまでも」

「どこまでも逃げろ、ですよ。ふざけるのもいい加減にしなさい」

「両者、ふざけに、ふざけてる。舞台上のピエロ、滑稽」

「あらぁん、相変わらずの模様にルベリーちゃんも相変わらずね。平和が一番よねぇ。とっても平和だわぁ」

 

 平和、という言葉が嫌でも仮初のものでしか感じられない。セシリアはちらりとシャルロットの顔を盗め見る。すると視線がぶつかり合った。シャルロットも同じ想いを抱いたのかもしれない。驚きもなく互いの顔を確認すると、不審に思われないようにすぐさま視線を元の位置に戻した。

 篠ノ之束は逃げ出した。それも手引きされての逃亡だ。

 伝えられた情報は、また問題が発生することを暗に告げていた。

 

「確かに……平和が一番ですわ」

「だね。平和だから笑い合えるんだもんね」

 

 二人はとにかく笑った。これからまた笑えなくなる一幕を感じ取りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが終了したとき、私はまたしても染み一つない白いシーツの上で大人しくしていた。身体中に痛みが走ることを考えるに歳には勝てない。試合後にベッドの上で横たわっているのがその証拠だ。ただでさえ負担のかかる戦い方をしているから、より一層に年齢には勝てない。

 

「歳と言っても二十代。歳を指摘することはないだろう」

 

 ベッド脇に堂々と腰を下ろしたエミリアがこともなく言ってのける。心労を塗りたくった顔は今回の事件で犯した罪の追及を受けてきたことが原因だろう。考えてみればアリーナにはカメラが設置されているのだから、私とエミリアが戦闘した記録が残ってしまっているのだ。それも、彼女が車椅子を狙撃するという明確な敵対行動が隠すことなく映っていた。これは異心ありと疑われて仕方がない。

 ドッと疲れる事件の後に待っているのは事件に関しての事実確認。私も病院のベッドで黒服でガチガチに硬い雰囲気を携えた男女から質問攻めを受けた。

 事件についての質問を受けるだけでなく、姫麗の件に関しても質問をぶつけられてしまった。どうやら束先輩がゲロってしまったようだ。迷惑な話だ。

 だが、姫麗の件に関してはどうにかできた。IS学園上層部が動いてくれたのと、何故だか西島重工とそのボスである笹萩重工が色々と弁護してくれたのが大きい。

 これで私はIS学園、西島重工、笹萩重工の三つの前では頭を上げられなくなった。元々上げられるほどの頭なんて持ってはいないけど。

 そんな一時期問題となった娘の姫麗は私の膝の上を陣取って昼寝をしている。この子もこの子で尋問にあっていたために疲れ切っていたのだろう。駆けよってくるなり抱き着いて寝始めるほどだ。

 

「それで、束先輩はどうなったって?」

 

 私が地べたとお友達になっている間に束先輩は千冬先輩やエミリアに負けて無事に捕獲されたらしい。現場を見ていないからなんとも言えないけど。

 捕まった束先輩は尋問を受けたらしいが何一つ喋らず。たまに口を開けば人の神経を逆なでするようなことばかりを吐き出す。千冬先輩が面会に行った時も特に情報らしい情報を得ることはできなかったという。

 

「さぁな。分かることは逃げ出したってことは確かだ」

 

 興味がない。エミリアの口調がよく語っている。

 そう。束先輩はつい数日前に逃げ出した。それも何者かの手引きによってだ。

 

「誰の仕業なんだろうね。くーちゃんを見捨ててまで」

「知らん。奴のことだ。他の駒を用意していたんだろうさ」

「自分のクローンに私のクローンとくれば、続いて出てくるのはエミリアか千冬先輩のクローンだね」

 

 確かエミリアのクローンは作ってないと言っていたけど、どこまで信用できるか分からない。あの次元を超えてしまった人間に対してはほぼ全てを疑っても問題ないほどだ。

 

「くーちゃんもまた情報らしい情報を差し出してはくれないみたいだし。うーん、尋問する人は大変だね」

「腕を磨いて出直す必要があるな。役立たず共が」

「厳しいね。だけど腕磨かれちゃったらエミリアは有罪判決を受けて今頃牢の中だけど」

「知らん。そんなヘマしない」

「証拠を残すヘマした人間のセリフじゃないよね」

 

 穏やかな寝息を立てる姫麗の髪を撫でる。サラサラ柔らかで大層な触り心地だ。

 

「ところで遊姫」

 

 暫く心地よい沈黙を保っていると、エミリアが妙に真剣な声音を出す。振り向けば同じように真剣な表情が見える。

 

「抱きしめる約束を忘れてはないだろうか」

 

 真剣に何を言うかと思えば……大事な話だった。私の人間としての在り方にも関わる真面目な話だった。

 

「忘れてはないけど、この状況下で話す内容じゃあない気がするよ。せめて私が病院から解放されるのを待つとかはないのかな」

「ないな。病院という場面も中々そそるしな」

「そそらないでくれると助かる」

「それとも一夜を共にするか。私は子持ちでも構わないしな」

「エミリア。一度検査をお勧めするよ。もしくは千冬先輩に殴られておいで。きっとよくなるはずだから」

「遊姫にだったら殴られてもいいが、あのブラコンヌに殴られるのだけは遠慮する」

 

 言い終わるなりエミリアがくつくつと笑う。ひとしきり笑うと何故か頭を差し出してきた。殴れと言っているのだろうか。

 

「悪いけど。保健の先生をやっているから暴力は望むものじゃないんだ。そういうのは特殊なお店でやってね」

 

 怪我人やっているからね。手がふさがっているんだ。

 

「エミリア。今更だけどお疲れさま」

 

 姫麗を起こさないようにして、エミリアの身体を包み込んであげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、私は無事に退院することができた。前回以上に無理をしたせいで、もはや両足の自由が利かなくなり、完全に車椅子生活が幕を開けた。

 良いか悪いかは判断つけられない。自業自得と言えば自業自得だから、文句は言うことができない。

 まぁ、グチャグチャになっても保健の先生は続行する。多少仕事が不便になったけど、私はこの仕事にやりがいを感じているからね。

 

「遊姫先生。高速機動の練習してたらおでこぶつけちゃった」

 

 既に絆創膏という処置を受けたシャルロットが嬉しそうな顔でやってきたり。

 

「……軟弱者め。軽く小突いたくらいで気を失うなど、鍛練の足りない証拠だ」

 

 箒が身体中に打撲痕をこしらえた一夏を引きずってきたり。

 

「エミリア先生に使いッパシリをさせられている気がするのですが……これは本当に修行の一環なのでしょうか?」

 

 たぶんパシリとして使われているセシリアが愛の鞭なのか何なのか悩みを相談しにきたり。

 

「母様。今日のご飯はなんですか?」

 

 可愛い娘が膝上に乗っかってきたり。

 

「はてはてさてさて……楽しいね」

 

 束先輩がまた変な企みを実行するまでの間は、この保健室は平和のまま営業を続けていく。

 

「もちろん、私の好みを熟知している遊姫の作る弁当だ。美味いに決まっている」

 

 日常的に受け持ちの授業をサボったエミリアに抱きしめられ、負けじと正面から抱き着いて姫麗の二人に挟まれて、入りきらない幸せと共に溜息を吐きだした。

 私は所詮この学園の一教師でしかないけど、エミリアや姫麗からは唯一の存在に想われている。それが堪らなく嬉しかった。


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