【平原】のベースキャンプに着いた三人は、所持品を確認する。
今回の所持品は、回復薬、回復薬グレートが各自10個ずつ、それと解毒薬が10個ずつ、ヴェルデとカナは砥石が20個ずつ、アリナは弾丸各種、更にシビレ罠、落とし穴がそれぞれ1個ずつ、大タル爆弾が計9個、小タル爆弾が10個、そして閃光玉が計15個、調合分も含めればそれ以上もあり、現在彼らが準備できる限りのアイテムを持ち込んでいる。ただ、
「うっへぇ...これ全部俺が運ぶのかよ...」
その分、ヴェルデに掛かる負担は大きくなってしまうのだが...
アリナとカナに手伝いを頼もうとしたヴェルデだったが、それはアリナに「今リオレイアはエリア1にいるから頑張って」と、却下された。
渋々ヴェルデがエリア1まで台車を運び、エリアの端に置く。
そして、彼らの準備が終わり、エリアの中央へと進む。
――それは、ただ悠然と立っていた。
しかし、ただ立っているだけでも、辺りに威圧感を撒き散らしていた。
以前、彼が最後まで勝つことが出来なかったモノ。
それに対して、今度こそは、と仲間と共に挑む。
――雌火竜リオレイア。
それは、侵入者に向けて、大きく息を吸い込む。
「ゴアァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」
空気の振動が、肌に直接触れる。
その威圧的な咆哮に対し、だが全く怯まない狩人達。
――カナタ村を守る――
その思いを胸に、三人の狩人達は、陸の女王に向けて走り出す――
「おぉ―――ッ!!」
リオレイアの咆哮に劣らない叫びと共に走り出すヴェルデ。
狙いはその太い脚。モンスターの生命力といえど、以前ヴェルデによって破壊した鱗は、完全には治りきっていない。
「――ッ!」
そのヴェルデと共に走るのはカナ。
狙いは翼膜。飛行時以外は邪魔になる翼膜は、畳むことによって邪魔にならないが、その分柔らかくなっている。
「「――ッ!!」」
そして、目標に向かい、それぞれの武器を叩きつける。
ズバァ!!という音が響いた。
しかし、それはカナが斬りつけた翼膜のみであり、ヴェルデは甲高い金属音と共に、自らの武器に両腕を持って行かれる形で弾かれてしまう。
「ぬぉぁ!?」
鋭い切れ味を誇るランポスクロウズが弾かれた事で、流石に動揺を隠せないヴェルデ。そんなヴェルデを、リオレイアの瞳が捉える。
(やば――ッ!!)
しかし、リオレイアの攻撃がヴェルデに届くことはなく、そのリオレイアの悲鳴が響いた。
リオレイアは確かにヴェルデを攻撃しようとした。だが、寸前でカナがリオレイアの頭部へと斬撃を加えたのだ。
「カナ!」
アイコンタクトで礼を言い、ヴェルデは体勢を立て直して再度リオレイアに突撃する。
だが、そんなヴェルデに、背後から待ったがかかる。
「ヴェルデくんっ!しっかり武器の整備して来たの!?」
――――――。
たっぷり数秒の間を取って、ヴェルデは踵を返して後退し、武器を砥ぎ始める。
「やっぱり整備してないんじゃない!」
しかしヴェルデは無言のまま武器を砥ぎ続ける。
「さて、いっちょリオレイア狩りますか!」
そして、武器を砥ぎ終えたヴェルデは、何事も無かったかのような表情で立ち上がり、再びリオレイアに向かって突撃する。
「ちょっと!ヴェルデくん!?」
無視されたアリナの叫び声が聞こえたのは、――おそらく気のせいではないだろう。
そうしてヴェルデがリオレイアに突撃しようとしたが、それより速く、リオレイアが仕掛けてきた。
リオレイアの側で大剣を振るい、確実にダメージを積み重ねていたカナを振り切って、リオレイアが突進する。
――ちょうど、一直線上にいるヴェルデとアリナを巻き込むような進路で。
「「――ッ!!」」
リオレイアの考えを察した二人は、同時に地を蹴る。
ただし、同時に動いたとしても、リオレイアが到達する時間は確実にヴェルデの方が早い。アリナは難なく避けることが出来たが、ヴェルデは完全に避けきることが出来ず、リオレイアの脚に吹き飛ばされてしまう。
「ぐ...ッ!?」
なんとか受け身を取るも、再びリオレイアの突進がヴェルデに向かう。
だが、その突進がヴェルデ襲う事はなく、逆にリオレイアの悲鳴が響いた。
その要因は、またしてもカナ。カナの大剣がリオレイアの翼膜を切り裂き、悲鳴を上げさせたのだ。
(カナに助けられてばっかりじゃねぇか...ッ!)
(おそらく)年上の男としての、ちっぽけなプライドを持ち、負けじとリオレイアに肉薄するヴェルデ。
対するリオレイアも、負けじとヴェルデを火球で迎撃するが、ヴェルデは完全に見切った様子でそれを避ける。
一方カナも、ヴェルデと同じく突撃する。リオレイアの意識が完全にヴェルデに向かっていた為、カナは容易にリオレイアに接近し、翼にフルミナントソードを叩き込む。
ヴェルデも、火球を放ったリオレイアの隙をつき、最速でリオレイアへと接近し、勢いそのまま抜刀する。
しかし、その攻撃に手ごたえは無く、金属質の感触が腕に返ってくる。
「…ッ!」
しかし、それでもヴェルデは双剣を振り抜く。
硬い感触が返ってくる中、リオレイアは平然と佇んでいた。
だが、やはりカナの攻撃によって、リオレイアの悲鳴は響く。
カナが斬ったのはまたしても翼膜。ヴェルデの双剣が届かないような高さまで、余裕で到達する大剣は、的確にリオレイアに効果的なダメージを与えていく。
しかし、それだけではリオレイアは倒れない事は彼らもよく知っている。
そもそも、翼膜を斬りつけるだけでは、有効なダメージを与えることはできないのだ。
そして、その事も彼らは知っている。
だが――
(ちぃっ!決定的な隙がないから、今一つ攻め切れねぇッ!)
――攻めようにも、隙がなければそれはできない。
脚をひたすら攻撃し、リオレイアを転ばせる。
それがヴェルデの役目だとは分かっているが、それでもなお攻め切れない。
理由は単純。
リオレイアが、懐への接近を第一に警戒し、それが一番可能なヴェルデを集中的に攻撃しているからだ。
だから、カナも必死に攻撃し、リオレイアの注意を引き付けようとしているが、リオレイアはヴェルデへの警戒を解かない。
どうやって懐に潜り込むか――
先程から、ヴェルデはそれだけを考えていた。
カナがリオレイアに接近し、大剣を振り下ろす。
「ゴアァァッ!?」
その斬撃はリオレイアの翼膜を容易く切り裂き、悲鳴を上げさせる。
ヴェルデに攻撃が集中しないように、積極的にリオレイアに攻撃しているカナ。リオレイアの攻撃の矛先はヴェルデに向いているといえども、カナとて気が抜けない状況が続いていた。
今はリオレイアはヴェルデに攻撃しているが、カナはリオレイアの動きに巻き込まれないようにするのに必死になっていた。
一瞬でも気を抜けば、リオレイアの無意識で自分が死ぬ。
いくらリオレイアを狩猟した経験があるといっても、やはり気は抜けない状況だった。
そして、リオレイアがおもむろに尾を振り始める。
リオレイアの周りを薙ぎ払うこの攻撃は、ヴェルデは双剣の機動力を活かし、アクロバティックに避けることができるが、大剣を操るカナには、その機動力はない。必然的に、剣の腹でガードする事になってしまい、結果的にワンテンポ遅れてしまう。
その間にヴェルデがリオレイアに接近するも、リオレイアがサマーソルトをするせいで、ヴェルデが後退し、距離が戻ってしまう。
このようなループが、先程から何度も続いていた。
(どこかでこの流れを断ち切らないと…!)
その間も、アリナはリオレイアへと執拗に弾丸を撃ち込み続けているが、やはり決定力に欠ける。
決定力がある弾丸といえば拡散弾だが、拡散弾は、着弾してから無差別に爆弾をばら撒くため、ヴェルデやカナに当たってしまう可能性が高い。
かといって徹甲榴弾でも、本来頭部に当ててめまいを起こさせるための弾丸であるため、頭部以外に当てても、やはり決定力に欠ける。
リオレイアは、接近する剣士二人を警戒して尾を振る。
そのせいで、ただでさえ狙うために危険を冒す頭部が、更に狙いにくくなってしまっていた。
そしてふと、アリナはヴェルデの言っていた言葉を思い出し、台車へと駆け寄る。
(アリナの弾丸が止んだ…?)
激しい動きをしながらも、周りの動きをなんとか把握していたヴェルデが、ふと疑問に思い、立ち止まる。
アリナが小型モンスターにでも襲われているのか、と振り返ったヴェルデは、しかしすぐにリオレイアに向き直る。
その顔にあるのは、信頼と、期待。
アリナに安心して背中を任せられる信頼と、これから起きることへの期待。
「おぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
咆哮と共に、ヴェルデは大地を駆ける。
ヴェルデのやることは、これまでと全く同じ。
だが、同じことに、今度は意味が有る。
リオレイアの三連続で放たれる火球を避け、リオレイアへと接近していく。
そして、読み通りにリオレイアが尾で薙ぎ払う。
それを、敢えてヴェルデは、リオレイアが尾を振り終わった時、自分がリオレイアの眼前に来るように、回避する。
「は…ッ!」
リオレイアを挑発するように嘲笑するヴェルデ。そして、ヴェルデの意図をわかるはずもないリオレイアは、ヴェルデ達の思惑通りに動かされる。
「グオォォォッ!!」
ブォン!という盛大な風切音と共に、リオレイアのサマーソルトが地を抉り、空を裂く。
かろうじて回避したヴェルデは、すぐさまアリナとアイコンタクトを取る。
「カナ!目を閉じろ!」
そして、ヴェルデがカナに声を掛けた、その直後、
――視界が、白に染まった。
ヴェルデの推測通り、閃光玉によってバランスを崩され、空中から地に墜とされたリオレイアは、その巨体を立ち上げるのに手間取り、もがいている。
「よし、今だッ!!」
だが、それを喜ぶ暇も無く、ヴェルデの声と共に、一斉攻撃を仕掛ける。
カナは、その一連の動作に驚きを隠せなかった。
何度も同じ行動を繰り返し、リオレイアの行動パターンを把握。
弾丸が止んだことをきっかけに、そのパターンを利用して、絶大な隙を作る。
それを、数回のアイコンタクトで、互いに把握して、やってのけた事に。
そして、彼らは倒れ込んだリオレイアの、ヴェルデは頭、アリナは脚、カナは尾を集中的に攻め立てる。
リオレイアが倒れた数秒、だが狩りでは重要な数秒が経過し、リオレイアが立ち上がる。
閃光玉の効果は効いているはずだが、しかし今、リオレイアに近寄る事を、狩人としての本能が許さなかった。
そして。
「ゴアァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」
リオレイアの怒りの咆哮が轟く。
その口からは、炎が燻って、黒い煙になった吐息が出ていた。