同時に、一章完結です。
長かった...
彼らが激戦を繰り広げた【高山】、その上空は所々に晴れ間が見え始めていた。
初冬の寒空の下、枯れ始めた木々に囲まれたエリア8、そこで、二人の狩人と、一頭のモンスターが対峙していた。
狩人の名は、ヴェルデ・ヘルトデイズ、アリナ・ローゼヴィント。両者共に、今年のハンター養成学校で素晴らしい成果を残した卒業生だ。
モンスターの名は、イャンクック。またの名を怪鳥とも言い、ハンターの登竜門ともされるモンスターだ。
彼らが繰り広げてきた戦いに、終止符が打たれようとしていた。
ランポスクロウズを研ぎ、ヴェルデが立ち上がると、丁度音爆弾の効果が切れ、イャンクックがこちらを向いた時だった。
その嘴からは、炎が溢れ出ている。怒り状態だ。
「怒り状態だろうが何だろうが、グダグダやってる暇は無いッ!早く終わらせるッッ!!」
いつもは懐に潜り込んでから鬼人化するヴェルデだったが、一秒一瞬たりとも無駄にしないように、鬼人化したままイャンクックに突っ込む。
激しく体力を消耗する鬼人化を、様々な悪条件が重なっているこの状況で使用し続けている為、ヴェルデの体力は、とうに限界を過ぎていた。
しかし、彼は弱音を吐かずにイャンクックに立ち向かっていく。
ヴェルデがイャンクックに突撃する、しかしそれが読めていたかの様に、イャンクックは何度も炎を吐く。
炎に地面が焼かれる音に怯むアリナだが、ヴェルデはどこ吹く風と言わんばかりに、正面から突っ込む。
一見無謀に見えるこの行動だが、ヴェルデは炎に焼かれる事無く、イャンクックの懐に潜り込んだ。
イャンクックの炎は、それぞれ左右に吐いていたため、中央部に僅かな隙間が空いていたのだ。
しかしイャンクックは、ヴェルデを待ち構えていたかのように、嘴をヴェルデに向けて叩きつける。だがヴェルデは、体を無理やり捩じってそれを回避する、明らかに常人では不可能な避け方だった。
しかし、極限まで疲労が溜まっていたヴェルデは、体勢を立て直すことができず、そのまま地面に倒れ込んでしまう。それをイャンクックは見逃さない。再びヴェルデに向けて嘴を叩きつけようと、嘴を振り上げる。
「させないっ...!」
そこを、アリナの放った通常弾Lv2が、イャンクックの嘴に着弾し、破片を飛び散らせる。そして、動きを止めたイャンクックに、さらに一発、もう一発と弾丸を撃ち込んでいく。
先程までは、アリナに見向きもしなかったイャンクックが、アリナに鋭い視線を向ける。
その視線には、今まで彼女が感じた、何倍もの殺気を感じた。
しかし、恐怖を抑え込んで、再びイャンクックに通常弾Lv2を撃ち込む。
イャンクックもダメージが蓄積されているのか、何発か弾丸を撃ち込むと仰け反る。だが、すぐにアリナに向かって突進してくる。
十分に距離を取っていたアリナは、その攻撃を難なく避けると、既に立ち上がっていたヴェルデと入れ替わるようにして、再び距離を取る。そして、アリナと入れ替わるようにして、ヴェルデがイャンクックに突っ込む。
イャンクックは、遠ざかるアリナを追っていた為、近付くヴェルデに対応できずに混乱し、中途半端に炎を吐く。
その隙を見逃さなかったヴェルデは、懐に潜り込みざまに再び鬼人化して、イャンクックの脚に乱舞を繰り出す。
その乱舞が引き金となって、今までヴェルデとアリナが与えてきたダメージが、イャンクックを転倒させる。
「「――ッ!」」
彼らはアイコンタクトを交わして、それぞれの行動に移る。
ヴェルデは倒れたイャンクックに、さらにダメージを与える為、その頭に再度乱舞を繰り出す。
アリナはさらなる追撃を仕掛ける為、台車に向かい、最後の切り札を取り出す。
イャンクックが立ち上がった時、既に準備は整っていた。
ヴェルデは、アリナに視線を送る。
アリナは、その視線に応え、頷く。
ヴェルデはランポスクロウズを納刀し、その辺りに落ちていた手頃な石を拾い、イャンクックに投げつける。そして、挑発されたイャンクックは、ヴェルデに向かって、左右に炎を滅茶苦茶に吐きながら突進してくる。
怒り状態では、モンスターの身体能力が上がる。ヴェルデは、左右の逃げ道を奪われた状態で、圧倒的な速さで迫りくるイャンクックから、逃げ切らなければならなかった。
しかし、彼に不安は無かった。
ヴェルデが何とかアリナの下へと駆け抜け、すぐさま後ろを向いて抜刀する。アリナは、既に弾丸を放っていた。
そして、イャンクックは、アリナが仕掛けたシビレ罠に掛かり、もがいていた。
ヴェルデとアリナは頷き合い、イャンクックへと駆ける。
鬼人化して、イャンクックの頭部を斬り裂くヴェルデ。誰が見ても、既に立っているのがやっとと思われる程、彼は疲弊しきっていたが、そんな事はお構い無しにイャンクックを攻撃する。
アリナは、そんなヴェルデを心配そうな目で見るが、それも一瞬の事。イャンクックに向き直り、通常弾Lv1を速射する。
イャンクックは、シビレ罠の効果がまだ効いていて、抜け出すことができない。その間にも、ヴェルデとアリナはイャンクックを攻撃していく。
そして、シビレ罠の効果が切れ、イャンクックが天を仰いで鳴いた。
二度の全力攻撃を与えたイャンクックに対して、ヴェルデとアリナは手応えを感じていたが、イャンクックを討伐するには至らなかった。
「マジかよ...」と呟きつつ鬼人化を解き、回復薬を飲むヴェルデだが、すぐに切り替えてイャンクックの反撃に備える。
直後、イャンクックがヴェルデに跳び掛かって来た。
予想以上に速かったその攻撃に、ヴェルデは反応し切れずに、イャンクックの脚に蹴り飛ばされてしまう。
「ぐはっ!?」
ちょうど蹴られた場所が、運悪く少し前に蹴られ、肋骨を折られた箇所に直撃した為、ヴェルデは蹴られたまま、立つことが出来ずに地面をのたうちまわっている。
起き上がる事も出来ない彼にとどめを刺そうとして、イャンクックはヴェルデに向き直るが、
「やらせない...っ!」
その言葉と共に、イャンクックの背後から放たれた貫通弾Lv1が、イャンクックの尾から嘴までを貫いた。
「ヴェルデくん、下がって!ここは私が!」
と言われたヴェルデは、体を震えさせながらも立ち上がり、
「ッざっけんな!さっきそれでやられたのを忘れたわけじゃ無いだろッ!!」
と言い、再度またイャンクックに突っ込む。その姿を見て、流石に無理をしすぎていると感じたアリナは、自分の身を顧みず、通常弾Lv1を速射した。
速射をしていると、その弾を速射し終わるまで、自分の動きが制限される。それは、機動力を持ち味とするライトボウガンにとって、使いどころが限られているものだった。
普通は、先程のような、敵が罠に掛かって動けないときや、大きな隙が出来たときくらいしか使用することはできない。それ以外の時に使うと、モンスターの攻撃を避けきれない時があるからだ。
しかしアリナは、それ以外の時に、速射を使った。それは、自分の身がどうなっても、ヴェルデにこれ以上無理をさせたくないという考えがあったからだ。
その甲斐あって、イャンクックの攻撃がヴェルデにいくことはなかったが、その代わり、アリナが狙われてしまう。
「アリナッ!!」
ヴェルデの叫び声が響く。アリナはまだ速射の硬直から復帰していなかった。
イャンクックがアリナへと突進してくる。直撃すればただでは済まないだろう。
しかし、不思議と恐怖は無かった。
そこに、
キィンと、心地よい音が響いた。
ヴェルデの投げた音爆弾は、イャンクックの三半規管に確実にダメージを与えて怯ませ、その場に踏みとどまらせる。
さらに、イャンクックに追いついたヴェルデが、イャンクックに斬りかかる。
「ここで仕留めるッッ!!!アリナ、遅れるなよッ!!」
「言われなくてもっ!!」
ヴェルデは、イャンクックの甲殻があらかた無くなった脚に乱舞を繰り出す。
アリナは、イャンクックの頭部に、至近距離から散弾Lv1を乱射する。
二人の全力攻撃は、イャンクックの体から、大量の血を飛び散らせた。
――しかし、イャンクックは倒れない。
ヴェルデの乱撃、アリナの乱射をもってしても、イャンクックは未だに倒れなかった。
しかし、
イャンクックが、足を引きずりながら、ヴェルデ達に背を向けて歩き出した。
「「――っ!!」」
その姿を見た二人は、イャンクックにさらなる追撃を仕掛ける。
ヴェルデはイャンクックに回り込んで鬼人化し、連撃を叩き込む。
アリナは、イャンクックの背後に回り込んで、ある程度距離を詰めた状態で、通常弾Lv1を速射する。
だが、イャンクックはふらつきながらも翼を広げ、大空へと羽ばたいていく。その空からは、もう雨はほとんど降っておらず、雲間からは青い空が覗いていた。
「畜生ッ!ここまでやってきたのにッ!!」
そう悲痛な叫びを上げ、空を見上げるヴェルデ。しかし対照的に、アリナは落ち着いたまま、空を見上げていた。
「アリナ...?」
アリナの構えるチェーンブリッツから、徹甲榴弾Lv1がイャンクックに向けて放たれた。
空中で飛んでいたイャンクックの脳天に、その徹甲榴弾Lv1が着弾した。
そして――
イャンクックの頭部で爆発が起き、体勢を崩したイャンクックは地上へと落下した。
地上に落下したイャンクックの目に生気は無く、完全に力を失っていた。
――イャンクック、討伐。
それを成し遂げたヴェルデとアリナに訪れたのは、歓喜ではなく、安堵と疲労だった。
どっと押し寄せてくる疲労でその場に崩れ落ちる二人は、雨上がりの空を見上げたまま、しばらく動けずにいた。
しかし、帰るまでが狩猟、とハンター養成学校で散々教わってきた彼らは、ここで油断などはせずに、すぐにイャンクックの死体から素材を剥ぎ取り、台車に乗せ、カナタ村へと帰って行った。
カナタ村に着いた途端、限界をとうに超えていたヴェルデは倒れ、アリナはその場でしゃがみ込んでしまう。
幸い帰りが遅いと心配していた、レミィや村の人などが手伝ってくれたおかげで、重傷のヴェルデはすぐに帰宅、ヴェルデ程ではない傷のアリナは、ギルドに報告をしに行った。
「それで、どうだったの?かなり苦戦したって聞いてるけど」
アリナの目の前に立っているリーシャが言う。彼女自身も、ヴェルデが重傷を負ったという報告は聞いているので、いきなり狩猟の話に持って行った。
「そうですね...確かに苦戦はしましたし、ヴェルデくんも重傷でしたけど、それに見合うだけのものは得られたと思いました」
彼女自身、今回の狩りの中で成長したという実感はあったようだ。特に最後の場面は、最後まで諦めなかった彼女が上げた、最大の成果だろう。
他に、狩りの詳細な内容を報告し、報酬を受け取ったアリナは去り際に、
「これからも、ヴェルデくんと共に、成長していきたいと思っています。それでは」
と言葉を残し、リーシャに一礼して去って行った。
「ヴェルデ君と共に、か...」
どこか意味深な顔でリーシャは呟く。そこには、これからも成長し続けるであろう、二人の狩人を、母のように、優しく見守るような表情がそこにはあった。
最後の最後でアリナに見せ場を作れてよかったです(小並感)。
次回から二章となります。