まだ続きます。
「おらあぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
雨の中、ヴェルデは雄叫びを上げる。
ヴェルデの放った斬撃は、イャンクックの脚の甲殻に弾かれ、火花を散らす。
しかし、その斬撃によって、何枚かの鱗は弾け飛び、内側の肉を晒す。
「くそ...ッ!」
ヴェルデは焦っていた。
今まで降っていた雨はほとんど止みかけている、それは、残り時間が少ないことを表している。
加えて、斬れ味の低下による、ダメージの減少。
さらに、アリナによる遠距離からのサポートが無い。
これは、狩りの前に、ヴェルデが最重要と決めていたことだ。
その全てが無くなり、あらゆる事が全て悪い方向へと向かってしまっている。
それも、全て自分の責任だった。
斬れ味の低下を見極めることもできずに、無意味な時間を過ごし、現に今、雨は止みかけてしまっている。
それに、狩りの前に気を付けようとしていた、怒りに任せた攻撃を同じように繰り返し、結果、アリナに深手を負わせてしまった。
結果的に全ての責任を負っている彼は、何としてでもイャンクックを仕留めなければならなかった。
口から炎を溢れさせているイャンクックは、若干離れた場所にいるヴェルデに向かって跳び掛かる。
それを前転で避けると、イャンクックのボロボロの脚に向かい、斬撃を繰り出す。
しかし、やはりそれも、金属音と共に弾かれてしまう。
手をビリビリと痺れさせつつも、次の攻撃を避けるヴェルデだが、やはり彼の顔には、苛立ちの色が隠し切れなかった。
(くそッ、やっぱり普通の斬撃じゃ駄目だッ!!)
そう判断して、一旦退くヴェルデだが、それを見透かしたように、離れ際に、イャンクックが炎を吐いてくる。
「のわぁっ!?」
体勢を崩しながらも、なんとかその攻撃を避けるヴェルデだが、彼が体勢を立て直した時には、次の攻撃がくる。
その繰り返しで、一向に攻勢に出ることのできないヴェルデの脳裏に、アリナの顔が思い浮かぶ。
(くそッ!今はアリナに頼れないのに、余計な事をッ!)
そう思考したヴェルデに、一瞬の隙が出来たのを、イャンクックは見逃さない。そのままヴェルデに跳び掛かってくる。
「うおっ!?」
一瞬反応が遅れたヴェルデは、その攻撃を完全に避けることはできず、イャンクックの脚に、脇腹を蹴られ、吹き飛ばされてしまう。
しかし、脇腹を抑えながらも、彼は立ち上がった。
――既に彼の体はボロボロだった。
額からは鮮血が流れて、右目に血が入りかけている。右肩、左足の防具はイャンクックの炎によって溶かされ、今イャンクックに蹴られた衝撃で、おそらく肋骨の2,3本は折れているだろう。
しかし、それでも彼は立ち上がる。
立ち上がり、走り出す。
全ては、イャンクックを狩る為に。
「おおぉぉぉぉぉおおおッッッ!!!」
雄たけびを上げて、イャンクックの懐へと突っ込むヴェルデ。イャンクックの吐き出す炎を避け、抜刀する。
接近されたイャンクックは、懐に入らせまいと尾を振る。
高速で迫る尾を目前にして、ヴェルデはその尾を跳び越えた。
さらに、それだけでなく、着地ざまに、全体重を掛けた斬撃を両手に持つ双剣に乗せて、イャンクックの頭部に向けて斬りつける。
ヴェルデ渾身の一撃に、たまらず仰け反るイャンクック。こちらも、イャンクックの特徴である、大きな耳が裂けて、嘴も、脚の甲殻もボロボロになっていた。
そして、怒り時特有の、口からの炎は無くなっていた。
(ここが勝負所だな...)
と判断したヴェルデは、そのまま鬼人化し、連撃を繰り出す。
どこにそんな体力が残っていたのか、そう思わせる程の速さで攻撃するヴェルデ。しかし、イャンクックも黙ってはいない。その嘴をヴェルデに向かって何度も叩きつける。だが、そこにヴェルデはいない。
ヴェルデは、イャンクックの嘴による攻撃を避けて、その僅かな隙に、脚に向かって乱舞を繰り出す。
その乱舞の前に、甲殻など意味もなく、ただ無力に斬りつけられるだけだった。
その乱舞が終わった時、イャンクックの脚は、もはやボロボロじゃない部分を探す方が難しい程、甲殻はボロボロに剥がれ落ちていた。
しかし、同時にヴェルデのランポスクロウズの斬れ味も、確実に削がれていた。
(どうする...!?)
今攻めれば、イャンクックに効果的なダメージを与えることはできるだろう。しかし、ランポスクロウズが使い物にならなくなるかも知れないという、リスクを抱えた攻めとなる。
確実に攻めるには、一旦退いて、ランポスクロウズを砥いでから出直した方がいいだろう。
しかし、といってヴェルデは顔を上げる。
空は、少しずつ、晴れ間が見えてきていた。
「今この場を離れる訳には...ッ!」
そう言って再三イャンクックに突撃するヴェルデ。懐に潜り込み、連撃を繰り出す。
その連撃は、正確にイャンクックの肉を斬り裂く。
たまらずイャンクックは、翼を広げ、空へと逃げる。
(なんだ?移動か...?)
しかし、予想に反してイャンクックは、一瞬その場で滞空したかと思うと、そのまま降下してくる。
「うおぉぉっ!?」
慌ててその場から離れるヴェルデ。あのままそこに居たら、きっとイャンクックの足に押し潰されてしまっただろう。
(油断してる暇も無えなッ!)
そして、また懐に潜り込み、斬撃を繰り出す。
様々な悪条件が全てヴェルデにのしかかった状態で、狩りを続けている。彼の疲労は、肉体的にも、精神的にも辛いものとなっていた。
既に彼の体は満身創痍で、動けるのがやっとの状態と言っても過言ではなかった。 しかし、そんな体で彼は、イャンクックを狩る為に走る。
しかし、徐々にヴェルデは違和感に気付いていく。
(手応えが無くなっていく...?)
イャンクックを斬っていく内に、イャンクックを斬る時の手応えが、徐々に無くなっていくのだ。
(斬れ味が...ッ!?)
手元に視線を落とすと、ランポスクロウズは既にボロボロで、どこに刃があるのかすら、わからなくなりつつあった。
(このままじゃマズイ...ッ!)
だが、顔を上げたヴェルデを待っていたのは、
二度も彼の鎧を焼き、溶かしてきた炎の塊だった。
意識が戻ったアリナは、自分の体が手当てされていることを確認し、エリア8へと向かっていった。
しかし、そこでイャンクックと戦っていたはずのヴェルデは、地に転がり、動きを止めていた。
「ヴェル...っ!」
言いかけて止めた。
それは、ヴェルデと戦っていたはずのイャンクックが、悠然と立っていたからだ。
今ここで叫べば、まだこちらに気付かれていないイャンクックに気付かれ、注意を引いてしまうだろう。
アリナ一人でも、ヴェルデ一人でも対抗することができないイャンクック。ならば二人で対抗するしかない。
だが、肝心のヴェルデはあそこにいる。死んではいないだろうが、気を失っている可能性は高いだろう。
ならば、イャンクックに気付かれずにヴェルデを回収して手当てをするか、その場で意識を戻させるしか方法はないだろう。
ちらりと空を見上げ、アリナはポーチから、こっそり持って来ていた、秘薬を取り出した。
忍び足でヴェルデへと近づくアリナ。視線はイャンクックに向け、いつでも走れるように準備をする。
幸いイャンクックはまだこちらには気付いておらず、明後日の方向を向いている。
できるだけ近付こうとするアリナ、しかしその時、
ぐちゃり、と泥の地面から音が鳴った。
直後、イャンクックが振り向き、何度もアリナに向けて嘶く。
それと同時に、アリナは走り出し、ポーチから丸い球体を取り出し、ピンを抜いて投げつける。
そして、イャンクックの眼前で炸裂した音爆弾が、イャンクックの三半規管を揺さぶった。
空を仰ぐイャンクックをよそに、ヴェルデに駆け寄ったアリナは、彼の口に秘薬を放り込む。
すると、
「っ...くそ、見事にやられたな...助かったぜ、アリナ。」
――そう言って、ヴェルデが起き上がった。
次回こそイャンクック戦が終わります。