彼らが鍛冶屋を出た頃には、空はすっかり暗くなっていた。
「大分暗くなってきたな。だいたい19時位か?」
と、秋の終わりの空を見上げて言うヴェルデ。その背中には、新しく製造されたランポスクロウズが背負われている。
彼が今まで使用していたボーンシックル改は、先程までランポスクロウズを包んでいた布に包まれていた。
彼はその包みを見て、
「今日をもって、この剣ともお別れかな。」
寂しそうに呟くヴェルデ。しかしその言葉に、横に立っていたアリナが、包みを覗きこむようにしながら、
「それはまだ気が早いんじゃないかな。それはまだ、強化できると思うよ?」
と言った。ヴェルデはそれを聞いて、
「む、そうか、確かにこれからはランポスクロウズを使っていくけど、まだ強化できるのか。双剣なのによくわかったな、アリナ。」
「というより、基本的にボーン系列の武器は、後に強力な武器に派生するんだよ。」
学校で習ったでしょ?と最後に付け加えるアリナ。それに対して、ヴェルデは頭を掻きながら、
「そ、そうだったな。えっと確か...」
とヴェルデが悩み始め、二人の間に沈黙が訪れる。
その間にも二人は進み、家の前までたどり着いた。
夕食が終わり、二階の部屋の前で、ヴェルデは、
「明日はどうする?ドスランポスも狩ったことだし、そろそろ次の段階に進んでも良いと思うぜ?」
と、隣にいるアリナに言う。しかしアリナの反応は悪く、否定的な意見があった。
「え?さっき、今回の狩りの反省をして、まだ大型モンスターには程遠いって言ったばかりじゃない。もう忘れたの?」
しかしヴェルデはその意見に、首を縦に振って言う。
「そうだ。確かに今の俺達じゃあ、大型モンスターには程遠いだろう。だからといって、いつまでもランポスばっかり狩り続ける訳にもいかないだろう。それに俺は、次の段階に進みたいとは言ったが、大型モンスターと戦うと言った訳じゃないだろう?」
彼らは今回の狩りで、ドスランポスに苦戦したことから、ヴェルデは防戦一方でも焦らないことを、アリナは標的が急に変わっても、素早く照準を合わせるという欠点を見つけた。なのでヴェルデは、今まで戦ってきて、慣れつつあるドスランポスの狩りを止め、標的を変えて、互いの欠点を克服しようと提案したのだ。その提案を聞いたアリナは、
「確かに筋は通ってるけど、だからって急にそんなこと...」
と渋っているアリナにヴェルデが、
「まあ、あまり無理強いしてもあれだから、強要はしないさ。明日にでも結論を出してくれればいいさ、おやすみ」
そう言って部屋に入って行く。その背中にアリナは声を掛けずに、ゆっくりと自室のドアを開けた。
翌日、いつものトレーニングの為に5時に起床したヴェルデが家を出る。
初冬の空は暗く、まだ周りは闇に包まれていた、さらにその暗い空からは、ポツポツと雨が降っていた。
トレーニングを始めて1時間が過ぎると、先程まで降っていた雨がどんどん激しくなり、やがてどしゃ降りになっていった。
「こりゃ酷いな、さすがにここまで降ると思ってなかったぜ...」
まだ薄暗い空を見上げたヴェルデが、恨めしそうに呟く。
3方向を山に囲まれているカナタ村は、今のようにどしゃ降りの雨が降ると、川が氾濫したり、土砂崩れが起きる可能性がある。そして最悪、その影響で【高山】で狩りをする事が出来なくなってしまうのだ。
ヴェルデ自身は雨はそこまで嫌いではないのだが、こういう環境に置かれていると、どうしても雨が憎くなってしまう時がある。
この大陸では、こういう雨の日では、爆雷針を使って狩りをする事ができるのだが、【平原】はともかく、【高山】では、雨の日はただでさえ足場が悪いのに、【高山】という高低差のあるフィールドでは、設置しても、場所によっては効果的に使用する事が出来ないのだ。
「今日はもう切り上げるか...」
ただでさえその危険な山でトレーニングを行っているヴェルデは、何らかの被害が出ないうちに、山を降りて村へと戻って行った。
村へ戻ったヴェルデが家に帰り、朝食を済ませ、部屋に入り、ハンター養成学校時代のノートを見返して暫くすると、ドアをノックする音が響いた。
「ん...どうぞ」
開いていたノートを閉じて言うヴェルデ。その言葉に続いてドアが開く。
「ヴェルデくん、入るよ...!」
その言葉と共に部屋へ入るアリナ。彼女は頭の先から濡れていて、その薄い桃色の髪が、水滴に反射して光っていた。
「どうした。何かえらくずぶ濡れじゃないか。外に出てきたのか?」
よく見ると彼女は、少し息が上がっているようで、肩で息をしていた。
そんな彼女の様子を見て、ヴェルデはもう一つ質問をした。
「どこに行って来たんだ?そんな急ぐような事なんてあったか?」
アリナは荒くなった息を深呼吸して整えた後、こう言った。
「ギルドから、今高山にいるイャンクックを狩猟してくれ、だって...!」
雨の中村を歩いてギルドに着いた二人は、たいした距離もないギルド~自宅間を歩いたとは思えないほど、ずぶ濡れになっていた。しかしそんな事はお構い無しに、ヴェルデはカウンターにいるリーシャに問う。
「なんでわざわざ俺達に依頼したんですか?」
彼のその鋭い眼にも、リーシャはたじろぐ事もなく言う。
「それは今から説明するから。今は席も空いてるし、座って待っててね」
そう言われ、渋々追及を止めて席につくヴェルデとアリナ。そこにお茶を持ったリーシャがやって来て、二人の正面に座り、口を開く。
「えっと、今回の狩猟は、イャンクック一頭の狩猟。狩場は高山だね」
「とりあえずそれは一旦置いて、まず何故このタイミングなんですか?」
と、いきなり本題に入ろうとするリーシャに、質問するヴェルデ。そしてその答えはすぐに帰ってきた。
「それは簡単。今朝テロス密林の方角から飛んできたイャンクックが、ここに住み着いてしまう前に、できるだけ早急に狩猟して欲しいの」
その答えを聞いたアリナが、なら、と質問する。
「なら、この雨の中、安定して狩猟できるベテランのハンターの方が良いんじゃないでしょうか?私達二人じゃ、足場の悪い高山で狩りをするのは、厳しいと思いますけど...」
その質問に対する答えも、すぐ帰ってきた。リーシャは、ギルド内を見回して、
「今、緊急で狩りに行けるハンターは君達しか居ないの。今は少し雨が収まり始めたところだけど、地面が悪いから、山を通って村に来るのは難しいわね」
そう、3方向を山に囲まれているカナタ村は、普段から山道を通る為、あまり気軽に来る事ができない。
それが、雨によって地面が悪くなっている今じゃ、尚更不便になっているという事だ。
「よりによって今ハンターが居ないのか...」
と、呟くヴェルデ。しかし、それならば、と顔を上げて、
「そもそも、今行く必要ってあるのか?要は住み着く前に狩れっていう話なら、雨が上がっても遅くはないはず...」
「それもダメ。今狩りに行かないと、後にランポスとの縄張り争いになる上に、高山みたいに木が生い茂っている所だと、イャンクックの炎一つで山火事になる可能性もあるから、むしろ雨が降っている今、行く必要があるの。下手したら、カナタ村にも被害が及ぶかも知れないのよ?」
「っ...」
カナタ村に被害が及ぶ、という最悪の結果を想像してしまったヴェルデは、反論する材料を失い、黙りこむ。
そこにトドメをさす様に、リーシャは言う。
「だから、カナタ村に、被害が及ぶ前に何としても狩らなきゃいけないの。引き受けてくれる?」
カナタ村に、という部分を強調して言うリーシャ。さすがにヴェルデもこの押しに負けたのか、
「...条件は厳しいし、下手したら大怪我を負うかもしれない。それでも、」
そして彼は黙っていた間、ずっとうつむいていた顔を上げ、アリナに向き、
「頼めるか?アリナ」
その言葉に、ヴェルデに判断を任せていたアリナは、ヴェルデに向き、
「そうだね。今、私達がこの村を守ろう」
と、頷いた。
意識してませんでしたが、これって緊急クエストみたいな流れですよね。
何だかそう思えてきた不思議。というかたぶんそうなんでしょうけど...