「うーむ、しかしどこに行くか」
現在時刻はマルキューマルマル。9:00だ。遠征組は既に出発してるだろうし、第一艦隊は近海の警備に向かっているはずだ。
この時間鎮守府に残っているのは誰がいただろうか……。
スケジュールを思い出していると、廊下の角からひょこりと青みがかった髪の少女が出てきた。
重巡洋艦『青葉』だ。青葉は俺の姿を見かけると、いつも通り軽い調子で話かけてきた。
「おや……おやおや? まさかと思いましたけど、司令官じゃないですかぁ! どーも青葉です!」
「いや知ってるけど」
「久しぶりですねぇ! 何日振りでしょうか?」
「あー……どうだろ? 前に会ったのは、食堂で一緒になった時だったか?」
「ハイ正解! えっと……」
青葉はセーラー服のポケットから愛用の手帳を取り出し、ペラペラと捲った。
「そうそう、20日前の11:58ですねぇ! えっと、その時、司令官は天丼を食べていて、青葉は天ざるうどんを食べていたみたいですね! いやぁ懐かしい! あははっ」
ケラケラ笑う青葉に、最近姿を見せてないことを責められているような気がして罪悪感を覚えた。
「いや、すまん……」
「あ、いえいえ! 嫌味で言ったわけじゃないですから! 久しぶりに司令官に会えて、こう……加賀さん風に言うなら、気分が高揚しているんですよぉ!」
ヘラヘラと軽い調子で笑いながら、俺の腰辺りをとすとす叩く青葉。こいつに限って嫌味はないか。
それにしても随分嬉しそうだ。本当に俺に会えて気分が高揚しているのか。だったら結構嬉しいな。
「いや、それにしても司令官を食堂と執務室以外で見るのは久しぶりですねぇ。むむっ、これは臭いますね、何やら事件の香りが……」
サッと手帳を構える青葉。懐かしい光景だ。青葉はこうやって記者の真似事をして作った新聞を鎮守府内に配るのが趣味なのだ。
そのクオリティは本職かと思うほど高く、みんなも楽しみにしている。
昔は俺もその新聞に一口コラムを載せてたりしたっけ。あと4コマも。
4コマの方は大不評で、一時あまりの不評さに読者数が激減した時期もあった。4コマの掲載を止めたら読者数が戻った辺り、俺にコメディのセンスはないらしい。
記者魂を高めている青葉には悪いが、大したこと無くてがっくりする前にネタバレをしよう。
先ほどの雷とのやりとりを説明しようと口を開く。
「事件ってほどじゃないさ。実は……」
「いえ、待ってください! ここは青葉が培った記者スキルを発揮して、当ててみせましょう! そうですねぇ……」
手帳を脇に挟み、ペンで額をノックする。眉を寄せて考えこむ青葉の表情が思いの外可愛くて、少し笑ってしまった。
さてベテラン記者のお手並み拝見といくか。
「そうですねぇ……うん。恐らくですが、最近書類仕事ばかりで他の艦娘と全く会っていない現状を誰かに指摘された」
「ほう……」
言うだけあって、最初から正解だ。
「その誰かですが、最近配属されたばかりで優先的に秘書官業務が回ってきて羨ましい……いえ、失礼。優先的に秘書業務が当たる『雷』ではないかと! 彼女の他人にやさしい性格的にも大いにありえますね!」
ここまで完全に正解だな。
「そこまで推理すると、大体の会話の流れも分かります。例えば……『もっと昔みたいにみんなとお話しなきゃっ。最近は書類仕事ばっかりでコミニュケーションできてなかったでしょ? だーかーら、今日のお仕事はみんなと会ってお話すること!』、あとは『司令官に迷惑かけたくないから、みんな我慢してるけどね。ほんとは皆寂しいのよ? 昔みたいに構ってもらいたいって思ってるのよ? ……も、もちろん私だって』辺りが妥当でしょうか?」
妥当どころか、一字一句合っている。よもやここまで青葉の洞察力が優れていたとは……。
「『司令官はね、ここのいる皆にとって大切な人なの。司令官がいるから、みんな今まで頑張ってこれたの。みんなね、すっごく感謝してるのよ』なんてことも言ってましたね! ……あ、いえ言ってたと思いますね!」
「いや、凄いな。完全に正解だ。青葉マジすげーわ」
後半聞き取れないところもあったが、ほぼ青葉の推測通りだ。思わず拍手してしまう。
俺の賞賛に青葉は、手帳で顔を隠してしまった。隠れていない部分が、じんわり赤くなっている。
「い、いえいえ! ちょっと盗ちょ……いえ、記者練度が高い者なら、これくらい簡単ですよぉ!」
「でも凄いよ。まるでその場にいて聞いてたとしか思えないくらいの正解率だわ。すごいすごい、ほら頭撫でてやる」
「あ、頭って……駆逐艦じゃないんですから。ま、まあ……青葉、貰える物は貰っとく性格なので、頂いときますけど」
手帳で顔を隠したまま、スススと近づいてくる青葉。その癖のある髪の毛を強めにくしゃくしゃ撫でた。
「ちょ、ちょっと司令官!? 髪型が崩れるじゃないですかぁ!」
「ははは」
俺は嬉しかった。こうやって青葉と接するのも、髪を撫でるのも。髪を撫でるのなんて、随分久しぶりだ。昔、青葉の新聞作りを手伝っていた頃は、しょっちゅう撫でていた。寝る間を惜しんで完成させた新聞を前に喜びのあまり抱き合い、珍しく恥ずかしそうに笑う青葉の髪を撫でた。その思い出が蘇ってきた。
青葉も昔を思い出したのかもしれない。遠くを見るような表情を浮かべた。
「昔もこうやってくしゃくしゃに頭を撫でられましたねぇ」
「そうだなぁ。最近新聞はどうなんだ?」
「それはもう当然ながら読者数は鰻登り! ……だったらいいんですけどねぇ」
あはは、と青葉は笑った。乾いた笑み、というやつだった。
「どうも司令官のファンが予想以上に多かったらしく、司令官のコラムが終了した途端読者数がガクッと……」
「落ちたかー……」
「ええ、それはもう目玉が飛び出るほどの急降下っぷりですよぉ……その後司令官の盗撮写真を載せるコーナーを作ったら持ち直しはしたんですけどねぇ。既に載せる写真が無いというか、後は個人的に楽しみたい写真ばかりなので……」
「え、なんだって?」
「いえいえ!」
最後の方、何か小さい声で言っていたようだったけど。以前の後遺症でどうも小さな音は拾い辛い。
「と、いうわけでぇ」
青葉は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、ウインクをしながら両手を合わせた。
「もう一度! 司令官に新聞作りを手伝ってもらえたらなーと! いえいえ分かります分かります! 司令官も忙しい身、それは一日中見ている青葉はすっごーく理解してます! ですがそこを何とか、ほんのちょこっとだけ青葉の為に時間を頂けたら!」
「いいよ、手伝う」
「ですよねぇ! そこを何とか! はいもちろんタダとは言いません! お好きな艦娘の名前を囁いてください。青葉がその艦娘の着替え中の写真をたまたま! ここ重要ですよ? たまたま! たまたまうっかり撮影してきます! そしてたまたま通りがかった司令官の胸ポケットにうっかりその写真を落としましょう! さあさあ誰ですか? 駆逐艦の子達ならちょろいんですけど、流石に戦艦の皆様となったら時間がかかるので……あと龍田さんとか。あ、青葉だったら……今スグにでも用意できるんすけどねぇ」
「いやだから手伝うって」
「へ?」
「手伝うよ。正直俺も新聞作り楽しかったからさ。またやってみたい」
俺がそう言うと、青葉はポカンとした表情を浮かべ、そしてその目にじわじわと潤いが……
「……あ、青葉、司令官ならそう言ってくれると思っていました! いやぁ、嬉しいですねぇ」
溢れる瞬間、また手帳で顔を隠してしまった。ただ俺のカメラ(目)には、子供のような純粋な笑顔と目に浮かぶ涙が写ってしまったわけだが。
「今まで放っておいて悪かったな。これからまた新聞作ろうな」
「……言っておきますが、青葉は厳しいですよ? 少しでも手を抜いたらボツですからね!」
「ははは、コラムの書き方思い出さないとなぁ。よしっ、4コマの連載も再開するか!」
「あ、4コマはいいです」
真顔で言われた。デフォルトが笑顔の青葉に真顔で言われた。
「あー……で、お礼の件は?」
「お礼? 何の話だ? 新聞作りは手伝うが、前と同じくたまに飯を奢ってくれるくらいでいいぞ」
「あーはいはい。後半は聞こえてなかった感じですねぇ、いつものことですねー」
青葉はそう言うとくるりとターンし、いつものポーズ(右手をビシッと上げる)をとった。
「ではではっ、青葉はそろそろ失礼しますねぇ。次回から司令官のコラムが再開することをみんなに伝えなければなりませんので!」
「あんまりハードル上げるなよ? 書類仕事で文章力は上がったと思うけど、コラムは別物だからな」
「えーえー。元より司令官にコラムの面白さは期待しいないですよぉ。司令官が青葉の新聞に書くってことが重要なわけで。では司令官! 今度新聞作りの為、お部屋に伺いますので! ではではー!」
そう言うと青葉は、軽い足取りで俺の前から去っていった。楽しそうでなによりだ。
うん、雷の言う通り、こうして鎮守府内を歩くのはいいな。青葉とも交友を深めることができた。
この調子で次に……
「……ん?」
ふと床を見ると、青葉お気に入りの手帳が落ちているのを発見した。『命の次に大切にしてます!』と公言していたこの手帳、実は青葉が初MVPを取った日に俺がプレゼントしたものだったりする。
命の次に大切にしてる物を落とすなよ。
なんとはなしに手帳を開いてみた。特に意味は無い、興味から出た行動だ。青葉は普段、どのようなネタを書き留めているのか。鎮守府の風紀に関わるものだったら、少し注意しておいた方はいいかもしれない。
「どれどれ……あれ?」
びっしりと艦娘達の個人情報で埋まっている……と想像していたのだが、実際は全く違った。
全ページ白紙だったのだ。