艦隊これくしょん - variety of story -    作:ベトナム帽子

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ゲルリッヒ砲試験

 第十八駆逐隊の霞、霰、陽炎、不知火は橫須賀鎮守府艦娘部の装備開発工廠第三工場に命令を受けて訪れていた。

 彼女達が受けた命令とは「試作装備性能試験」である。

「その試作装備がこれです」

 技術士官が目の前の机の覆いを取った。机の上には駆逐艦の連装砲が4つ並んでいる。

「これ、12.7cm連装砲ですよね? 何が試作なんですか?」

 陽炎が技術士官に尋ねた。技術士官はその言葉を待っていたようで、鼻を膨らませる。

「砲身部分をよく見てください。通常の12.7センチ砲と違います」

 彼女達は並べられた連装砲を凝視する。一見、ただの12.7cm連装砲だ。

 霰が「あっ」と声を上げた。

「少し……先細ってる……」

「本当ね。テーパーがかかってるわ」

「砲塔こそは、B型改二ですが……」

「はい、砲塔こそ、B型改二のものを流用していますが、このテーパーがかかった砲こそ、試作兵器の12.7センチ口径漸減砲です」

「コウケイゼンゲンホウ?」

 陽炎が片言で復唱する。他の三人も頭をかしげている。その様子を見かねて、技術士官は部屋にあった白板に漢字を書いていく。

「漢字は50口径長などの口径、漸減戦術の漸減、大砲の砲です。ドイツ語では開発した技術者の名前を取って、ゲルリッヒ砲とも呼びます。口径漸減砲では舌をかみそうなので、ゲルリッヒ砲と言いましょうか」

「砲弾が先にいくほど、口径が小さいということね」

 霞が漢字から推理した。「その通りです」と技術士官。

「では理屈を説明します」

 技術士官は白板にゲルリッヒ砲の図を描いて、説明を始めた。

 ゲルリッヒ砲は霞が言った様に砲尾から砲口にかけて先細りになっており、フランジと呼ばれるアルミニウム外皮をかぶせたタングステン芯弾を高初速で撃ち出す砲だ。砲口に近づくにつれ、砲弾のフランジが削れていく。そうすることで砲身内部と砲弾との隙間がなくなり、砲弾に与えるエネルギーを最大限に活用することができる。

「つまり、砲弾が砲口に近づけば近づくほど、発射ガスの圧力が高まって、高初速になる。こういうことですか?」

「それもありますが、衝撃波です。砲身内がテーパーになっていることで、衝撃波が砲弾の底面に集中し、非常に高い衝撃波面を形成します。この衝撃波面で高初速を実現します」

「理屈は分かったけど、このゲルリッヒ砲はどれくらい漸減するの?」

 陽炎が机の上の12.7センチ漸減砲を指さす。

「0.5ミリ漸減します」

 正式名称では12.7センチ砲と言っているが、実際の口径は3センチほどだ。艦娘の装備の名称は元の艦の装備名にあやかっている。

「これで12.7センチ砲の初速910メートル毎秒から初速1400メートル毎秒ほどに高められると試算しています。試算装甲貫通能力は400ミリほどです」

「400ミリ!? えっと大和の装甲は……」

「最大610ミリ……」

「でも長門は350ミリです。普通の戦艦ならば貫通します」

「恐ろしい砲ね……。駆逐艦で戦艦に対応ができるわ」

「そのために開発された砲ですから」

 技術士官はペンのキャップを閉め、白板の桟に置いた。

「勉強はこれくらいにしましょう。今日はこの12.7センチ漸減砲の発射試験をしてもらいます。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 霞達は艤装を装着して、実弾射撃演習場に向かった。実弾射撃演習場は九十九里浜にある。

 広大な白い砂浜。その中に土盛りがあり、射撃目標の縦3メートル、横5メートルの400ミリ鋼板が設置されている。鋼板の真ん中には蛍光の緑色でバッテンが描かれている。

『第十八駆逐隊の皆さん、位置につきましたか?』

 威勢のいい返事をする。

『では構え! まずは両門で2発です』

 自身の持つ12.7センチゲルリッヒ砲を500メートル離れた鋼板のバッテンに照準。

『撃ち方始め!』

 引き金を引いた。

 薬室内の砲弾装薬に点火。砲弾は芯弾を覆うフランジが削りながら、砲身内を進む。

 砲口から発射された砲弾は通常の12.7センチ砲よりも遙かに速い速度で飛翔。標的鋼板に命中した。

「すごい初速……!」

 通常の1.6倍はあったろうか。普通ならば飛んでいく砲弾の軌跡が見えるのだが、今撃った砲弾の軌跡はほとんど見えなかった。

「反動もそこまでではありませんね」

 不知火が砲口を下に向けて言った。高初速となれば、作用反作用で大きな反動が生じるものだが、この12.7センチゲルリッヒ砲は普通の12.7センチ砲の反動より、少し強いくらいだ。

『試験砲などに異常ありませんか?』

 彼女達は自分の砲を見る。受け取ったときと何ら変わりはない。

『異常ありませんね。では、第二射。構え!』

 

 九十九里浜は夕日の朱に包まれている。すでに試験は終わり、海軍の工兵部隊が撃たれた標的鋼板を回収するためにデリックでつり上げている。

「なかなかに良さそうじゃないか」

 12.7センチゲルリッヒ砲の開発者が技術士官が呟いた。

 400ミリの標的鋼板は総数24発分の穴が開いている。すべて霞達が放った砲弾によるものだ。12.7センチゲルリッヒ砲に搭載してあった砲弾は1基当たり6発。全員が全ての弾を命中させていることになる。

「貫通弾は、っと」

 技術士官は鋼板の裏に回る。

 鋼板裏面の穴は5つだった。

 

 後日に詳しく調べると砲弾の貫通力はまちまちだった。

 5発の砲弾が400ミリ鋼板を貫通しているのに対して、100ミリにすら達していない砲弾の数は13発もあった。中には40ミリ程度の砲弾もある。

 この貫通力の不安定さ。何が問題なのか。

 ゲルリッヒ砲の工作精度に問題があったかためか。これは違う。砲弾先端部には塗料が塗ってあり、第何射目か分かるようにしてある。400ミリ鋼板の貫通口はそれぞれ違う塗料だった。

 貫通能力の試算が甘かったためか。これも違う。大半が100ミリ以下の貫通力を示したと言っても、5発は400ミリ以上の貫通力を示したのだ。5ミリ、10ミリならば、誤差の範囲とも言えるが、300ミリは明らかにおかしい。

 技術士官は様々な仮説を立ててみるが、どれも成り立たない。最後に残った仮説は「艦娘との適合」だった。

 戦艦艦娘は元々の艦の砲が一番高い命中精度、破壊力を出すことができるというデータがある。技術士官達はこれをフィット補正と呼ぶが、同じように、12.7センチゲルリッヒ砲も駆逐艦娘に適合していなかったのかもしれない。彼女達の中にはゲルリッヒ砲などの記憶はない。

「どうすればいいのかね……」

 技術士官はため息を吐く。技術的なことならば、自分の知識を総動員して何とかしてみせる自信はあった。しかし、オカルトとは。

 艦娘自体の製造技術は機密扱いである。一技術士官がどうこう言える立場ではない。自分は試験報告書をまとめて艦娘部に送るだけだけだ。

 技術士官は窓の向こうを見た。天気は曇りだ。

 艦娘とは一体何なのだろう。

 2013年に突然現れ、約1年で西太平洋を深海棲艦から取り戻し、シーレーンを復活させ、日本を再興させた。

 外見は思春期の少女。鉄の装備を背負い、海を駆ける。

 屈託ない笑顔。しかし、傷つき、血も流す。

 人間と何も変わらない、少女だ。その少女を私達は戦地に送っている。

 心が痛む。

 私達には彼女達が少しでも傷つかないよう、装備を作り続けるしかないのか?

 


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