『メリーさんの電話~お出かけ編(上)』の続きです。お買いものからの帰り、ついにメリーさんと出会っちゃいます。ほのぼの日常系ゆるふわコメディー。

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メリーさんの電話 ~お出かけ編(下)~

 【ありがとうございましたー!】

 

元気のいい女性店員の言葉を背にスーパーを出るころには、太陽はもう真上に来ていた。

 

メリーさんに怒涛の勢いで追跡されたときはどうなることかと思ったが、災い転じて福となす。電車を利用し時間短縮したおかげでタイムセールに間に合った。

朝11時に開始予定だった卵一パック65円の安売りは客からの要望により30分も早められた。もしあのまま徒歩で向かっていたら今ごろ売り切れになっていただろう。

彼女にはある意味で感謝――

 

店の自動ドアを出ようと思ったとき、時刻を確認しようと、ふとケータイを取りだして固まった。

 

【着信2件】

 

「……あっ(察し)」

 

いかん、すっかり忘れていた。

奴がまだ追跡中であるということを。

 

勝って兜の緒を締めよ、とはよく言ったもので、奥様方との血を見るタイムセール戦争に勝利したからといって戦いが終わったわけではない。

まだこれから卵を持って家まで帰らねばならないのだ。むしろ戦いは今始まったといえよう。

だがここからの道のりは鬼門。

怒り心頭なる異国不審者(メリー)さんの家がある住宅街に戻るという行為はまさに飛んで火に入る夏の虫。

 

スーパーを出た瞬間に電話がかかって来て殺されるんじゃないかと思うと、自動ドアの先に一歩進んで二歩下がるという、何とももどかしい後退動作を繰り広げることになった。

 

とはいってもこのままスーパーに隠れているわけにもいかない。

勇気を振り絞り、えいっと自動ドアを抜けるまでに実に1分半を要した。

うぃーん、とドアが閉まるとしばらくは前後左右をくまなく見渡し、メリーさんの存在が無いことを確かめる。

車が来ると危険だからと小学校では「右見て左見て、もう一度右」と教わったが、メリーさんがいない確信を得るまでに少なくとも「右見て左見て、ケータイを見てもう一度前後左右」を経験した。

 

よし、いないな。

 

彼女の不存在を確信し、駅に向かう。

よくよく考えてみればメリーさんには外出するとだけ教えてあるし、どこの駅で下りるかは教えていない。

そもそも追跡なんて不可能じゃないか。あっはっは。

 

Prrrrr! Prrrrr!

 

でた。非通知。

古文ではこれを「さればよ」と言うのか。

 

Prrrrr! Prrrrr! Prrrrr!

 

なおも鳴り続ける我がケータイ。

一旦は無視することを選択肢に加えたが、セールに夢中になっているときにかかってきた電話をすでに2回無視している。こんど無視したら後でメリーさんにエンカウントしたときが怖い。

なんで無視したのよ!!もう死刑なんだから!!とか言われそうだ。うーむ、これがご近所付き合いの難しさか。

 

「もしもし?」

『私メリーさん。今あなたが電車を降りた駅にいるの』

 

迷わずUターンした。

 

「えっ、もう来ちゃったんですか!?」

 

すでに電話は向こうから切られていた。

 

プープーという音だけが静かに鳴り続ける。

 

やばい、本気でやばい!

現在位置と中口駅との距離はわずか100メートル。利便性を考慮して駅とスーパーがあるのだが、逆にそれが仇となったか。

 

本気でスーパーの方に走っていると、またケータイが鳴った。

 

「もしもし!?」

『私メリーさん。今9番出口にいるの』

 

ピタッ(足を止める音)

 

9番出口だって?

 

「どこって言いました?」

『だ、だから9番出口だって言ってるじゃない!!』

 

自分がスーパーに行くために降りた中口駅には9番出口は無い。東西の2つの出入り口があるだけの無人駅だ。

しかもメリーさんの電話の背後からガヤガヤと喧騒のようなものが聞こえてくる。

 

「ちなみに駅名は何ですかね」

『東港駅よ!!どうせあなたはここで降りたんでしょう!!』

 

ちなみに東港駅とは中口駅を飛ばした一つ向こうの駅。

あそこは地下鉄や私鉄が交わる大きな駅で東京駅並みの広さを持っている。おそらくメリーさんは降りる駅を間違えたらしい。

案外ドジッ娘なんだ。あの人。

 

「メリーさん?先に言っておきますけど、僕の下りた駅に9番出口はありませんよ」

「えっ!?じゃああなた……どこにいるのよ?」

 

少なからずの動揺が電話ごしに伝わって来る。

 

「教えたらまた追ってくるでしょ?」

「当たり前よ!!」

「じゃあ教えません」

「なっ!教えなさいよ!!」

「イヤです」

「教えて!お願い!ねっ?」

「無理です」

「……ぐすん…もういいもん。自分で探すもん……」

 

ぐすん、と涙をすする音がしたと同時に電話は切れた。

 

いくらメリーさんが凶暴ツンデレ異国不審者といえど、泣かせてしまったのは良くなかったな、と反省。

しかしここで仏心を表に出して場所を教えてしまえば半殺しにされかねない。

いや、「あなたのせいで!!」とか言いながら最高時速85kmで突っ込まれたら半殺しでは済まない。天に召されてしまう。

 

「許せ、メリーさん」

 

気分は三国志でいうところの『泣いて馬謖を斬る』ならぬ、『泣いてメリーさんを放置プレイ』だ。

意味はないがとりあえず彼女の無事を祈って胸の前で十字のクロスをして「アーメン」と祈りをささげておく。

 

すると、間もなくして非通知の電話がかかってきた。

 

Prrrrr!ピッ

 

「はい」

『わだじ(私)メリーさん。……ふえぇん…あなたほんとに今どこなのよぉ……』

 

なんかもう、涙と鼻水が混じった泣きつくような声だ。

引っ越して来たばかりの人間が初見で東港駅を攻略するのはやはりハードモードであったか。

 

『ぐすん……もうここどこなのよぉ……』

 

電話の奥でタクシーか何かの車にププーッとクラクションを鳴らされている音が。

車が走る音と道行く人たちの話し声も混じっていて、完全に迷子であることはもう察した。

しかしこれは自分の現在位置を聞き出すための巧妙な作戦ではないか、と疑心暗鬼になったものの、最後には仏心という名の良心が勝って転がってきた。

 

「今どこにいるんスか?」

『ぐすん……。駅の近く』

「はぁ……。じゃあ今から迎えに行きますから、9番出口付近の待合室にいてくださいね」

『うん。待ってるね』

 

電話はそこで切られた。

せっかくこちらから迎えに行ってやろうと言っているのに向こうからなんの前触れもなく電話を切るとは中々図々しい。

でも最後の返事はメリーさんにしたら随分弱気なように感じた。

 

 

 

 歩いて東港駅にいくと、駅の待合室で力尽きて眠りかけている金髪少女の姿があった。

随分歩き回ったのか髪は風でボサボサになっていて、暖房の効いた部屋のせいもあってか目も虚ろだ。

 

「メリーさん?」

「んあ?」

 

ヒロインとは思えない発語だ。

 

「迎えに来ましたよ、村上です。ほら、正面の家の」

 

オヤジみたいな返事をするメリーさんの体を揺すって起こす。

するとメリーさんはしばらくこちらをじっと覗き込んだあと、本人であることを確認すると勢いよく立ち上がった。

 

「い、今までどこ行ってたのよ!!!」

「どこって……」

「今まで私をほったらかしにして!!反省してるのかしら!!」

 

卵一パック買いに行って反省させられる日がこようとは。

 

「いや、ほったらかしって言うか買いモノしてただけですし」

「買い物?」

「卵が安かったんで。中口のスーパー」

「買い物をしてた……だけ?」

「はい」

 

レジ袋の卵を見せると、メリーさんの顔がどんどん顔が真っ赤になっていくのがわかった。

やっと己の勘違いにお気づきになられたようだ。安心した。

 

「そ、そういうことならもっと早く言いなさいよね!!」

「でもあの時、なんかめっちゃ怒ってたじゃないですか」

「なっ、あれは……か、勘違いしないで!!別にあなたのことを心配してたとかそんなんじゃないんだから!!あなたのことなんかどうとも思ってないんだからね!!」

「はいはい」

 

ポンポンと頭を2回くらい撫でて異国不審者(メリー)さんを落ち着かせてやる。

何より彼女に静かにしてもらうことが先決だ。

 

「帰りましょう、メリーさん」

 

そう言うと、メリーさんは返事を返す代わりに無言で僕の背後につき、ギュッと服を握ってきた。

ここで「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」とか決め台詞を吐くつもりなのかな。

まあ殺されなければそれでいいんだけど。

 

 

「……もう離さないんだから」

 

 

そのとき、むすっとしながら恥ずかしそうにするメリーさんの顔が、少しだけ綻んだ気がした。

 

 



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